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いざ、シェリンガムへ6


 すでに割り切っている様子のローズに、王妃は途端に寂しそうな顔となり、訴えかけるようにジェイクへ視線を移動させる。


「……そ、そう。でも私は、あなたを自分のそばに置いておきたいけど……ねぇジェイク、ローズさんの光の魔力はどの程度? 現大聖女の私と肩を並べるほど才能に溢れていたマリアンの娘だもの、やっぱりローズさんもバレンティナ様や精霊たちが認めるくらい豊かな才能を持っていたりするのかしら」


 分からないと肩をすくめるだけのジェイクに、王妃が歯痒そうに顔を顰めていると、わずかに開いていた窓から風が吹き込んできて、カーテンを大きく揺らした。同時に聞こえてきた楽しそうなざわめきから、精霊たちの気配を感じ取り、ローズは興味津々に周囲を見回す。


「あらあら、早速精霊たちが偵察にやってきたわ」


 風に乗って流れてきたいくつもの光の球が、ジェイクの手前で弾け飛び、精霊たちが姿を現す。精霊たちは嬉しそうにみんなでジェイクを取り囲み、ジェイクも表情を和らげて「ただいま」と精霊たちに優しく声をかけた。

 フェリックスが、ジェイクが俺以外の精霊に優しいと文句を言っていたのをローズは思い出す。どうやらそれは本当みたいですわねと苦笑いしながら、ジェイクの穏やかな表情を見つめていると、もう一体、品を感じられる精霊が音もなく近づいていきた。


「ジェイク様、ごきげんよう。ご無事にお戻りになられて何よりです。フェリックスもご苦労様でした」


 上位精霊が敬意と共にお辞儀をしたのち、微笑みながらジェイクとフェリックスに話しかけると、ジェイクが「ありがとう」と返事をし、フェリックスもいつもと違う固い表情で頭を下げた。

 言葉を話せる上位精霊はアルビオンでは国守りの精霊くらいしかいなかったのに、シェリンガムには数多くいるのかしらと考えていたローズは、精霊と目が合い、思わず息をのむ。

 さっきまでにっこりと笑っていたのが嘘のように、上位精霊から冷めた目で睨みつけられたからだ。


「それで、あなたがジェイク様がアルビオンから連れて帰ってきた方ですか?」

「……は、はい。ローズ・セレイムルと申します。初めまして」


 ローズはぎこちなくも精一杯愛想良く答えたが、上位精霊は不満げに見つめ返すのみで、無言となる。

 わたくしどうしたらとローズが戸惑っている間に、ジェイクの周りにいた他の精霊たちに取り囲まれてしまい、おずおずと話しかけた。


「み、みなさんも、初めまして……ですわよね? お手柔らかに、よろしくお願いいたしますわね」


 以前会ったことがあり、何か気に障るような発言でもしてしまったのだろうかと勘違いしてしまうくらい精霊たちから敵意を向けられる。しかし、あくまでに睨みつけてくるだけで、攻撃してくるような気配はないため、ローズはにっこりと微笑んで精霊たちを見つめ返した。


「私はこの子を、ローズ・セレイムルをジェイクの新たな婚約者候補として認めました。すぐにでもそちらの判断を仰ぎたいと、バレンティナ様に伝えてちょうだい」

「……承知いたしました」

「ああそれから、ローズの母親はマリアン・ストリンヒだということも、バレンティナ様に伝えて。驚くと同時にお喜びにもなられると思うわ」


 上位精霊は「マリアン・ストリンヒ!?」と大きな声で復唱し、びっくりしたようにローズを見た。上位精霊も精霊たちも、すぐにローズに対する刺々しさが消え、今までの自分の態度を顧みて気まずくなってしまったような表情へと変化していった。


「そのようにお伝えいたします。呼び出しがかかりましたら私からお伺いしますので、今しばらくお待ちください」


 上位精霊は王妃に頭を下げてから、今度はローズにも軽くお辞儀をして、「失礼致しました」と告げると、来た時と同じように光の球へと姿を変え、風と共に窓の外へと出ていった。

