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ミア1


 王妃と食事を楽しくいただいた後、ジェイクの父である国王にも少し時間をもらい、執務室で挨拶をした。

 ジェイクによく似た黒髪と、深緑色の瞳の美しさに、ほんの一瞬見入ってしまったものの、やはり一国の王なだけあって、圧倒されるほど凛々しくもあった。王様相手に話した内容など全く覚えていないくらい、ローズは緊張したまま執務室を後にした。

 それから王妃にひとまずの別れを告げて、ローズはジェイクと共に城を出た。


「た、高くありませんの?」

「まあそれなりに高さはあるな」

「怖くありません?」

「怖くはない。だから早く手を貸せ」


 白馬に跨った状態で、ジェイクはローズに手を差し出す。馬車ではなく直接馬に乗って移動しようとジェイクに提案され、ローズは了承したのだが、乗馬が初めてでもあるためか、恐怖心が湧き上がる。

 とは言え、いつまでも城の前に止まってはいられず、勇気を出してジェイクの手を掴み、慣れない様子で鞍の(あぶみ)に足をかける。

 戸惑うローズをジェイクは力強く引き上げて自分の前に座らせると、泣きそうな顔でローズが肩越しにジェイクを振り返り見た。


「想像以上に高くて怖いですわ。なぜそんなに平気な顔をしていられますの?」

「慣れだな」

「慣れ……ひっ、ひゃああっ!」


 前置きもなく、ジェイクは馬の腹を蹴って、走らせる。高さだけでなく速さへの恐怖もあわさり、ローズの悲鳴が街中で断続的に響いた。

 やがて町外れにある森の傍らに伸びる小道へと入ると、馬は徐々に速度を落とし、小さな門をくぐり抜け、古びてはいるが立派な二階建ての洋館で足を止める。


「ローズ、着いたぞ。大丈夫か?」


 自分腕の中で小刻みに震えているローズに声をかけてから、ジェイクは先に馬を降り、ローズに両手を伸ばす。


「ありがとうございます。とっても貴重な体験をさせていただきました。……それはもう怖くて怖くてたまりませんでしたけれど」


 ローズも手を震わせながら縋るようにジェイクへと手を伸ばし、手伝ってもらいながら馬を降りた。


「子供の頃は精霊さんのように飛んでみたいと考えたこともありましたけれど、この程度で根を上げるようでは、わたくしには到底無理ですわね」


 顔色悪くぼやいてから、ローズは白馬へと向き直り、馬の立髪をそっと撫でた。


「あなたとっても足が速いのね。ここまで運んでくださって、ありがとうございました」


 ローズが感謝の気持ちを伝えると、白馬は「どういたしまして」とでも言うように、小さく嘶いた。

 ジェイクもローズに続いて馬の鼻筋を撫でていると、「ジェイク様」と聞き覚えのある男性の声が響き渡った。

 ジェイクと一緒にローズも振り返ると、城に到着した後から姿が見えなかったイヴァンテと、その後ろに続いて三人の侍女がきびきびとした足取りで近寄ってくる。

 ジェイクとローズの前に到達すると同時に、イヴァンテたちは揃って頭を下げた。


「話が急でしたので頭数が集まらず、実はまだ掃除が終わっておりません。これからローズ様がお暮らしになる場所ですから万全の状態でお迎えしたかったのですが、力及ばずとなってしまい、申し訳ございません」


 イヴァンテが発した「ローズ様」というひと言に、四十代くらいのベテラン風の侍女がピクリと肩を揺らし、ゆっくりと顔をあげたことにローズは気づかぬままに、目の前の立派な洋館とジェイクを交互に見ながら、混乱気味に確認する。


「ジェ、ジェイク様……も、もしかして、わたくし、あちらの立派なお屋敷をお借りしてもよろしいのですか?」

「ああ、あれは普段、俺が別宅として使用しているものだから、気兼ねせず、好きに使ってくれて良い。困ったことや、必要な物があったら、遠慮せずにイヴァンテか、侍女に言ってくれ」

「ジェイク様、何から何までありがとうございます。皆様方も、これから迷惑をかけると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 まずはジェイクに、それからイヴァンテと侍女に対して、にっこりと笑って感謝を述べ、頭を下げた。


