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ミア3

 フェリックスを捕まえたまま器用に白馬に跨ったジェイクは、ローズを真っ直ぐ見つめて、わずかに微笑んだ。


「今日からここがローズの家だ。ゆっくり休んでくれ」

「心より感謝申し上げます。どうかジェイク様が、今宵も良い夢を見られますように」


 ジェイクの言葉が嬉しくて、胸が熱くなるのを感じ取りながら、ローズも笑顔で彼を見つめ返す。

 イヴァンテが馬に乗ったのを確認してから、ジェイクは「またな」とローズへ一声掛けてから、馬の脇腹を蹴り、悠然と走り出した。

 あっという間に遠ざかっていく後ろ姿に向かって、ローズは「ジェイク様、お気を付けて! フェリックスもまた来てくださいね!」と声を張り上げた。

「俺は帰りたくなーーい!」とフェリックスから戻ってきた叫び声のような返事に、「ふふふ」と笑っていたローズの横を、後ろから小さな体が勢いよく通り過ぎていった。

 ジェイクを追いかけていくミアの姿に気づいて、ローズはすぐさま先ほどと同じように、大きな声で話しかける。


「……あら、ミアもお帰りになられるのですね。よろしかったら、今度は一緒にお茶でもいかがですか?」


 するとミアは途中で動きを止め、羽を羽ばたかせながらローズへと振り返った。不満げでもあり、戸惑っているようにも見える複雑な面持ちで自分をじっと見つめてくるミアに、ローズはにっこりと笑いかけ、手を振ってみせた。

 途端、ミアはハッとした顔をする。そして、ローズに向かってあっかんべーをし、軽やかに身を翻した。その姿をローズの隣で見ていたアーサが、信じられないといった様子で「まあ!」と口を開く。


「ミアという精霊のことは聞いておりましたが、噂通り、あまり素直な性格ではないご様子ですね」

「警戒心がとても強いようにわたくしには見えますわ。きっと信頼しているのがジェイク様だけなのでしょうね。ジェイク様は綺麗な心をお持ちですから……なんだか分かる気がいたします」


 ミアの小さな姿を目で追いかけながら、しみじみと自分の考えを言い並べたローズだったが、不意に目を大きく見開いた。

 まるで木々の暗がりの中から手を伸ばして捕まえようとしているかのように、真っ直ぐ進んでいたミアに向かって、穢れと呼ばれていた黒い影がゆらりと伸びていったのだ。

 その気配に間一髪でミアは気づき、慌てて影を避けた。しかし、穢れはミアの体を掠めたようで、羽の一部にその影をわずかに残した。

 跳びにくそうにフラフラと左右に揺れながら遠ざかっていくミアの様子に、ローズは心配になる。


「ミア、大丈夫でしょうか?」

「あれくらいなら、光の魔力を借りずとも祓えるはずなので、平気だと思います。とは言え、穢れは厄介なものでございます。光の魔力を持つ者には近寄って来ないと言われていますが、それも時と場合によりますから油断してはいけませんよ」


 アルビオン国で、穢れが国守りの精霊を狙っていた光景や、先ほどジェイクが、穢れが精霊を狙うというようなことを言っていたのをローズは思い出す。そして、自分も穢れにしっかりと対抗できるよう、その術を身につけたいと思いが強くなっていく。


「わかりましたわ! でも私くらいの能力では心許ないですし、光の魔力の扱い方を一から教えてくださいませんでしょうか? ……それから、もしよかったら、ジェイク様が先ほど言っていた錬成とやらのことも、さわり程度でいいので教わりたいなと」


 ついでに、密かに気になっていた錬成のことにも触れつつ、ローズがお願いすると、アーサはハッとしたように目を大きく開いてから、その瞳に力を漲らせていった。


「この老いぼれでよろしければ、その役目、お引き受けします! ジェイク様の花嫁として誰もが認めざるを得ないくらいに、ローズお嬢様を立派な聖女にしてみせましょう!」


 アーサがローズの両肩を掴み、鼻息荒く宣言する一方で、ジェイクの花嫁になる予定のないローズは「……そ、そこまで張り切らなくてよろしいのですが」と苦笑いした。




 ふかふかのベッドで、落ち着かないまま眠りにつき、しかし、ローズは一度も目覚めることなく、すっきりとした朝を迎える。

 ゆっくりとベッドで体を起こして広い部屋を見回し、セレイムル家を出たことが夢ではないのだと実感する。

 ベッドを降りて、大きな窓へと歩み寄り、カーテンを開けようと手を伸ばした時、ドアが静かにノックさた。「失礼いたします」と小声で断りを入れつつ、アーサによってドアが開かれる。

