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ミア6


「……城の中にジェイクの姿がないから、こっちにいると思って来たって? ジェイクなら国王様と一緒に執務室にこもってるはずだけど? しばらく執務室から出られそうもないって、今朝ぼやいてたよ」


 執務室の中までは流石に入ることができないのか、ミアは残念そうに項垂れる。その様子はローズの目には寂しそうにも映り、どうにかしてジェイクに会わせてあげたい気持ちにさせられる。


「仕事を片付け次第、ローズのところに行くと言っていたし、そんなにジェイクと会いたいなら、ローズのそばで待っていたら良いよ」

「そうですわね! ジェイク様が、こちらに来てくださるというのなら、一緒にお茶でも飲みながら屋敷でお待ちになったらよろしいですわ。すれ違いにもならずに済みますし。わたくしも交流できて楽しいですし」


 フェリックスの提案に、ローズはパッと目を輝かせてお誘いをかけた。しかし、ミアにムッと顔をしかめられ、あっかんべーまでされてしまい、「お嫌ですか? 残念ですわね」とローズは寂しそうに呟いた。

 羽根も自由に動かせるようになったからか、ミアは身を翻してその場から去ろうとしたが、すぐさまそれに気づいたフェリックスが不機嫌に声を荒げる。


「おい、ミア! 助けてもらったんだから、ローズに感謝の意を示すべきだろ」


 ミアは慌てて振り返ると、真っ直ぐローズと見つめ合い、無意識のように、肩から下げているポシェットに触れる。しかし、今さっき、ローズに対して失礼な態度を取ったばかりだからか、ばつの悪さを感じているのか、アーサやフェリックスの少し刺々しい視線を気にする素振りをみせてから、おもむろに顔を俯かせた。

 一向に謝らないその態度にフェリックスが再び「ミア!」と不満をぶつけるが、ローズはそっとフェリックスに触れて、軽く首を横に振ってからにこりと笑いかけた。

 ミアとセレイムル家にいた頃の自分を、ローズは心の中で重ねながら、明るい声音でミアに話しかける。


「わたくし、お礼ならいつでも受け付けていますわ! だから今ので懲りずに屋敷に遊びにきてくださいな。その時までに、必ずこの道をなんの不安もなく通れるようにしておきますから」


 顔を上げて、面食らった様子で目と口を大きく開いたミアに、ローズは穏やかに微笑み、胸に両手を当てて、軽く膝を折った。


「わたくし、ミアが来てくださるのを心よりお待ちしておりますね」


 ミアは戸惑うように何かを言いかけるが、不安そうに曇らせた表情そのままに、ローズに背をむけ、町の方へと飛び去った。


「ローズは甘いよ。助けてもらっておいて、感謝するどころかあんな態度を取られたら、普通は腹立たしくなるだろ? 少なくとも、俺は腹立たしいし、なんか悔しい」

「フェリックス、ありがとうございます。わたくしの気持ちを考えて、フェリックスが怒ってくださった。その優しさで、とっても幸せな気持ちになりましてよ?」


 フェリックスはローズの温かな微笑みに、それ以上何も言えなくなり、諦めたように息をつく。「ローズには敵わないな」とジェイクそっくりに前髪をかき上げたフェリックスに、ローズは「ふふふ」と笑って、それから気持ちを新たにするように拳を握りしめた。


「さて、宣言してしまいましたし、わたくし頑張らないと! アーサと御者の方にも、色々と準備を手伝ってもらいますわね」

「何する気なんだ?」

「さっき、フェリックスが言っていたことを実行するのです。錬成術を駆使して、この道に光の結界を貼りますわ」


 飛び出した言葉に、フェリックスとアーサがポカンとし、言葉を失う。

 しかし、ローズだけは考え込むように顎に手を当てて、道の先にわずかに見える屋敷へと視線を向けた。


「この道だけでなく、屋敷を取り囲むようにぐるりと結界を張れたら、精霊さんたちも穢れに怯えることがなくなり安心ですわよね」

「……い、いきなりで、そこまで錬成術を使いこなすのは難しいんじゃないか? 子供の頃に使えたとしても、今現在もできるかどうか分からないのに……ああ、ジェイクに頼むのか。それだったら……」