「屋敷を案内するよ。外にも色々あるから、まずはそっちから案内しようか」

「ええ、お願いしますわ。なんだかワクワクしますわね!」


 ローズは声を弾ませて、ジェイクにエスコートされながら歩き出したのだが、すれ違いざまに侍女に腕を掴まれた。

 突然の出来事にもちろんローズは驚いたが、自分を掴む侍女の手が震えていて、見つめる目には涙が浮かんでいたため、その手を払うことはできなかった。

 二十代前半くらいの若い侍女ふたりも唖然とした様子で、ローズたちを見つめている。

 どこかで会ったことがあるように思いつつ、ローズが侍女と見つめ合っていると、侍女がか細い声を発した。


「……ローズお嬢様、なのですか?」


 声を聞いた瞬間、ローズの鼓動が体の中でトクリと大きく響き、記憶と現実が繋がった感覚に襲われた後、核心をつく。


「まさか……アーサ? ……アーサですわね!」

「ええ、その通りです。アーサです。あなた様を思い浮かべない日はございませんでした。またこうしてお目にかかれる日が来るだなんて、夢のようです。立派になられた上に、ジェイク様に見初められるなんて」


 輝かせた目に涙を浮かべたローズを、アーサが歓喜に震えながらそっと抱きしめた。もちろんローズもアーサをぎゅっと抱きしめ返す。


「アーサ、会いたかったわ! まさかシェリンガムで再会が叶うだなんて。本当に夢のよう」


 喜びに溢れているふたりの様子を驚き見つめていたジェイクが、少し怪しむようにローズに問いかけた。


「知り合いだったのか?」

「ええ。幼い頃、大変お世話になった方ですわ」


 ローズは普段よりも興奮気味に顔を赤らめているが、ジェイクは沈着冷静な様子で眉間の皺をそのままに、イヴァンテにも確認する。


「知っていたか?」

「いいえ、初耳でございます」

「俺としては、セレイムル家と関わりのあった者を、あまりローズに近づけさせたくないのだが……」


 ジェイクが渋ると、アーサはローズから離れて、ジェイクに向かって頭を下げながら粛々と告げた。


「今まで訳あって口外しておりませんでしたが、私がまだアルビオン国民であった頃、確かにセレイムル家に仕えていた時期がございました。一方的に解雇を告げられ、屋敷を離れなければならなくなった時から、十年間ずっと、ローズお嬢様のことを気にかけておりました」


 ローズはずっと、アーサは突然いなくなってしまったと思っていた。それはエマヌエラとミレスティからそう言われていたためで、その時は、なぜ一言も言わずに、自分の前から居なくなってしまったのかと、とても寂しくて悲しくて、しばらく涙が止まらなかったのだった。

 しかし今、アーサ本人の口から飛び出したのは「一方的な解雇」であり、ローズの認識とはだいぶ違っていた。もちろん解雇したのは雇い主であったエドガルド夫妻で間違いない。エマヌエラがローズに嘘をついていたことになり、信じられないと悔しさが込み上げてくる。

 アーサはさらに深く首を垂れて、力強く言い放った。


「どうか、わたくしめに、再びローズお嬢様のお世話をさせてください!」

「ジェイク様、わたくしからもお願いいたしますわ。アーサはこれまでずっと、わたくしの心の支えとなってくれていた方でもあります。彼女の言葉に、どれだけ励まされたことか」


 ローズも必死にジェイクにお願いし、アーサはローズの言葉に「ローズお嬢様」と感極まったように涙をこぼした。

 ハラハラとした様子で若い侍女たちが見守る横から、すっとイヴァンテがジェイクの隣へと歩み寄り、小声で考えを述べた。


「気がかりでしたら、アーサは外しましょうか?」


 ジェイクは俯き加減で、少し間を置いてから、力を抜くように息をついて、ゆるりと首を横に振った。


「……いや、このままで構わない。アーサと言ったな、ローズのことを頼む」

「はい。ジェイク様がローズお嬢様との縁を繋いでくださいました。このご恩に報えるように、このわたくしめ、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 顔をあげて見えたアーサの強い決意に満ちた眼差しに、ジェイクは口元に笑みを浮かべ、こくりと頷き返した。



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