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その手柄は、彼女のもの1


 精霊の恵みとされる温暖な気候のもと、広大な土地で育まれる多種様々な農作物によって繁栄してきたアルビオン国。

 夕方に差し掛かろうとしている時刻、首都イスームの中心であり、国王一家が暮らすドリエット城には、貴族の父とその着飾った年頃の娘たちが、第一王子であるハシントンの十八回目の誕生日を祝いに訪れていた。


「あぁもう。やっぱり私、地味すぎる。これじゃあ、ハシントン様の気を引くことができないわ」


 前を歩いている一才年上の従姉妹のミレスティが苛立ち混じりにぼやいたため、十六歳になったばかりのローズ・セレイムルは鎧がずらりと並ぶ物々しい雰囲気の一階廊下を進みながら、己の青い目を瞬かせる。

 ミレスティの赤のドレスも、髪飾りに使われている真っ赤な宝石の輝きも、ローズには目に痛いほどで、わたくしには地味に見えませんけれど……と、不思議な気持ちで首を傾げた。

 ミレスティの赤茶色の髪の毛は艶やかで、そして同じ色を宿した瞳は吊り目がちであり、見た目も相手を萎縮するほどに勝ち気な印象だ。

 そのままでも十分目立ちますのにと思う一方で、地味というのはわたくしのような者のことではと言いたくなるのを、ローズはぐっと堪えた。

 腰まである薄ピンク色の髪には髪飾りのひとつもなく、着ている黄色のドレスはミレスティのお下がりのため、型遅れで幼い印象だ。

 ローズもセレイムル家の娘のひとりとして招待を受けている。しかし、ミレスティの後に従って歩いている姿は、周りにはお付きの者のように見えていることだろう。

 そこまで考えて、実際、わたくしはミレスティのお世話係のようなものですけどと、ローズはこっそり息を吐き、ミレスティの斜め前を歩く叔父へ目を向ける。

 二歳の時に両親が事故で亡くなり、その後、父ハロルド・セレイムルの兄である、エドガルドの元にローズは引き取られたのだ。

 ローズはミレスティと同じように大切に叔父夫妻に育てられた……などということは決してなく、実質、ミレスティの身の回りのことをする召使いのひとりとして生きてきた。

 今日の招待を受け、ローズもミレスティ同様に祖父母からドレスや宝飾具を贈られている。しかしそれらは早々にミレスティの目に留まり、「気に入ったわ」と彼女のクローゼットに仕舞い込まれてしまった。

 代わりに「あなたはこれで十分よね」と差し出されたのが、今ローズが着ているミレスティのお古のドレスだ。

 反発しようものなら、ミレスティが癇癪を起こし、しばらくの間、自分に対する嫌がらせが激しくなることをローズは身を持って知っている。それを回避するべく、不満も虚しさも悲しさも全て飲み込み、ローズはにこりと笑ってお古のドレスを受け取ったのだった。

 辛い思いも痛い思いもしたくない。そのためには、ミレスティより決して目立とうとせず、口答えもせず、彼女の機嫌を損ねないことが何よりも大切だった。


「ならば他の娘たちよりも多く話をし、ハシントン様の印象に残れば良かろう」

「それもそうね。ハシントン様はどこにいらっしゃるかしら」


 エドガルドとミレスティのそんなやりとりを聞きながら、ローズも大広間へと足を踏み入れる。

 いくつもの煌びやかなシャンデリアの下に色鮮やかなドレスを身に纏ったたくさんの娘たちがいる。同様に貴族服を纏った男性も数えきれないほどにいて、にこやかに談笑する姿が見受けられた。

 人の多さに圧倒されるが、それよりもローズが目を奪われたのはテーブルに並べられた豪勢な食事だ。瑞々しい果物や、艶やかな色を放つ肉の塊などを目にした瞬間、ローズのお腹が切なげに、しかしはっきりと主張するように大きく鳴り響いた。

 ハシントンの姿を探しながら進んでいくミレスティの後を追いかけながらも、朝早くに昨日の残り物の小さな固いパンをかじっただけのローズは、どうしても食事に目が行きがちになる。


