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ローズの選択7

 代わるようにべネッサが前に出て、ジェイクへにこりと笑いかける。


「私が帰らずに待っていたのは、ジェイク様に御用があったからですわ。今夜、オトゥール家でどうぞお食事をご一緒に」


 突然の申し出に、ジェイクは警戒心を露わに眉間に皺を寄せた。その表情にわずかに怯みながらも、べネッサはなおも続ける。


「私の遣いが、イヴァンテに今夜のご予定の確認をし、同時にお食事をご一緒させていただく話もつけてきております。どうぞこのままオトゥール邸へお越しください。お食事をしながら、これから課題に取り組む私に何か言葉をくださいませ」

「……すまないが、先約が入っている」


 歯切れ悪く答えながら、ジェイクが自分をチラリと見たため、先ほど彼と交わした店に案内するという約束をローズは思い出す。べネッサはその眼差しで、誰との約束があるのかすぐに勘づき、気に入らないようにわずかに顔を顰めた。


「たとえ数分だけだったとしても、私の方が先にジェイク様の婚約者となる正式な許可を得ました。今日は私を優先してください」


 言いながら、べネッサはジェイクの腕を掴んで自分の方へ引き寄せて、ふたりを引き離した。

 一方ローズは、べネッサがジェイクへと体を密着させているのを目の当たりにしてわずかに言葉を失うも、すぐににこりと笑う。


「ジェイク様、わたくしは大丈夫なので、どうぞお気になさらず。……こちらはフェリックスに案内を頼めば済む話ですから」


 明るく身を引いたが、実際はローズの心の中でモヤモヤとした気持ちがわずかに芽生えていた。なんだか面白くありませんわと笑顔の裏で考えれば、次第に笑顔も強張っていき、自分の目の前を飛んでいたフェリックスの体を、少し乱暴に右手でガシッと掴んだ。


「なっ! ローズ、くっ、苦しいって」

「それでは、ジェイク様、べネッサさん、わたくしはこれで失礼致しますわ」


 ローズは多少笑顔を強張らせつつも、フェリックを掴んだまま、軽く膝を折って挨拶をする。それから、遠巻きに落ち着かない様子でこちらをうかがっているアーサに、「アーサも一緒に着いてきて下さいな」と声を掛けてから、苦しそうなフェリックスの案内の元、歩き出した。

 歩き進めながら、フェリックスが呆れ顔でローズに問いかけた。


「なんだよ、ジェイクを取られたのがそんなに面白くないのか?」


 それにローズは数秒考えてから、しみじみとした口調で答える。


「気の合う友人を取られてしまったみたいな気持ちと言えば、良いのでしょうか? わたくし人間の友達がおりませんでしたら、よく分かりませんけれど……」


「気の合う友人ねぇ」とフェリックスにニヤリと笑われるが、ローズは茶化されたとは気づいておらず、真面目な顔で自分の気持ちを打ち明ける。


「許されるなら、わたくしも招待を受けたかのような顔で、ジェイク様についていってしまいたいですわ。おふたりが愛を深め合う時間を邪魔してはいけないと分かっていますけれど……なんだかもやもやしますわね」

「ローズ、それって……いや、何でもない。でも、きっと俺の予想では、ジエイクはさっさと帰ってくると思うぜ。今から行く店の紅茶はジェイクも好きだ。帰宅時に出したら喜ぶぜ」

「わかりました。そうしましょう」


 ローズが気分を変えるように、にっこりと笑ったところで、アーサが追いついて、これから向かう店について会話に花を咲かせた。

 遠ざかっていくローズたちの後ろ姿を、べネッサは優越感に満ちた顔で見つめていたが、「ジェイク様、私たちも行きましょう」とジェイクの腕を引こうとした瞬間、逆に手を振り払われた。

 ジェイクから冷たい眼差しを向けられ、べネッサは表情を無くし、ごくりと唾をのむ。


「今後、こういうことはやめて欲しい。俺の妻になるつもりなら、心に刻んでおけ。俺の同意を得ずして、自分の意のままに動かそうとするな。それがだたの自己満足な企みであったとしても気分が悪いし、場合によっては俺はお前を敵とみなす」

「……も、申し訳ございませんでした」


 成り行きを見守っていた町の人々がふたりの様子にざわめく中で、べネッサは少し悔しげに謝罪の言葉を口にした。




 屋敷に帰り、夕食を済ませた後、ローズがフェリックスと今回バレンティナに選ばれた精霊たちの話を聞いていると、ジェイクがケーキを土産に帰宅する。そこからジェイクも交えて、精霊たちの話で夜遅くまで盛り上がったのだった。

