表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/51

その手柄は、彼女のもの2


 大地の魔力を司る精霊たちにより、人々が自然の恵みなどの恩恵を受ける代わりに、負の気に当てられやすい精霊を保護して回復したり、場の浄化を行ったりする役目を聖女は担い、そんな聖女たちのトップに立つ者を大聖女という。

 精霊と接する機会が多い聖女宮、はたまた聖女という存在に、ローズは幼い頃から、密かに憧れの気持ちを抱いている。

 ふたりの会話を聴きながら少し冷静さを取り戻したローズは、黒髪の男性がハシントンに対して全く萎縮していないことに気付かされる。また同時にハシントンも、男性の態度を不快に感じている様子もないため違和感も覚え出す。

 いったいこちらのお方は誰なのかしらと気になり始めたローズはそろりと顔をあげ、こっそり男性を盗み見た。

 黒髪の男性が着ている貴族服はしわひとつなく、ジャケットの黒生地は滑らかに照明の光を反射している。襟元や袖口に施された細やかで繊細な刺繍、飾りボタンに付けられている大きな宝石など、その全てが上質なもので身分の高さが窺える。

 もちろん王子の誕生日パーティーに招待を受けている時点で、貴族の生まれであることは確かだろうが……一国の王子相手に気安すぎる態度をとる黒髪の男性を、ローズはまじまじと観察し始める。

 すると視線に気づいた男性から、「何か?」といった眼差しを返されてしまい、盗み見を咎められたようで、ローズは気まずさでいっぱいになる。ぎこちなくも「ほほほ」と笑ってやり過ごそうとした時、女性の黄色い声が響いた。


「ハシントン様! こちらにいらしたのですね。探しましたわ」


 その声音に思わず息をのんだローズを押しのけるようにして前に出てきたのはミレスティだった。彼女は満面の笑みを浮かべていたが、今さっき自分が押しやったのがローズだと気づくと同時に、眉間の皺を深くさせた。


「ローズ! 私の後ろにいるものだとばかり思っていたのに、どうしてここに。しかもハシントン様と一緒にいらっしゃるなんて」


 自分よりも先に王子と話をしていた様子を見て取り、ローズに抜け駆けされたと思ったミレスティは歯痒そうに呟く。

 ローズは「誤解ですわ」とこうなった状況を説明しようとしたが、ミレスティから威圧的な眼差しを突きつけられ、言葉を失う。

 そんな従姉妹ふたりのやりとりに気づいていないハシントンは、「あぁ!」と思い出したように声を上げた。


「あなたは確か、セレイムル公爵の娘のミレスティ嬢。僕の誕生日のお祝いに駆けつけてくださったのですね。ありがとうございます。……ええとあなたは? 初めてお会いする気がしますが」


 ハシントンはミレスティに感謝の言葉を述べたあと、ローズへその眼差しを向ける。

 しかし、問われたローズが口を開くよりも先に、ミレスティがローズの前に出て、ハシントンへと愛想よく笑いかけた。


「私の従姉妹がご迷惑をおかけしまして、大変失礼致しました。」

「従姉妹だったのですね。お名前をおうかがいしても?」


 ハシントンからの最後の問いかけは、ローズに対するものだったが、ここでもやはり会話の権利はミレスティに奪われる。


「この子はローズ・セレイムルと申します。亡くなった叔父の子で、人見知りだから普段はずっと家の中に引きこもっていまして……そのため社交性がないと言いますか、世間知らずなところがあって」


 ミレスティによる紹介の文言に、ローズは徐々に視線を落としていく。

 彼女の言葉は鎖のようで、ローズの心はたやすく囚われる。仮に訂正したい箇所があったとしても、それをぐっと飲み込んで、言われた通りに振る舞わなくてはいけない気持ちにさせられていくからだ。


