ローズの選択6
「アルビオンの国守りの精霊は私の娘、アデリタだ。強力な穢れを払って、弱っている娘を治癒してくれたのだってな……娘を助けてくれて、本当にありがとう」
ローズが驚いてフェリックスを見ると、申し訳なさそうな表情で返された。
「あの時のことをローズが隠しておきたかったのはわかっていたけれど、ずっとバレンティナ様もアルビオンに行ってしまったアデリタ様のことを心配しておられたから、黙っていられなくて。アデリタ様を助けたのはミレスティって娘じゃなくて、ローズなんだろ?」
フェリックスから半ば断言するかのように言われて困り顔になったローズへと、ダメ押しするかのようにジェイクも続ける。
「俺たちもあの前にアデリタの様子を確認している。しかし、アデリタを取り巻く穢れが強すぎて、しっかりと準備を整えてからでないと払いきれないと判断したんだ。それが、穢れは払われていた。立役者がどちらかだなんて、二人の様子を見れば一目瞭然だった」
ジェイクの揺るぎない言葉と、表情の変化を見逃すものかといったフェリックスとバレンティナからの真剣な眼差しに、ローズは諦めた風に苦笑いを浮かべた。
「色々面倒なので、あの時のことはミレスティの手柄のままにしておいて欲しいのですけれども、おふたりは全てお見通しですわね。確かに、アデリタさんの元にはわたくしが最初に到着しました。……そこからは、辛そうな精霊さんを放っておけなくて必死だったということくらいしか、わたくしは覚えてなくて」
「お前さんには、いくら感謝しても足りないな。ジェイクとの結婚式は我ら精霊も必ず参加し、祝福を授けよう」
結婚式と言われ、ローズが反応に困っていると、バレンティナは目を閉じて、まるで誓いを立てるかのようにローズの指先へと己の額を押し当てた。
そのままゆっくりとローズから体を離し、バレンティナはついでのように、しかし実際は緊張を伴った固い声音で問いかける。
「アデリタの他には、上位精霊を見かけなかったかい?」
「他ですか? ……いえ、見かけませんでしたわ」
「そうか、わかった」
ローズが記憶を辿りながらゆるりと首を横に振ると、バレンティナがほんの数秒悲しそうに表情を崩した。しかし、すぐに威厳をその顔に貼り付け、口元に笑みも浮かべた。
「お前さんがどの精霊を選ぶのか、楽しみにしている。ジェイクも今日はご苦労だった。またすぐに会おう」
ジェイクと共にローズもお辞儀をし、顔を上げた時にはもうバレンティナの姿はふたりの前から消えていた。
ローズはジェイクとフェリックスと共に小島を出ると、すぐに町の人々や精霊たちから声をかけられ足止めをくらう。婚約者候補となる許可が降りたことを、すでにみんなが知っている様子だったため、「情報がお早いですわね」とローズは驚いた。
なんとかその場から抜け出し、馬車へと急ぐ途中で、ローズは何かを思い付いたように、進む速度を緩めた。
「精霊さんたちをお迎えするのに、お菓子や茶葉を買い込んで帰りたいのですけれども」
「それなら、この近くにおすすめの店がある」
「本当ですか? ぜひ行ってみたいです。案内してくださいませ」
ジェイクが微笑んで「もちろん」と頷くと、ローズは嬉しそうに顔を輝かせた。
ハラハラしながら待っているだろうアーサに報告するために馬車へ戻ってから、その後、共に店に向かうことにして、ローズはジェイクと並んで足取り軽く進んでいく。
しかし、馬車の傍で腰に手を当て待ち構えているベネッサの姿を目にした途端、ふたりの足は自然と止まる。
ローズはキョトンとした様子で目をわずかに大きく開き、ジェイクは「うっ」と嫌そうに呻いた。
「バレンティナ様から花嫁候補としての許可がおりたと聞きました。この私だって、許可をえるのに三回も挑戦したのに、初めてで通るなんて信じられない!」
「ええ。わたくし自身も信じられない気持ちでいっぱいです」