 振り返るとすぐに目が合い、ローズはにこりと笑いかける。


「アーサ、おはよう」

「ローズお嬢様、おはようございます! 長旅で疲れていたでしょうに、もう起きてしまわれたのですね。……もしかしてあまり眠れませんでしたか?」

「いいえ、とっても快適でしたわ。久しぶりに熟睡できましたもの。起きてしまったのは習慣ですわね。いつもこのくらいの時間には起床しておりますから」


 明かり取りの小窓しかない薄暗い屋根裏部屋で、寒さに身を震わせながら目覚めて、洗濯用の水を井戸から汲むことから一日を始める。

 数日前までの自分を思い出し、少し声音が沈みはしたが、ローズは穏やかな面持ちでカーテンを開けて、朝日の眩しさに目を細めた。

 部屋に入ってきたアーサは、下ろしたてだと見て分かるほど真っ白のタオルをローチェストの上にきちんと置いてから、ローズの元へやってくる。


「やはり、これまでずっと理不尽な扱いをされてきたのですね。この手を見ればわかります」


 カーテンを掴んだままだったローズの手を、アーサが労わるように掴み取り、悔しそうに顔を歪めた。


「私は、元々、ローズ様のご両親にお仕えしておりました。おふたりの忘れ形見であるローズ様は私がお守りしなくてはと、エドガルド夫妻の元に入りましたが……あなた様に冷たい態度を取る様子を目にするうちに、このままではいけないと思うようになりました」


 アーサの手から伝わってくる震えを感じながら、ローズはじっとアーサを見つめる。


「今更な言い訳になりますが、本当はあなたを連れて屋敷から逃げ出す予定だったのです。しかし、途中で計画がバレてしまって、私だけが追い出されてしまいました。ずっと心配しておりました」


 昨日に引き続き知った、過去の本当の出来事に、ローズは胸を痛めた。

 声も震わせての懺悔の言葉を、全て受け止めるように、ローズはアーサの手を両手で包み込み、優しく握り締めた。

 アーサは涙を堪えるように軽く唇を噛んでから、自分のせいで重苦しくなってしまった空気を吹き飛ばすように表情を明るくさせた。


「今日はお天気が良くなりそうですので、後ほど街の案内も兼ねて、生活に必要な物を買いに行きましょう。ついでに本屋にも行かなくてはなりませんし」

「ええ、ぜひ案内していただきたいですわ。……でも、恥ずかしながら、実はわたくし、無一文ですの。大至急、働く場所を探さなくてはいけませんね」

「とんでもない! これからローズ様は花嫁候補としてバレンティナ様にお会いし、許可が下りたなら、課題に取り込むことになります。しっかりとそちらに集中してもらえるようにと、昨日、イヴァンテ様より多過ぎるくらいの生活費を預かっております。これもすべてジェイク様の計らいですよ」


 ローズは目と口を大きく開き、少し遅れて、開いた口を手で隠す。


「……まあ、ジェイク様がそのようなことまで。本当に素晴らしいお方ですわね」

「それだけローズ様を大切に思っていらっしゃるのですよ。ローズ様も、その思いにしっかり応えなければなりませんね。花嫁修行、頑張りましょう!」


 実際は思い合っている訳ではないため、「ふふふ」と誤魔化して笑うだけにとどめつつ、いつかちゃんとジェイクに恩返ししなくてはと、ローズは思いを新たにした。

 朝食を食べた後、ローズも侍女たちと一緒になって屋敷の掃除をし、その後、先日ジェイクに買ってもらったドレスに着替えて、予定通り、買い物をするべく屋敷を出て、イヴァンテが手配してくれた馬車に乗り込んだ。



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