 精霊たちもジェイクに別れを告げるように彼の周りを浮遊してから光の球となり、上位精霊を追いかけるように立ち去った。


「わたくしの母のことを、皆さん知っていらっしゃるみたいですね。いったいどんな女性だったのでしょうか」

「それなら、私がたくさん話をしてあげましょう」

「まあ本当ですか? ぜひぜひ教えてくださいませ」


 ローズと王妃が声を弾ませて約束を交わした時、再び風が窓から吹き込んできて、女の子の精霊が現れた。栗色の髪を右耳の上部の位置で一つに束ね、リボンで縛られた腰から裾にかけてふわりと広がった飾り気のないワンピースを着ている。

 目鼻立ちのはっきりとした美人の精霊は嬉しそうにジェイクの肩に抱きつき、満面の笑みを浮かべた。


「ミア、ただいま。元気だった?」


 さっきの精霊たちと同じようにジェイクが、ミアという名前の精霊に優しく笑いかけた。するとフェリックスがローズのそばにやってきて、テーブルの上に胡座をかいて座った。


「来た来た。あいつジェイクを好きすぎて、ジェイクに近づく人間や精霊の女に攻撃的になるから、ローズも注意しとけよ」


 母親の名前が出る前の精霊たちの様子を思い返しながら、ローズはしみじみと呟く。


「ジェイク様はとっても人気者なのですね。こんな風に精霊さんたちに囲まれて暮らしていけたら、毎日賑やかで、とっても楽しいでしょうね」

「あら、ジェイクと結婚すればローズさんもそうなるわ」


 あっけらかんと続けた王妃の言葉に、ミアは瞳を不機嫌にぎらつかせ、そこで初めて、ジェイクの隣にいるローズの存在を視界に入れて認識する。

 威嚇をしながら自分の周りを回り始めたミアに、ローズが苦笑いを浮かべた時、コックが汁の滴り落ちている厚みのある肉が乗った皿をジェイクとローズの前に置いた。


「お、お肉がものすごく分厚いですわ!」

「タバナの肉だ。シェリンガムでは多く食べられているけれど、アルビオンでは一般的ではないみたいだな」

「タバナという名前は初めて聞きましたわ。それ以前にこんなに分厚い肉の塊を目の前にするのも初めてです……た、食べてもよろしくて?」

「もちろん。美味いから早く食べろ」


 肉の塊に目が釘付けになっているローズにジェイクは優しい眼差しを向け、そんなジェイクにミアは面白くなさそうに頬を膨らませる。


「いただきます!」


 ローズは慣れない手つきでナイフとフォークを使って切り分けてから、ドキドキした様子で一口大にしたお肉を口に運ぶ。

 しかし、ローズがお肉にかぶりつこうとした瞬間、後ろから髪を引っ張られて邪魔をされる。

 驚き振り返れば、頭の後ろにはミアがいて、不敵な笑みを浮かべていた。


「おい、ローズは王妃様からジェイクの婚約者候補としての許可をすでにもらっているんだぜ。しかも、ローズの母親はあのマリアンだ! もう少しローズに敬意を払った方がいいと思うぜ」


 フェリックスがミアに対して注意する。ミアはマリアンの名前に驚いたような反応はしたものの、他の精霊たちのように刺々しさが消えることはなかった。

 ミアはフェリックスに食ってかかるような行動を取ってから、テーブルの上にある自分と背丈の変わらないくらいの小瓶を両手で抱え持ち、ローズのお皿の上にあるお肉へと真っ赤なスパイスをぶちまける。

