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その手柄は、彼女のもの3


 自分まで誘われたことに驚きながら、ローズは咄嗟に了承の言葉を返す。

 慌ててミレスティがハシントンに話しかけようとしたが、それよりも先に彼は「失礼します」と告げ、他の招待客の方へとつま先を向けてしまった。

 すぐに三人の貴族の男が王子を取り囲み、にこやかに話し初めてしまったため、さすがのミレスティも割って入ることなど出来ず、不満顔となる。

 そこへ、人と人の間をすり抜けるようにしてエドガルドがやって来た。


「ミレスティ、待たせたな」

「お父様、遅いですわ! お父様がいてくれたら、もう少しハシントン様を引き止められたのに」

「すまない。知り合いとの話をなかなか切り上げられなかったんだ。王子は……ああ、あそこか。行くぞ」


 周囲を見回したエドガルドはすぐに王子の姿を見つけ、そちらへ歩き出したが、ミレスティは父の後に続かず、ローズへと体を向けた。

 ミレスティにじろりと高圧的に見つめられ、ローズは嫌な予感と共に真顔となる。


「ねぇ、ローズ。パーティーの空気は十分味わったでしょ? もう良いわよね? 庭で待っていなさい。パーティーが終わったら、迎えに行ってあげるから」

「お、お庭で?」


 突然の要求にローズは大きく戸惑い、苛立ったミレスティからテーブルの豪勢な食事へと視線を、つい移動させてしまう。ミレスティはローズのその行動を反抗的に感じたようで、一気に眉間の皺を深くさせた。


「不満? まさかあなた本当にハシントン様と踊るつもりでいた訳じゃないわよね? あわよくばハシントン様の気を引こうとか」

「い、いえ。わたくし、決してそんなことは……」

「違うと言うなら、黙って私の言葉に従いなさい! ハシントン様の視界に入らぬように、早く外へ!」


 ミレスティは厳しく言い放つと、庭へと出られるように開け放たれている、両開きの大窓の扉を指差した。


「……分かりました」


 自分の言葉は届かない。反発心など、幼い頃に捨ててしまった。ローズは静かに返事をすると、ゆっくりと庭に向かって歩き出す。

 途中途中で、どうしても料理に目が行くが、背中にミレスティの視線を感じ、道を逸れることは出来なかった。

 空腹でお腹が鳴り響き、惨めさでいっぱいになりながら、ローズは煌びやかな世界から逃げるように大広間を後にした。




 外に出ると、小さなテラスになっていて、テーブルや椅子がいくつか置かれていた。

 男性が外の空気を吸いに出てきたかのように、手すりに手をかけて綺麗に整えられている庭を見つめていたり、椅子に腰掛けた貴婦人ふたりが扇子で口元を隠しつつ会話を弾ませたりする姿があった。

 ローズはそんな人々から薄暗い空へとゆるりと視線を上らせる。曇りの日はもちろんあるけれど、精霊の恵みを受けるこの国は、一年を通せば晴れている日のほうが多い。

 しかしここ一ヶ月ほどは、今日のような曇りばかりが続いていて、ローズは空を見上げるたび、不思議な気持ちになっていた。

 辺りが薄暗いからか、心なしか肌寒さまでをも覚えつつ、テラスを降り、庭へ移動する。

 庭の剪定された低木の間を進んでいくと、小道の真ん中に置かれてあるローズの腰の高さほどある大岩が視界に入った。小道はその先にも続いていたが、ローズはちらりと後ろを振り返ってから、大岩の傍らで足を止める。


