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ミア5

 どこからともなく年老いた店主が現れ、ローズに目を止めると同時に、ピンときたかのように声をかける。


「いらっしゃいませ。もしや、ローズ様でございますでしょうか?」

「ええ、そうです。ローズ・セレイムルと申します……あの、どうして私の名を?」

「昨日、ジェイク様がいらっしゃいまして、あなた様のことを伺っております。お話通り、可愛らしいお方ですね」


「まあ」とローズが目を丸くし、自分の頬に手をあてたことに、店主は微笑ましげに目を細める。


「お見えになったらお渡しするようにと、本の取り置きがされております。少々お待ちください」


 そう言って、店主が店の奥へと姿を消した後、アーサもあごに手をあてながら本棚の前へと移動する。

 ローズも手近にあった本へと手を伸ばしてページをめくると、何やら難しそうな文言が並んでいるのが目に飛び込んできて、そっと本を閉じた。

 もっと胸が弾むような面白そうな本はないだろうかと、ローズがいくつか表紙を流し見していると、店主が本を積み重なった本を両手で抱えて戻ってくる。

 魔力関連の本が二冊、シェリンガムの歴史の本が一冊、それから分厚い図鑑を二冊と、店主は持ってきた本を、中身を簡単に見せつつ一通り説明する。その中でも、絵による解説が入っている図鑑にローズは強く興味を示して、目を輝かせた。

 そんなローズの素直な反応に店主は微笑みながら、「すぐに袋にお入れいたしますね」と声をかけた時、店主が持ってきた本の横に、ドスンと音を響かせつつアーサが本を置く。


「これも一緒にお願い致します」


 ローズは何気なくそちらへ目を向け、一拍置いて目を大きく見開いた。

 アーサが持ってきた本は三冊ほど重なっていて、一番上に乗っている本のタイトルは「上級者向けのマナー、その一」だった。


「その一ということは、その二もありますのよね? もしかしたら、一番下がその三という可能性もありまして?」

「はい。その通りですよ。ローズ様、よくお分かりになりましたね。張り切って仕上げていきましょう」


 独り言のつもりで呟いた言葉に、アーサに笑顔で答えられ、ローズは目を回しそうになった。

 店の外まで見送りに出てくれた店主にお礼を言った後、大量の本を抱え持って馬車に向かって歩いていく御者の後ろ姿を、ローズは店の前からしばし呆然と見つめた。

「頑張れローズ」とフェリックスからの励ましが入りつつ、一行は他のお店も見て回るべく馬車とは反対方向へと歩き出した。

 いくつか焼き菓子を買い込んだ時も、大きなシャインが散歩している姿を見かけた時も、精霊たちから手折った小花のプレゼントをもらった時も、ローズは嬉しそうに目を輝かせた。

 大きな広場に出て、巨大な鐘が備わった教会を前にして、白く輝く建物の優美さにしばし見惚れていると、中から透明感のある歌声が聞こえてきて、うっとりと聞き入る。

 神聖な気持ちになっていたが、お昼ご飯の時間が近づいてきていたために、ローズのお腹がぐうっと鳴り響いてしまい、「そろそろ屋敷へ戻りましょうか」というアーサの提案に、ローズは素直に頷いたのだった。

 馬車に戻ると、すぐに馬車は屋敷に向けて出発する。ローズはふかふかの座席に腰掛けながら、窓から愛おしげに街並みを眺めていたが、ふと気になって、向かい側の座席の隅に置かれている先ほど購入した本へと手を伸ばした。

 ローズが自分の手元に引き寄せたのは図鑑の二冊で、たくさんの情報と共に動植物や鉱物などが描かれている。嬉しくて、思わず「わああ」と声を弾ませたローズに、傍らに座っていたフェリックスが苦笑いする。


