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いざ、シェリンガムへ2


 ふたりの後ろで、「ジェイク様に、ようやくお相手が」とイヴァンテが嬉しさを噛み締めているのに気づかぬまま、ローズは物珍しげにきょろきょろと町を眺めながら、ジェイクと歩幅を揃えて進んでいく。

 程なくして到着したのは仕立て屋で、先に向かった騎士団員によって既に女性店主へ話がついていたらしく、客払いも済んでいた。

 そこで既製品として売られていた普段着用のドレスをいくつか試着してから、三着ほど購入してもらう。ひとまず今着替えるものとして、三着のうちの薄緑色の、あまり装飾のない一番質素なものをローズは自然と選び取っていた。

 二階で着替え終えると、「あら、とってもお可愛らしい」と女性店主に褒め称えられ、ローズはそのまま鏡台の前に座らされる。髪も綺麗に結ってもらい、ほんのりと化粧まで施してもらったあと、ローズは緊張の足取りで店の応接室で待っているジェイクの元へ向かう。


「……お、お待たせいたしました」


 上ずった声で話しかけると、長い足を組み優雅にソファーに腰掛け、紅茶のカップを口元へ運ぼうとしていたジェイクがちらりとローズに目をむけ、ぴたりと動きを止めた。


「ローズ様、本当に可愛らしいですね。さすがジェイク様が見込んだお方なだけあります」


 一緒に降りてきた女店主から誇らしげに感想を述べられ、ローズは気恥ずかしげにリボンと一緒に編み込まれた髪の毛に触れる。


「わたくしには、ちょっと派手なように思えて、なんだか落ち着きませんけれど……変ではないでしょうか?」


 普段着用で、選んだ中でも一番地味なものではあるが、生地や装飾具からして高級なものであることは間違いない。ローズがいつも着ているお下がりのくたびれたドレスと比べたら雲泥の差だ。

 身の丈に合っていないのではとソワソワしながら、ローズがジェイクに問いかける。ローズをじっと見つめていたジェイクの唇がわずかに動き、何かを言いかけた瞬間、ふたりの間にフェリックスが割り込んできた。


「ローズ、すっごい似合ってるぜ! 俺の知ってる人間の中で、一番可愛い!」


 テンション高く、フェリックスからも誉められ、ローズは嬉しそうにふわりと柔らかく微笑む。


「まぁ、とっても嬉しいことを言ってくださいますのね。ありがとうございます」

「お世辞なんかじゃないからな。なぁ、ジェイクも似合ってると思うだろ?」


 同意を求めてフィリックスが振り返ると、ジェイクは半開きとなっていた口をパタリと閉じて、少し不貞腐れた様子で「あぁ」とだけ答え、静かに紅茶のカップをソーサーへ戻す。


「着替えが済んだのなら、行くぞ。宿屋に戻って食事にしよう」


 店主に手を軽く掲げて挨拶をしつつ、ひとりさっさと仕立て屋を出て行ってしまったジェイクを追いかけるように、ローズたちも慌てて店を出た。


「なんだよ。ローズが想像以上に可愛らしかったから照れてんのか?」


 機嫌が悪いように見えるジェイクの後ろ姿に対して、フェリックスがニヤニヤしながら呟くと、ローズはちょっぴり悲しそうに表情を曇らせた。


「違いますわ。ただ単にわたくしが似合っていないだけです。自分でも、浮いているように感じますもの……やっぱりわたくしには、女中服の方がお似合いかもしれませんね」


 ローズの沈んだ声はジェイクの耳に届いていたようで、彼は足を急停止させると、ぐるりと踵を返し、ローズの元まで一気に戻ってくる。


「ほら、掴まれ。また転ぶから」


 強引に腕を差し出され、ローズは呆気に取られながらも先ほどと同様に、「失礼します」と彼の腕をとる。宙に浮いていたフェリックスも歩き出したふたりを早速追いかけ、イヴァンテも少しだけ距離を置きながらもふたりの後ろ姿を微笑ましげに見つめた。


