ローズの選択3
「……ジェイク様と一緒にアルビオンからやってきたっていうのが、あなた?」
「は、はい。ローズ・セレイムルと申します」
「私、べネッサ・オトゥール。父は公爵位を承っていて、母は上級聖女として活躍していまして、私も幼い頃からジェイク様の花嫁となるべく教育を受けて参りました。あなたは?」
先制攻撃を仕掛けてきたべネッサに、ほんの一瞬ミレスティの姿が重なり、ローズは思わず体を強張らせた。
「お父上とお母上、素晴らしい方なのですね。べネッサさんも、それはそれは大変でしたね」
ローズは素直にべネッサの両親を褒め称え、べネッサの労もねぎらう。一方で、素晴らしい両親のもとに生まれた自分もまた素晴らしいと主張し、ローズの出鼻をくじこうとしたベネッサだが、ローズがいつも通りのにこやかさを崩さないため、まるで手応えがなく、物足りなさだけが募っていく。
すすっとべネッサはローズに歩み寄り、ぎゅっとローズの手首を掴むと、互いにしか聞こえないくらいの声で話しかける。
「ジェイク様の正妃となるのはこの私ですから。あなたがジェイク様のお気に入りだろうと、絶対に負けません」
べネッサがローズを睨みつけると同時に、「オトゥール嬢」とジェイクが口を挟んだ。
そこでべネッサは力を抜き、ローズから手を離し、糸屑でもついていたかのように、ローズのドレスを軽く手で払った。
べネッサの戦線布告に、さすがのローズも戸惑いを隠せず、その場に立ち尽くし、べネッサはジェイクの隣は自分の場所だと言ったような顔をして、ローズとジェイクの間に割り込んでいく。
「べネッサ、あなたには追って試練の内容を伝えます。今日はご苦労であった」
バレンティナが短く息をついてから、べネッサに向けて言い放つ。もう帰っていいと言われたも同然ではあるが、ベネッサはその顔に不満を滲ませる。
「まだ少しジェイク様と一緒に……」
「今日はご苦労であった」
バレンティナが有無を言わさぬ厳しい表情でそう繰り返すと、それ以上食い下がれず黙り込んだべネッサの元へ、一体の精霊が慌てた様子で飛んでいく。
「バレンティナ様、失礼いたします! ……ほら、べネッサ、行きますよ!」
精霊はバレンティナに向かって頭を下げてから、必死にべネッサのドレスを引っ張り、すぐにでもこの場を離れようとする。べネッサも「失礼いたします」とバレンティナに頭を下げた後、ちらちらと笑顔でジェイクへ振り返りながら、ゆっくりと歩き出した。
「毎度思うが、あの惚れ込み方は狂気に近い。そんな彼女を正妃に迎えなくちゃいけなくなったら、ジェイクは確実に病むな。可哀想に」
「……仕方ない。俺は自分の正妃を選べないから」
遠ざかっていくべネッサにフェリックスは顔を険しくしながら、小声でジェイクに話しかけると、ジェイクも諦めの言葉を小さく吐き捨てた。
すると、枝に立ってジェイクを見つめていたバレンティナが、静かに口を開く。
「いいや、選ぶことはできる。王子自ら、候補者を連れてくるようにと決めているのだから」
ハッとし、わずかに目を大きく見開いたジェイクへと、バレンティナは少し意地悪ににやりと笑いかける。
「もちろん好意を持った娘の魔力が、能力で選ばれた娘より劣っていれば、正妃に迎えるのは諦めてもらうしかないが、お前さんが普通の娘に惹かれる訳があるまい。運命を感じざるを得ないほどのものをその娘が持っていたから、わざわざアルビオンから連れてきたのだろう?」
ジェイクはバレンティナを真っ直ぐに見つめて、はっきりと告げる。
「おっしゃる通り、俺は能力だけでなく、彼女のすべてから目が離せない。バレンティナ様も彼女をすぐに認めるはずだ」
力強く言い切った後、ジェイクはローズの手を恭しく掴み取り、真剣な面持ちでローズを見つめた。