「あまり奥に行ってしまうと、見つけてもらえず、わたくしは置き去りにされてしまうかもしれませんね」


 山の中ではなく城のため、さすがにこの場に置き去りにはされないだろうが、すぐに姿を見つけられなければ、探す手間に腹を立て、帰宅途中で馬車を降ろされる可能性もある。

 大広間のテラスから近くもなく遠くもないこの辺りがちょうどいいかもしれないと考え、ローズは大岩によいしょと腰掛けた。

 城から聞こえてくる賑やかな音に耳を傾けながら、ぼんやりと遠くを見つめると、ぷりぷりと怒っていたミレスティの顔を思い出し、小さくため息を吐く。


「ミレスティは、わたくしがハシント様と踊るのがそんなに嫌だったのね」


 あの場では咄嗟に「喜んで」と答えてしまったローズだったが、よく考えるとダンスの作法もまるでわかっていない自分が王子と踊っていいはずがない。

 ダンスのお相手として盛大な粗相を披露して、王子に恥をかかせるところだったと背筋を震わせて、大広間を離れられて良かったわと、今の自分の状況を前向きに捉えることにする。

 何か食べられそうな実がなっていないかと考えつつ、低木や道の先にある木々に目をむけていた時、緩やかな風に乗って微かなざわめき声が聞こえてきた。


「……誰かいらっしゃいますか?」


 ローズはわずかに目を大きく見開いて周囲を見回したが、声の主は見つけられない。「空腹ゆえの幻聴でしょうか?」と苦笑いを浮かべるも、すぐに再び同じような声を聞き取り、ローズは大岩を降りて、その傍に立った。

 心を落ち着かせるようにそっと目を閉じて、耳を澄ませて数秒後、小道の奥から吹いてきた強い風がローズのピンク色の髪を大きく揺らす。


「……苦しい……誰か、助けて……」


 先ほどから聞こえ続けている幾人のざわめき声に混ざって、苦しげな呼吸音と共に発せられたか細い女性の声をはっきりと聞き取ると、ローズは目を開け、小走りで道の奥へと進み出した。

 脳内に直接声が届いたような感覚だったため、聞こえたのは精霊のもので間違いない。


「精霊さん、どうなさいましたか? 人の手が必要でしたら、お手伝いいたしますわ」


 ローズからも声を掛けながら、木の枝や、花壇など、精霊が居そうな場所を探して歩いていくが、なかなか声の主たちの姿を見つけられない。

 一度立ち止まって、ローズは後ろを振り返る。大岩が随分遠く見えるほど奥まで来てしまったため、これ以上城から離れることに躊躇いが生まれる。

 しかし、その躊躇いがローズの足を止めたのはほんの一瞬だけだった。

 すぐにローズは道の奥へと視線を戻し、精霊の声と気配を探りながら、何かに導かれるように力強く進み出した。

 庭の奥に進むにつれ、霧のようなものが立ち込め始め、陽が落ちたかのような薄暗さに包み込まれていく。


「まるで別世界に足を踏み入れてしまったみたい」


 鬱蒼とした雰囲気に身を震わせた時、ローズの視界に上部が半円状となっている木製のアーチが飛び込んできた。

 わずかに警戒しながら、少し古びていて蔦も巻き付いているアーチを潜り抜けた瞬間、苦しげな声がはっきりと脳内に響き、ローズは確信する。


「この先ですね」


 薄暗さが立ち込める中、正面にある大木から目を離さずに、歩みを進めていく。

 しかし、近づいていけば、それは一本の大木ではなく、三本の木が身を寄せ合うように生えているのだと気付かされる。

 幹の間から、チラチラと精霊の姿が見え隠れしている。重く張り詰めた空気を感じながらローズは様子を伺うように覗き込んだ。

 三本の木は三角形を描くように立っている。木々の中心へと伸びた枝がまるで自分の意志を持っているかのように複雑に絡み合い、鳥の巣のようなものを作り上げていた。

 木々に守り隠されているその鳥の巣の中には女性の精霊がぐったりと横たわっていて、彼女の周りを心配そうに四体ほどの精霊が取り囲んでいる。

 その様子を目にし、聞こえていた声音はここからで間違いないとローズが再び確信した時、女性の精霊を取り囲んでいたうちの一体、男性の精霊がローズに気づき、怒りの羽音を立てながら一気に近づいてきた。



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