ミア4
鬱蒼とした森を窓から見ながら小道を通り過ぎ、街の賑やかな中心部へと入っていく。
ローズは本屋の近くで馬車を降りて、アーサと共に歩き出した。ここに来る道中には見かけなかった精霊たちの姿が街中にはたくさんあり、彼らの楽しげな様子にローズが気を取られていると、逆に精霊たちもローズに気が付き、少し興奮した様子で集まってきた。
「まあ、いったいどうしたのでしょう」
精霊たちの行動にアーサは驚き、すぐさまローズを自分の背で庇った。
「……あの、皆様方、なにかご用ですか?」
咄嗟にローズは問いかけるも、集まってきた中に上位精霊はいないようで、言葉としての返事はなく、ただざわめくような音が響くばかりだ。
精霊たちに攻撃的な気配はないため身の危険を感じないが、完全に取り囲まれてしまったため、本屋は目の前だというのに全く先に進めない。
ローズたちが困っていると、本屋の方向から「あ!」と知っている声が響き、小さな姿が猛スピードで近づいてきた。
「ほら、退いた退いた! ローズが困っているだろ!」
やって来たフェリックスが、集まっていた精霊たちを事もなげに追い払う。中には不満げな顔をする者たちもいたが、やはりフェリックスは精霊の中でも位が高いようで、みんな素直に彼の言うことに従い、ローズから距離を取った。
「ありがとう、フェリックス。……精霊さんたち、いったいどうしてしまったのでしょうか? わたくしもしかして、なにか粗相をしてしまいました?」
「そういうんじゃない。みんな、ジェイクが選んだ女の子ということで、ローズに興味津々なだけだよ」
「あら、そうでしたのね。本当にジェイク様は皆さんに慕われていますわね」
フェリックスの返答を聞いて、ローズがしみじみと感想を述べると、精霊たちは目をキラキラさせながら何かを訴えかけるようにフェリックスを取り囲む。
「みなさん、なんて?」
「ジェイクは我が国の誇りだってさ。世界は広いけれど、火、水、風、土、それから光も、さまざまな魔力を会得している王子はジェイクだけ。ぶっきら棒な時もあるけれど、心の根の優しさは伝わってくるし、顔はハンサムだしって言ってる」
「確かに整ったお顔をお持ちですよね。優秀だろうとは感じておりましたが、さまざまな魔力を習得されているだなんて、相当な努力家でもございますのね」
ローズは納得して頷くと、精霊たちもローズの言葉に同意するようにこくこくと頷く。
「どこから来たのか」というフェリックスを通しての精霊たちの質問に、「アルビオンからですわ」とローズが答えるなどして、会話を楽しんでいたが、途中で、フェリックスが面倒になったようで、「もういいだろ! ローズも忙しいんだから終わり!」と仲介役を放棄しにかかる。
しかし、最後にというように、ふくよかな体型の女性の精霊がフェリックに問いかけた。
その後ろには、二つに髪を結いた可愛らしい女の子の精霊がローズと話したそうにもじもじしている。親子かしらと予想しながら、ローズがにこりと笑いかけると、女の子は嬉しそうに顔を明るくさせた。
「……え? ローズが誰とペアを組む予定なのかって? まだバレンティナ様との謁見が済んでないし、そこまで話は進んでいないよ」
フェリックスに冷たくあしらわれるも、母親らしき精霊は必死に食い下がる。しかし、拒否するようにフェリックスから首を横に振られ、今度はローズに身振り手振りで訴えかけてくる。
ローズは困惑し、助けを求めるようにフェリックスに目を向けると、フェリックスは呆れたらしく、肩をすくめてみせた。
「ペアを組む相手として娘を選んでくれないかって言ってる」
「そうなのですね。まだ何もわからない状態ですし、無責任なお約束はできませんわ。困りましたわね」
「ほら、ローズを困らせるな。そういうことだから、帰った帰った」
母娘だけでなく、みんなも追い払うように手を払いながら、フェリックスはアーサにローズを連れて本屋へ行くように目線で促した。
すぐさまアーサに促され、ローズは「失礼したします」とにこやかに笑いながら歩き出すも、しばらく背後のざわめきは治らなかった。
少し遅れてローズたちに追いついたフェリックスはうんざり顔でぼやいた。
「あの親子はあわよくばローズに取り入ろうと思って話しかけてきたんだろうけど、他のみんなは、純粋にジェイクの想い人であるローズがどんな娘なのか気になって仕方ないみたいだ」
ジェイクの想い人という言葉が、いつもより重く感じられ、「プレッシャーですわ」とローズは遠くを見つめる。
「本当だったら、遠くから眺めて、どんな子か知りたいところだけれど、ローズはあの森のそばに住んでいるから、気軽に様子を見に行くことも出来ない。だから街中に出てきた今がチャンスだと思って、みんなで群がってしまったんだ。話せる奴がいないと意味ないのに」
「だとしたら、フェリックスってとても便利ですわね」
「便利と言われると、なんか複雑な気持ちになるな」
にこやかに飛び出したローズの悪気ない発言に、フェリックスは苦笑いする。
「皆さんに、気軽に屋敷へ遊びに来てもらうことはできないのでしょうか?」
「それは無理だよ。俺だって、光の魔力を持ってるジェイクやローズがそばにいてくれれば平気だけれど、ひとりではあの森の脇道を通りたくないもん……穢れが入ってこないように、光の魔力で結界でも作ってくれたら別だけれど」
フェリックスからの提示された解決案に、ローズはきょとんとし、足が止まりかける。
「……そんなもの作れますの?」
「詳しいことはわからないけれど、錬成術が使えるようになれたら、できるんじゃないかな」
「錬成術ですか。どんなものなのか全く想像もつきませんが、わたくしが習得するまでに、大変長い月日がかかってしまいそうですわね」
「だったら、ジェイクに相談してみたらいいよ。簡単な錬成ならできると前に言っていたから」
本屋の扉を開けようと手を伸ばしたアーサが、ゆるりと振り返り、少し言い難そうに断言した。
「お嬢様ならすぐに出来ると思いますよ。何せ、子供の頃に見事にやってのけておりましたから」
アーサのひと言に、ローズとフェリックスから「え?」と同時に疑問の声が上がる。
「しかも、光錬成した後に、シャインの幼獣相手に聖獣進化まで行っておりました」
「うっ、嘘だろ?」
「嘘ではありません。この目で見ましたから。ローズお嬢様は覚えておりませんか? エマヌエラ夫人とミレスティの前で光の魔力を使った時のことを」
それはローズも覚えている。しかし、エマヌエラに怒鳴られて大泣きして、その後すぐにアーサもいなくなってしまったことだけが記憶に強く残っているだけで、あの時、どのように光の魔力を使ったかまでは覚えていない。
険しい顔で首を捻るローズに、アーサは小さく笑いかけてから、本屋の扉を押し開けた。
「幼かったのですから、無理もないですね。でも、一からおさらいしていけば、すぐにあの頃の感覚を取り戻すかもしれません」
アーサの核心めいた言葉を聞きながら、ローズとフェリックスはゆっくりと本屋の中へ入っていく。見慣れた様子で表情の変わらないフェリックスとは違い、ローズは所狭しと並べられたくさんの本に取り囲まれている状況に、感激で目を輝かせて店内を見回す。