「心底惹かれているあなたを娶れたら、どれほど幸せだろうか」
囁くように発せられた甘い言葉に、ローズは目をまん丸くする。本心ではないと分かっているのに、彼の言葉に心を捕まれ、鼓動が高鳴り、頬も熱くなっていく。
「すべて演技ですわ。落ち着きなさいませ、ローズ」と心の中で繰り返していると、バレンティナが笑みを浮かべて「面白い」と独りごち、以前、城で会った上位精霊へと視線で合図を送る。
上位精霊はバレンティナに対して軽く頭を下げてから、自分の顔の大きさくらいある包みを両手で抱えた状態で、ローズの前に進み出た。
「まずは、あなたの力がどの程度なのか見させてもらいましょう」
バレンティナの宣言で、ジェイクから手を離されたことに心細さを感じつつも、ローズは上位精霊と向き合って、おずおずと包みを受け取った。
触れた感じから、中身は球だろうかと考えていると、バレンティナから「結び目を解きなさい」と次の指示が飛ぶ。
包みを片手で持ち直して、言われた通りにすると、中から既視感のあるものが出てくる。
数日前に魔法石ランプで結界を作るのに扱ったばかりだ。しかし、慎重に指先で摘んで透明なそれを持ち上げると、キラキラとした金色の輝きが内包されていることに気づいた。
「これも、魔法石なのかしら?」
「そうだ。しかし、魔法石の中でもこれは少し特殊なもので、魔力付与した相手の能力値を知ることができるようになっている」
「そうなのですね」
なるほどと納得してから、ローズは魔法石を光に透かして「綺麗ですわね」とうっとりしていると、バレンティナの次の指示が飛ぶ。
「さあ、それに己の力を付与しなさい。私の後継者を選ぶ役目を託すに値するかどうかを見極めさせてもらう。と言っても、現段階では素質があるかどうかを……」
力を込めろと聞いてローズはこくりと頷くと、バレンティナの言葉を最後まで聞かずに、魔法石を両手で支るように持ち直す。
思い浮かんだのは、やはり、先日の魔法石へ魔力付与した時のことだ。「あの時のようにやればよろしいのですよね」と考えながら深呼吸し、ローズは目を閉じた。
魔法石へ意識を集中すると、即座に体が燃えるように熱くなっていく。先日以上の熱さを感じる一方で、魔力が球体へと吸い込まれているのもはっきりと感じ取り、この前の魔法石とは違って特殊な物だということを体感で理解する。
「どのくらい魔力付与したらいいのでしょうか」と思ったのも束の間、球体による魔力の吸引が加速し、逆に魔力の流動を制御できなくなる。
一気に力を吸い取られたことで、足元がふらつく。なんとか眩暈をこらえ、倒れずに済んだところで、ローズの手にあった魔法石から一気に光が放出され、強い熱風が吹き抜けていった。
熱風を起こしたまでは前回と同じだが、今回は魔法石に力は留まっておらず、それどころか、球体の中で輝いていたはずの金色の輝きまで消えてしまっていた。
「ただの透明なガラス石になってしまいましたわね。わたくし、失敗してしまいましたわ」
魔法石を持ったまま、しゅんと肩を落としたローズに、ジェイクが愉快そうに笑みを浮かべて首を横に振る。
「周りをよく見てみろ。失敗なんかじゃない。むしろ大成功」
慌てて視線を上げたローズの目に、バレンティナを始めとする精霊たちの体が、光の粒子を浴びたみたいに一様に輝いている様子が飛び込んでくる。
そして皆揃って唖然とした顔をしていて、ローズは不安になって「本当に大成功なのでしょうか」とジェイクに囁きかけた。
すると、「ははは」とバレンティナの豪快な笑い声がその場に響く。ひとしきり笑った後、余計に不安を募らせたローズに対して、バレンティナが力強く微笑んだ。