「……わたくしも、少しいただいてもよろしいかしら」


 もちろん招待客のひとりなのだから好きに食べて問題ない。しかし、そうすることによってミレスティやエドガルドを不機嫌にさせ、後々咎められたらと想像すると、ローズの体が恐怖で震える。

 とてもじゃないが勝手に食事をする気にはなれない。けれど美味しそうなお肉から目を離すことも出来ずにいたローズは、ドンっと誰かとぶつかってしまい、横へふらりとよろめいた。

 小さな悲鳴とともにローズはその場に倒れそうになるが、ぶつかった相手に素早く腰を引き寄せられ、難を逃れた。


「すみません。よそ見をしていたもので。大丈夫ですか?」

「は、はい。わたくしこそ、大変失礼いたしました。お料理に目を奪われていまして……」


 ローズは自分を支えてくれている相手へと視線を上げて、思わず息をのむ。黒髪に深緑色の瞳の整った顔立ちがすぐ目の前にあったからだ。

 男性とこれほどまでに接近した経験がないローズは、自分より少し年上だろう彼に対し気恥ずかしくてわずかに頬を赤らめる。


「無理もないよ。どれも美味しそうだもんな」


 次の瞬間、脳内に直接響くかのようにどこからか違う声がかけられる。ローズが目線を移動させると、彼の顔のすぐ横に精霊と呼ばれる羽のついた小さな男の子が浮かんでいるのに気がつく。

 普段セレイムル邸で見かける精霊たちは、簡素な身なりをしている者ばかりだが、この大広間にいる貴族が連れている精霊たちは皆一様に、正装に身を包んでいる。

 もちろん、今声を掛けてきた、男性が連れている精霊も同様だ。

 言葉を交わせる精霊は位が高く、上位精霊と呼ばれている。とは言え、いくら相手が上位精霊だからといって、人間側も魔力が高くないと交流を持つことは難しい。

 上位精霊にはあまりお目にかかれないためにちょっぴり驚くも、ローズはすぐににこりと微笑み返し、「ええその通りですわね」と同意の言葉を返した。

 男性は腕の力を緩めてそっと距離を置いて、ローズの視線が自分の傍にいる精霊に向けられているのを確認してから、微かに口元に笑みを浮かべた。


「あなたはフェリックスの姿が見えるだけでなく、言葉までも聞き取れるのですね」

「はい……あ、いいえ違います。わたくし、精霊なんて全く見えていませんわ」

「……はい?」


 男性からの問いかけにローズは肯定したが、すぐにハッとし、わずかに顔を青ざめさせながら否定の言葉を返した。

 フェリックスという名が精霊のことだと理解しているからこその否定の言葉、そして何より、男性は先程ローズがフェリックスに対して返事をしているのを目にしている。ローズからあからさまに嘘をつかれて、男性は呆気に取られたように目を大きく見開いた。


「何かありましたか?」


 そこでまた違う男性から声が掛けられ、ローズは気まずげに目の前の彼から顔を逸らしつつ、声のした後方へと振り返った。

 そこにいたのはブロンドの髪に藍色の瞳の色を持つ男性で、黒髪の男性同様、見目麗しくて、ローズは眩しげに目を細めた。


「あぁ、ハシントンか」


 しかし、続けて黒髪の男性の口から飛び出した名前を耳にし、ローズは慌てふためきながらブロンドの髪の男性に対し膝を折ってお辞儀をする。

 現れたのがハシントン王子だとは思いもしなかったため、何かご挨拶しなくちゃと考えるものの、ローズは緊張で頭の中が真っ白になる。

 うまい言葉が出てこなくてお辞儀をした状態で固まってしまったローズにはお構いなしに、ハシントンと男性は話を続けた。


「俺が彼女にぶつかってしまって……それだけだ。特に問題はない」

「そう。なら良いけど……そうだ。聖女宮の長が君と話をしたいらしい」

「そうか、分かった」


 ハシントンの口から飛び出した「聖女宮」という言葉にローズは興味を引かれ、改めて黒髪の男性を見た。

 光の魔力を扱う男性も少しはいるが、昔から、その能力に特化しているのは女性がほとんで、そんな優れた聖女が集まってできた国の機関を「聖女宮」という。



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