 見かねたジェイクから「ミア!」と注意され、その一瞬、ミアは傷ついたような顔をする。「ローズ、すまない。気を悪くしないでくれ」


「いいえ。これくらいなんとも思いませんわ」


 しかし、ジェイクがローズに謝り、ローズがそれに大らかな態度で答える様子を目にすると、再びミアはムッとして頬を膨らませる。

「すぐに新しい肉を用意させよう」とジェイクがシェフの姿を探すように部屋を見回すと同時に、ローズは先ほど食べ損ねたフォークに刺さったままの肉をパクリと食べる。

 ぱあっと目を輝かせながら、スパイスを大量にかけられてしまった肉にもナイフを入れて、躊躇いもなく、もぐもぐ食べ始めた。


「少しピリッとして味の印象もがらりと変わりましたが、とっても美味しいです!」


 手を止めることなく、そして無理をしている様子も全くなく、実に美味しそうに食べ進めていくローズに、周りの人々は唖然とする。

 フェリックスは皿に顔を寄せて、嗅ぎ取った辛い匂いに咳き込んで、目を潤ませる。


「その粉って、結構辛いよな? そんなに大量に掛かったままで食べるのは、こっちが心配になるレベルだけど。……ローズ、大丈夫か」

「そうなんですの? わたくし、甘いのも辛いのも苦いのもなんでもいける口ですし、以前、もっと辛いものを食したこともございます。それに比べたら、なんの問題もございませんわ。お肉の旨味と合わさって、本当に美味しいです」


「……味音痴か?」というフェリックのぼやきに、王妃は苦笑いを浮かべるが、ジェイクはローズの「もっと辛いものを食したこともございます」というひと言に引っかかり、眉根を寄せた。


「それはあの従姉妹の嫌がらせか?」


 ジェイクがたまらず問いかけたが、それにローズは困った顔をし、「ええと」と呟くだけにとどめた。明確な返事をしないのは当たっているからだと理解して、それを食べるしかない状況だったのではないかとまで、ジェイクは想像する。


「ローズ」


 優しく名前を呼び、労わるようにローズを見つめるジェイクにミアは憤慨し、懲りずにローズのお皿へと突撃する。

 サラダの瑞々しい葉っぱの上に、花びらを模して綺麗に飾り付けてあった薄いお肉を、ミアは力づくでバラバラにし、手近にあった様々なソースをぶっかける。

 続けて、小皿に並べ置いてあったパンも引きちぎるようにむしり取っては、そばにある深皿の中へ投げ込んだ。

 乱雑な皿の上の状態は、まるで家畜の餌のような見た目となってしまっていて、フェリックスが「うえぇえぇ」と不快げに顔を顰めた。

 お皿を見つめたまま動きを止めたローズに、ミアは達成感に満ち溢れた顔をしたが、しかしその顔は数秒ほどしかもたなかった。

 ローズは見た目を少しも気にする様子もなく、パクパクと食べ始めたからだ。

「美味しい!」と先ほど同様目を輝かせて、サラダは「食べやすいし、掛かっている調味料のお味も絶妙ですわ!」とあっという間に完食し、パンが投げ込まれたスープは「パンに味が染み込んでいて、これまた美味です!」と歓喜に打ち震える。

 自分の嫌がらせに全く動じないローズに、ミアは最終手段だとばかりに髪の毛に掴みかかっていく。

 懸命に髪を引っ張るミアを一切気にする様子もなく、ローズがスープを完食したところに、ちょうどシェフが魚料理を運んできた。

 シェフが「こちらもどうぞ」と料理をローズの前に置き、空いているお皿を嬉しそうに手に取って、テーブルを離れていく。

 すると、ローズは大切そうに魚料理の乗ったお皿を両手で持って、ミアへと顔を向ける。


「こちらはどのように召し上がったら、より美味しくいただけますの?」


 期待のこもった輝く眼差しで問いかけてきたローズに、ミアは戦意を喪失したようにげっそりとした顔になる。その場をゆっくりと離れ、やがて窓から外へと出ていった。


「ミアさん、行ってしまわれましたわ。残念ですわね」


 しょぼんとお皿に視線を戻したローズに、まずはフェリックスお腹を抱えて笑い出す。王妃も「見た目より中身は逞しいのね」と目に涙を滲ませる。


「ローズには敵わないな」


 ジェイクはローズの耳元へと手を伸ばす。ミアのせいでごちゃごちゃになってしまっている髪をなぞるように指先ですき、穏やかな微笑みを浮かべたのだった。



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