ベネッサの表情に釣られてローズも彼女と同じように深刻な顔で返事をする。するとべネッサは苛立ちを込めて語気を強めて言い放った。
「しかも、あなたは精霊の決定を保留にしたらしいわね。普通は、バレンティナ様の求めに応じて、その場で即決するでしょ? バレンティナ様を待たせるなんて何様のつもりなの!」
「まあ大変、わたくし、その普通を知りませんでしたわ。なので、できないからできないと正直に言ってしまいました。あとで非礼を謝罪しなくてはいけませんね」
ローズはジェイクへと「謝罪に、手土産持参するべきですわよね。バレンティナ様は何を喜びまして? 一週間後の謝罪では遅いでしょうか?」相談を始める。
困った様子ではあるものの、ローズに自分の威嚇が効いていないのを感じ、べネッサは八つ当たりするように嫌味をぶつける。
「どうせ上位精霊であるアイレンを選ぶでしょうに、何をもったいぶっているのかしら」
「まあどうしてそう思いますの?」
決してもったいぶっている訳ではないため、ローズは意味がわからず目をパチクリさせながらべネッサに問うと、べネッサの相棒であるドロシーが得意げな顔で前に出てきた。
「私は上位精霊ですよ。上位精霊以外は相手になりません……とは言っても、上位精霊であるアイレンも相手としては物足りないですけど」
ドロシーの優越感に満ちた「ふふふ」という笑い声に混ざって、近くの木からカサリと葉の揺れる音が小さく響いた。ローズが音のした方へ目を向けると、そこには身を隠しているつもりのようだが、羽や背中が見えてしまっているミアの姿があった。
ローズが可愛らしいと微笑む一方で、同じくミアに気づいたドロシーはニヤリと笑う。
「選ばれたアイレン以外の面子も大したことのない者たちばかり。ましてや能なしゆえに、お優しいバレンティナ様に気にかけてもらっているだけのミアなんて論外です」
先ほどよりも大きく葉がガサリと揺れ、再びローズが木に視線を戻した時にはもうミアの姿はなくなっていた。気配も感じ取れなくなったため、何処かに行ってしまったのは明らかだった。ローズは自分の心がちくりと痛むのを感じながら「ミア」と小さくつぶやいてから、べネッサへと体を向ける。
「あなたはどうしてこの方をお選びになりましたの?」
手をドロシーへと差し向けながら問いかけると、べネッサは当然のように答えた。
「上位精霊の中で一番賢く、魔力も強いからよ。だから、あなたが誰を選ぼうと、負ける気がしないわ。次の国守りの精霊はこの子、ジェイク様の正妃には私がなります」
ローズはべネッサの言葉を「ふむふむ」と聞いた後、顎に指を添えつつ悩んでいたが、考えがまとまると同時に、こくりと頷いた。
「でしたら、わたくしはバレンティナ様のような心の温かな方を選ぼうと思います。一番高貴な立場となった時、それを自分の誉とせず、決して驕らず、下々の精霊たちのために惜しみなく力を発揮するような、そんな方がいいですわ。他の精霊たちを見下すような発言をする方は論外です」
にっこりと笑ってローズが自分の方針を発表すると、ドロシーが面食らった顔をして、次第に顔を赤くし、拳を振るわせ始める。
「あなた、今、私に喧嘩を売ったわね!」
「……わっ。わたくし、そんなつもりは全くありません。誤解させてしまったのなら、謝りますわ」
ドロシーがローズの顔の前へと一気に進み出て、宙で地団駄を踏むような仕草をする。今にでも掴みかかりそうな雰囲気のドロシーに対し、ジェイクが呆れた様子でため息をついたことにべネッサは気づき、すぐさま言葉で割って入った。
「ドロシー、やめなさい。ジェイク様が見ている前で、みっともないわ」
自分が咎められたため、ドロシーは不満そうにする。しかし、ジェイクとフェリックスの視線、そして距離を置いてこちらの様子をうかがっている人々が発した「ジェイク様をめぐる女の戦いが始まっているぞ」という声に気まずさを覚えたようで、大人しく後ろへと引き下がっていく。