 そして、翌日からローズと選ばれた精霊たちとのお茶会が始まる。

 まず初めにやってきたアイレンは、やはり上位精霊であることに相当の自信を持っているらしく、これまでの自分の活躍話ばかりが披露されるだけで終わってしまった。

 続けてやってきたサーリアは、最初に会った時にいた母親の精霊も一緒に訪ねてきて、その時同様、サーリアではなく母親がフェリックスに必死に話しかけたため、結局、サーリアではなく母親とのお喋りとなった。

 三番目だったナディアは、来て早々ローズへと頭を下げた。バレンティナの跡を引き継ぐ責任はやっぱり自分には重すぎると、胸の内を切に訴えた。

 植物魔法が得意なため、その研究者となり、次の国守りとなる精霊へ誠心誠意支えたいと言ってくれて、ローズは「応援しますわ」と笑顔で辞退を受け入れたのだった。




 最後の候補者が現れぬまま、とうとう六日が経った。

 ローズはフェリックスと庭に出て、前の三人が揃って驚いてくれた魔法石ランプの結界の具合を確認しながら、脇道を何度も振り返り見た。


「ミア、来ませんね。明日で一週間が経ってしまいますのに」

「ジエイクが城に戻ってるから、もしかしたらそっちにいるかもしれないなぁ。……そうだ! 王妃様もローズに会いたがってたし、挨拶がてら城の様子を見に行こうか?」


 フェリックスのひらめきに、ローズはパッと表情を輝かせたが、すぐに思い直すように首を横に振った。


「それもとても楽しそうで胸が高鳴りますけれど、わたくし、ミアにいつ来ても構わないと言いましたから、言葉通り、いつ来ても良いように、ここを動かず待つことにしますわ」


 それにフェリックスも「そうだよな」と同意した時、ローズは機敏に振り返った。気配を感じ取るように脇道の方をじっと見つめていると、恐る恐るといった様子で屋敷に向かってくる小さな姿を視界にとらえる。


「ミア! 来て下さるって信じていましたわ!」


 ローズが大声で嬉しそうに呼びかけると、ミアは不貞腐れているように、しかし、どことなく照れ臭そうにそばまでやってくる。

「待ちくたびれたぞ」と文句を言うフェリックスを、ちょっぴり睨みつけたミアの背後へとローズは回り込み、「さあ、どうぞ中へ」と両手で軽く小さな背中を押す。

 そのままミアを居間へ通し、前の三人同様、テーブルの上に置いてある精霊用の小さなクッションへと着席を促す。

 クッションと向き合うようにローズも椅子に腰掛けると、アーサがすぐさま紅茶と菓子の準備を始めた。


「お久しぶりですわね。精霊さんたちはそれぞれ棲家にしている場所が違うと聞きましたけれど、ミアはどのあたりで寝ておられますの?」


 早速質問をぶつけるローズに、ミアは少し気後れしながら、自分の前へと降り立ったフェリックスへと顔を向ける。すると途端にフェリックスが顔をしかめる。


「うえー。なんでそんなところで寝られるんだよ」


 反発するようにクッションから立ち上がったミアを気にすることなく、フェリックスはローズへ体を向ける。


「ここから西北にある集団墓地。そこだと他の精霊がいないから気兼ねなく生活できるからって」

「まあ墓地にいらしたの? 怖くはありませんでしたか? 心細いようなら、またこちらで一緒に生活しましょう」

「ここではローズがうるさくて、ちっとものんびりできないんだってさ」


 ミアはローズの言葉で神妙な面持ちとなったが、フェリックスから茶々を入れられた途端、まるでそんなこと言ってないと反論するように彼へ向かっていく。

「ごめんごめん」と笑って詫びるフェリックスに、膨れっ面のミアにローズは「ふふふ」と笑ってから、場を取り成すように軽く手を叩いた。


「さあ、ここからはもう少し真面目にお話ししますわよ。フェリックスはミアの言葉を正確に伝えることだけに集中して下さいな。ミアも心のままに答えてくださいまし」


 ローズの求めに、フェリックスは「分かった」と返事をし、ミアもこくりと頷く。

 少し真面目にと言いつつ、好きな食べ物や場所、精霊の寿命は人間の倍ほどなどという他愛ない雑談が続いたのち、話は徐々にバレンティナに関することへと移っていった。


「二歳で両親が亡くなり、孤児となってしまった私を、バレンティナ様が小島へと招いてくれました。私はバレンティナ様が大好きで、バレンティナ様のようになりたいと思った」