「ローズ・セレイムル、か。覚えておこう」


 小声なのに、はっきりと届いた言葉に、ローズは勢いよく顔を上げた。そう言葉をかけてくれたのは黒髪の男性で、彼はキョトンと自分を見つめるローズに対してわずかに微笑んだ。

 そして、「失礼する」と一言断りを入れると、まだ話し足りなさそうなハシントンを気に留める様子もなく、場を離れて行く。


「……今の方はどなたですの? なんだか冷たいと言うか、無礼にも感じましたわ」


 黒髪の男性の態度にムッと顔を顰めるミレスティに対し、ハシントンは苦笑いするだけで多くを語らず、そのままローズへと視線を移動させる。


「失礼ですが、あなたのお父上は、ハロルド・セレイムルですか?」

「はい、そうでございます……ハシントン様は、わたくしの父のことを知っていらっしゃいますの?」


 思わぬところで実の父の名前が飛び出してきたことで、ローズは顔を綻ばせて、嬉しそうに聞き返す。


「教育係から話を聞いているよ。とても剣の腕が立ち、勇敢な男性だったと。頭も良かったとか。それから、母上も光の魔力に長けていたみたいだね」


 父だけでなく母のことまでも話題に上がりローズは目を輝かせるが、そこですかさず、ミレスティが話に割り込んできた。


「ハシントン様、そこはきっと聞き違いですわね。光の魔力に長けているのは、この子のではなく、私の母の方です。なんせお母様は、あのパーセル家出身ですから」


 火や水など、さまざまな魔力が使われる中で、ミレスティの母親のエマヌエラは、光の魔力を得意とする一族として有名なパーセル家の産まれで、今、大聖女を勤めているのもパーセル家出身の者だ。

 そして、エマヌエラ自身も今もなお、聖女として活動していて、若いころに荒れた地へ三日三晩祈りを捧げ、豊かな土壌へと変えた話を、ミレスティが自慢げにし始める。

 これまで何度もその話を聞かされているローズも、いつも同様黙って耳を傾ける。

 そして、ミレスティの話が、母がどんなに素晴らしいかの自慢から、そんな母や母方の親族から自分は能力を誉められていて、ものすごく将来を期待されているという結びに落ち着くのも毎度のこと。

 代々受け継いできた光の魔力の才能は、ミレスティにとって誇りそのものなのだ。

 ローズは、顔も知らない両親を恋しく思うと同時に、昔、親のように慕っていた年配の召使いの女性のことも思い出す。

 彼女はアーサと言う名で、ローズが七歳の頃にセレイムル家を離れてしまったが、それまでローズに言葉や文字、教養など様々なことを教えてくれたのだ。


『この先いかなる困難にぶつかろうとも、精霊のお導きのもと、お母上のように毅然と前を向き、生きて行くのですよ』


 今でもしっかりとローズの心に残っているのは、アーサの品のある微笑みとこの言葉だ。

 そして、アーサの言う「お母上」とはローズの実母、マリアンのことだ。

 昔からセレイムル家の召使いたちはエドガルドとエマヌエラの機嫌を損ねないように、ローズの両親のことは口にしない。

 唯一親身になってくれたアーサもあまり多くを語らなかったため、ローズは両親のことをいまだによく知らない。

 しかし、立場の強いハシントンなら、誰に気兼ねすることなく話をしてくれることだろう。

 両親のことを知れるチャンスだけれども……今、ミレスティの自慢話を遮ることは、危険行為だ。

 ローズは込み上げてくる両親への思慕を我慢するように唇を軽く噛むと、召使いの彼女からの言い付けを守るようにしっかりと顔を上げて、口元に穏やかな笑みをたたえた。

 穏やかにミレスティを見つめるローズにハシントンはわずかに目を奪われたあと、話の機会を伺うように自分へと近づいてきた三人の男性の招待客に気付き、口を開く。


「ミレスティ、後ほどダンスのお相手をお願いします。……ローズ、ぜひあなたも」

「は、はい。喜んで」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