「教本はイヴァンテが選んだものだけど、その図鑑はローズはこういうのが喜びそうだってジェイクが選んだんだ」

「まあ! ジェイク様が選んでくださったんですね。正直、この中で一番心ときめきますわ。あとでお礼を言わなくては」


 ローズはシャインの図説が載っているページを愛おしげに手で撫でつつ、他の本へと何気なく視線を向け、「あら?」とわずかに首を傾げた。


「……錬成術の本ですわ」


 改めて、それぞれの本のタイトルを確認すると、三冊あると思っていたマナーの本は実際は二冊だけで、どうやらアーサの選んだ残りの一冊が錬成術に関する教本だった。

 ローズはごくりと唾を飲んでから、その本を手に取って、図鑑の時と同じように胸が高鳴るのを感じながら、ページを捲る。


「物体と魔力を組み合わせて創造することを錬成と呼び、そうして造り出したものを魔導具と呼ぶ」


 最初の一文を無意識に声に出して読み上げてから、ローズは夢中になって文章を黙読する。

 生活に役立つであろう基礎的な魔導具から、上級者ともなれば、剣や槍の武器や防具と錬成することによって、武器に魔力を付与することも可能と書かれている。

 さらに、動物、植物から精霊、人間まで、魔力の付与に伴って進化をも促すこともできるようになるが、そこまで錬成術を極められることは稀であるとも記されていた。

 本屋に入る前に聞いたアーサの言葉を思い出しながら、信じられない気持ちでローズは自分の手のひらを見つめた後、本に視線を戻す。

 読み進めていくうちにある項目に目が止まり、ローズがフェリックスへと顔を向けた時、ガタリと馬車が急停止した。

 窓の向こうへ視線を移動させると、ちょうど穢れの森の脇道へと差し掛かったところで、ローズは「どうしたのでしょうか」と不思議に思いながら呟く。

 しかし小さな姿を視界に捉えたことで、すぐに馬車が停まった理由を理解する。

 同じく気がついたフェリックスと共に、ローズは慌てて馬車を降りて、アーサの「ローズお嬢様お待ちください」という制止も聞かずに、脇道を足速に進んでいく。

 道の中ほどに、ミアの姿があった。森の中から伸びてきた触手のような影によって、彼女は羽に穢れを負っていて、うまく浮遊できずにいる。

 ローズの目の前で、穢れから逃げるだけで精一杯の状態のミアの足に穢れが巻きつき、そのまま小さな体は地面へ叩きつけられる。そのまま森の中へと引き摺り込まれそうになり、ミアは恐怖の滲んだ表情となる。


「やめなさい!」


 厳しく言い放ちながら、ローズは両膝を地面について、ためらいもなく素手で穢れをむぎゅっと掴んだ。穢れは悶えるように影をくねらせるも、ローズは決してそれから手を離さない。

 その様子に、「け、穢れって、掴むことができるんだな」とフェリックスが口元を引き攣らせ、追いかけてきたアーサも唖然とした顔をする。


「ミアを今すぐ離しなさい。でないと、滅しますわよ」


 口元は微笑んでいるが、眼差しは氷点下の冷たさでローズがそう宣言すると、ローズに掴まれていた部分から穢れは霧散し、その姿が一気に消えていく。ミアの足に巻き付いていた穢れも消え去ったのを確認し、ローズはホッと息をついた。


「ミア、大丈夫でしたか? まあ、可愛らしいお顔が台無しですわ」


 呆然としているミアにローズはにこりと笑いかけてから、「失礼します」とひと言断りを入れて、自分のドレスの袖口でミアの頬についている土を優しく拭う。続けて、羽を軽く手で払って、付着していた穢れを落とした。


「どこか痛むところはありませんか?」


 ぼんやりと自分を見上げたまま動かないミアが心配になり、ローズはフェリックスへと助けを求めるように視線を向ける。

 すると、すぐにフェリックスがミアの傍へと舞い降りてきて、「おい、大丈夫か?」と少し面倒くさそうに話しかけ、ミアの視線を遮るように顔の前で手を振ってみせた。

 そこでミアはハッとし、目障りだとでもいうように、フェリックスの手を両手で押し退けた。


「お前、なんでこんなところをひとりでうろついているんだよ。危険なのはわかるだろ?」


 フェリックスに注意されると、ミアは何かを訴えかけつつフェリックスに向かっていく。



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