 ミアの子供の頃の話を、フェリックスを通して聞く。

 自分と同じく、ミアも幼い頃に両親を無くしてしまっていたことをローズは初めて知り、切なく痛んだ胸をそっと手で押さえた。

 フェリックスもわずかに表情を暗くさせながらも、城の裏庭に精霊の孤児が生活できるようになっている場所があるとしっかり説明を挟んだ。

 裏庭へ招かれたあと、ミアは恩に報いたくて必死に魔力の勉強をした。しかし、元々不安定だった力が同じく不安定な精神状態と連動して暴走してしまい、結果、多くの精霊を傷つけてしまった。

 それからも力の暴走は治らず、ミアはみんなから距離を置くようになってしまった。

 そんな中、偶然その場に居合わせたジェイクが、いとも簡単にミアの暴走を止めたことで、そばにいたら止めてもらえると、それ以来ミアは彼の近くをうろつくようになってしまった。


「俺がジェイクの相棒となった時から、ミアはジェイクのそばにいたけど……そんな理由があったなんて知らなかった」


 フェリックスの感想にミアは初めて弱々しい笑みを見せた。

 力の暴走は十年ほど続き、その後は力が枯渇したのか、すっかりミアは大人しくなった。しかし、暴走するたび周りを傷つけてきた事実を覆すことは難しく、そして力が弱くなったことから、能無しというレッテルを貼られてしまい、ミアはすっかり孤立してしまった。


「そういうことだから、私が無能というのは本当です。ジェイク様の正妃になりたいなら、アイレンを選ぶのが妥当だと思います」


 言い終えると同時に、フェリックスは辛そうにため息をついた。ミアもしんみりとした様子で俯くが、ローズはにっこりと笑って次の質問をする。


「ミアは国守りの精霊になったら、どのように精霊たちを導いていきたいですか?」


 すぐさま、ミアは「あなた、話聞いていた?」と言っているかのように、目を大きく見開いた。呆気に取られているミアを気に留めることなく、ローズはマイペースに「遠慮せずに、正直にお気持ちを聞かせてくださいな」と返事を促す。

 するとミアは、フェリックスに何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。言いたいことがあるけれど勇気が出ないかのように体を揺らして、困ったような顔をする彼女に、フェリックスも一切茶化す様子なく、真面目に告げる。


「素直に言えよ。そうしないと、きっと後悔するぞ」


 ミアは息をのみ、やがて真剣な面持ちへと変化していった。先ほどと同じようにフェリックスへと何か喋りかけようとしてから、今度は真っ直ぐローズへと体を向け、しっかりと目を合わせた。


「国守りの精霊になれるなら、私はバレンティナ様のように、弱い者にも優しい世界をつくっていきたい」


 フェリックスの声が、ミアの強い眼差しと共に、ローズの心へと迫って来くる。自然とローズの口元に笑みが浮かんだ。


「まあ、とっても素敵な考えですわね!」


 両手をぴたりと合わせて目を輝かせたローズに、ミアはパッと表情を明るくし、照れ臭そうに笑った。


「わたくし、正直に言って、選ばれた四人の中で、国守りの精霊にふさわしいのはミアだと感じておりますの。ジェイク様の正妃問題はひとまず置いといて、ミアが国守りの精霊になりたいと思う気持ちがお有りでしたら、わたくし、ミアのために頑張ります!」


 力強い輝きを宿したローズの眼差しが、彼女が本気で言っているのを物語っていて、初めて彼女を中心として場に緊張感が生まれた。


「国守りの精霊を目指す覚悟はありまして?」


 ミアはぐっと拳を握りしめてから、ゆっくりと真剣な顔で頷く。


「わかりました! ポンコツ同士、力を合わせて頑張りましょう!」


 ローズがいつもの朗らかな笑顔を浮かべ、少しはしゃぎながらハイタッチを求めるように手をかざすと、ミアは膨れっ面となり、ローズに向かって何か訴え始める。


「あら? ミア、どうしましたの?」

「私はポンコツじゃない、一緒にしないでって怒ってる」


 ローズの疑問にフェリックスが答える途中で、ミアはローズへと近づいていった。


「でも、私たちにはぴったりの言葉かもしれないわね、だってさ」


 苦笑いのフェリックスが追加で伝えると同時に、ミアはローズの大きな手に向かって自分の小さな手を振りかぶり、勢いよくパチンと打ち鳴らした。




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