「いえ。わたくしがやってみますわ。何事もやってみなくちゃわからないですものね。それに、本を読んでいたら、なんだかできそうな気もしてきましたし」


 あっけらかんと言い放ったローズに、フェリックスは「そ、そうか。頑張ってくれ」と苦笑いし、アーサは「その勢いで、花嫁修行も頑張りましょうね」と続けた。

 ローズとフェリックスが馬車の中へと戻ると、遠くの家屋の物陰からミアがふわりと羽根を羽ばたかせ姿を現す。先ほどと同じように、ポシェットの中にある小さな膨らみに布の上から触れると、勇気を奮い起こすように唇を引き結び、屋敷に向かって走り出した馬車を一直線に追いかけた。

 ローズは屋敷へと戻ると、早速、錬成術の本を開き、「錬成初級、魔法付与」と大きく書かれてあるページを指差した。

 ランプの中に入っている丸く透明な魔法石に火の魔力を付与し、赤く輝かせることで、夜間の明かりに、寒い時は暖を取ったりして使用するのだ。この魔法石ランプと呼ばれるものは、ジェイクのこの別宅にもあり、一般的に広く使われている魔導具である。

 同ページに、これの光の魔力版も小さく補足されている。そちらは明かりの代わりというよりは、魔物避けとして使うもので、夜間の外出を始め、冒険者などが洞窟や森を抜ける際にあると便利だとされていた。

 ローズは、この光の魔力版を等間隔に並べて、結界のような役割をさせればいいのではと考えたのだ。

 屋敷の裏の物置の中に、魔法石ランプの予備がいくつかあるとアーサから聞いて、ローズはすぐさま部屋を飛び出した。

 馬車のそばで、一息ついていた御者にも手伝ってもらって、ローズは物置きにある魔法石ランプを、あるだけ小屋の外へと運び出した。


「全部で十個。森の脇道に結界を作るには、幾つくらい必要かしら。これだけではやっぱり無理でしょうか」

「それはローズの魔力がどの程度かで決まるんじゃないかな? 魔力が強ければ、効果範囲も広いだろうし」


 フェリックスの言葉を頷き聞いていたローズだったが、何かに気づいたように屋敷の方へ振り返り、驚いたように話しかける。


「もしかして、そこにいらっしゃるのはミアですか?」


 ローズの問いかけに応じて、玄関近くの鉢植えの後ろからミアは姿を現し、ヨタヨタしながらローズの元へと近づいてくる。

 先ほどローズが払ったはずの穢れが、今またミアの羽についていたため、フェリックスは「お前なぁ」と呆れたようにぼやいた。

 ミアはおずおずとローズの顔の前までやってくると、両手で胸の上で重ね合わせてから、丁寧にお辞儀をする。

 それは女性の精霊が敬意を込めて行う正式な挨拶で、目を大きくしたローズの傍らで、フェリックスとアーサはまさかといった驚きの表情を浮かべる。

 続けて、ミアはポシェットの中から取り出した木の実を、両手でローズに差し出した。


「わたくしに、くださいますの?」


 こくりと頷いたミアの小さな手から、ローズは木の実を受け取り、嬉しそうに微笑む。


「それ、美味いやつだ。強い風が吹く崖の近くに生えている木に成っているし、しかも棘のある殻を纏っているしで、摘み取るだけでも一苦労なんだ。殻を剥くのだって手間がかかる」

「まあ、そんな貴重なものをくださるなんて。早速、いただいてもよろしいかしら?」


 ミアが再び頷くのを待ってから、ローズは木の実をパクリと頬張り、「とっても甘いですわ!」と目を輝かせた。



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