「他に何か必要なものはあるか? 明日は朝早く出発する予定だから、今のうちに買っておこう」

「ありがとうございます。必要なものは特に今のところ、ありませんけれど……」


 無くて困るものと考えても思いつかず、微笑みながらゆっくりと首を横にふったが、しかし、ふわりと漂ってきた甘い匂いに気がついてしまえば、気がそぞろになっていく。

 その匂いを辿ると、近くの店先で何かを手売りしているのを発見する。店員が、串に並んで刺さった小さな丸い生地に、たっぷりと蜂蜜をかけているのを目にし、ローズは美しく尊いいものでも見つめるかのように、うっとりと目を細めた。


「世の中には、美味しそうな物がたくさんありますのね。どんなお味がするのでしょう」


 思わず漏れたローズの心の声にジェイクは小さく笑って足を止め、イヴァンテへと振り返る。


「あれを、ローズに」

「かしこまりました」


 ジェイクから指示を受け、イヴァンテが即座に動き出す一方、ローズは焦った様子で自分の口を両手で押さえた。


「あ、あのっ。今のはうっかり呟いてしまっただけですの。気にしないでください。そ、そんな、食べてみたいだなんて、わたくしちっとも思って……いえ、本当はちょっとだけ思っていたりもしますけど……でも……」

「食べたいだろ? 遠慮するな。シェリンガムにも美味しいものはたくさんある。評判になっている最近できたケーキ屋から昔ながらの郷土料理まで、首都にも有名な店がいくつもあるんだ。これから可能な限り、ローズを連れて行こう」


 ローズは目に涙を浮かべて、「ジェイク様」と歓喜に声を震わせたが、すぐに申し訳なさそうに瞳を伏せた。


「ジェイク様は、食いしん坊のわたくしに、こんなによくしてくださるのに……わたくしは恩を返すところか、この先、その素敵なお顔に泥を塗ってしまいそうで不安でなりません」

「どうしてそう思う?」

「実はわたくし、自分のしでかしたことに、今になって怖気付いております」


 思い切って気持ちを打ち明けたあと、ローズは不安を吐き出すように一呼吸挟み、そして少し距離を置きつつ、警護に当たっている騎士団員には聞こえないように言葉を選びながら小声で話を続ける。


「現状から逃げ出したくて、ジェイク様の婚約者候補に志願してしまいました。でも、世間知らずで、無知なわたくしが、このままシェリンガムに入ってしまったら、何かとんでもないことをやらかして、ジェイク様の面目を潰してしまうのではないかと」


 心なしか、「世間知らず」という部分が強調された事に、フェリックスは馬車の中での自分の発言を思い出したようで、「あっ、ローズ、なんかごめん」と気まずげに謝罪の言葉を口にする。


「いっそ、侍女志願者として……いいえ、王族に仕える侍女にというのも、それこそ烏滸がましいですわよね。これ以上迷惑をかけられませんし、ここでポイっとしていただいても大丈夫……き、きっと大丈夫ですわ。わたくし、なんとかして生きていけると思います」


 徐々に声も小さくなっていき、言葉とは裏腹に心細くてたまらないといったローズの表情を見て、ジェイクは苦笑いを浮かべる。


「俺の気持ちは少しも変わっていないよ。ローズが嫌でなければ、このまま予定通り、自分の花嫁候補として国に連れて行く」


 揺るぎない気持ちを真摯にぶつけたあと、ジェイクは不安いっぱいの顔でいるローズの頭を撫でようと、そっと手を伸ばす。

 彼女を安心させたくて無意識にした動作だったが、店先からこちらを見ていた、しかも、なんとなく喜んでいるように見えるイヴァンテと目が合ったことで急に気恥ずかしくなり、ジェイクはローズの頭に触れることなく、ぎこちなく手を引き戻す。



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