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空白の魔法使い  作者: 小里花織
第二章 集いし魔法使いたち
3/15

第三話 主人公、北白狩也

「殺されたくないならそのまま手を挙げておけ」


物騒すぎる。

いつから日本は新幹線で手を挙げさせられる国になったんだ。


人を脅している低い声が聞こえたが、臆せず前方車両の扉を開けた。


通路の中央あたりに長めの銃を持った男がいた。

手に持っているのは、アサルトライフルという代物だろうか。

集団で新幹線ジャックをしていた予想はやはり当たっていた。


「面倒だな……」


無意識に呟いてしまった。

それもそのはず、銃の口が向いていたのは、先程切符を確認していた乗務員だったのだから。

男の脅しと銃口に怯え、青い顔をして腰が引けていて、人質となっている。


「ん?何だお前。そこで止まれ」


こちらに気づいた男が銃口をこちらに移した。

重い銃口をすんなり移せるあたり、男の体は相当鍛えられているのだろう。


「アホだな。そこは僕じゃなくてそこの人に銃口を向けるべきだろうに」


そう、男を挑発するように言う。

他人から見れば、「死にたいのか」と言われること間違いなし。


「はぁ?お前今の状況わかっ……」

「とぅっ!」

「ぐあっ!」


でも僕にはよるがいる。


背後から響く衝撃音に少しビビってしまったのは内緒。


露出した彼女の脚が淡い炎を纏い、橙の軌跡を残して男の顔にめり込む。


容赦ないな……。

あっ。


ぽきりという気持ちの良い音とともに男の歯が3本飛んで行った。


ほんと容赦ないな……。

あっ。


今度はゴン!という気持ちの良い音がした。

吹っ飛んでいった男の後頭部が扉にぶつかった音だ。


「ぐあぁ!」


歯が根元から折れる痛みに悶える男に手刀を打ち込むよる。

男は気絶し、2車両目の制圧が完了した。


「いやほんとに容赦ないな!?」

「え?だって犯罪者とアクネ菌には容赦するなってお母さん言ってたもん」

「ニキビに親でも殺されたのかあの人は!」


はぁ。

さっきまで銃を向けられていたとは思えない安心感だな。

ただ、よるのおかげで助かった。


「それはそうと、先に突っ込まないでよ。かりちゃん弱いんだから」

「はいはい。僕も人質はとられたくなかったんだよ」

「言い訳しないの。全く。私は後ろの制圧をしてくるね」

「わかった。ここにもいたってことは全車両に仲間がいるかもしれない。気を付けてな」


そう言ってすぐに駆け出すよる。

急がないと人質がとられてしまうかもしれないからだろう。

少しその顔は焦っているようにも見えた。


「とりあえず縛らなくちゃ。あんま新幹線が遅延されると困るんだけどな……」

「あの、助けていただいてありがとうございました」


おっと。

振り返ると、例の乗務員がいた。

わざわざお礼を言いに来てくれたらしい。


「大丈夫ですよ。怪我がなくてよかったです。というか、僕は何もできていませんし」


事実なんもしてないもんね。

全部よるとかいう歩くチートが持ってっちゃったもんね。

生身で銃を持った男に勝てるあいつがおかしいんだよね。


「いえいえ。あの時来てくれなければ私は死んでいたかもしれないので。本当にありがとうございます」

「そんなそんな」

「失礼ですが、能力をお聞きしてもよろしいでしょうか?あなたも彼女のように何か強力な能力をお持ちなのですか?」


出た。この質問。

やめてくれ乗務員さん。

そんなキラキラした目で見ないでくれ。


「あー……その……違いますよ」


少し声が小さくなってしまった。

情けないな。


「そうなんですか?ではどのような能力で……?」

「あ、いえ、その……」


うん。

自己紹介のときには能力を言わなくてはいけないマナーを作った先人を殴りたい。

能力を聞かれるたびにそう思う。


興奮した様子の彼に気圧されながらも、目を閉じ、息を細く吐いてもう一度目を開ける。そして……


「僕の名前は北白狩也(きたしろかりや)。無能力の高校生です」

そう、自己紹介をした。


――――――――――――――――――――――――――


能力ーー

およそ1700年前、突如人類に降って湧いたそれは、人間の文明に大きすぎる影響をもたらした。

人類が得た『能力』は当時最も発達していた科学を押し退け、物理法則に正面から喧嘩を売り、人間の生活の基盤にまでのしあがった超常の力である。

ある能力は種もないのに火をおこし、ある能力は水を無限に生み出し、ある能力は空を飛ぶ……。そんな能力をなぜ人類が持っているのか?

能力が人類に発現して17世紀経つが、能力の詳細や有無の基準などは未だに詳しくは解明されていない。


しかし、初代能力者にして日本の英雄と現代でも讃えられている故人、朧月流威(おぼろづきるい)は当時日本の付近に存在していたドミネート帝国から発射された弾道ミサイルを日本海上で打ち落としたという。

しかし、現代の人々の中には、能力を全く持たない者もいて、その違いもわかっていない。

現代の能力を研究する学問、能力学で解明されているのは、人間は6歳~7歳頃には能力を得ること、個人が編み出したオリジナルの能力は固有能力と呼ばれていること、派生は多いが基本的には火、水、雷、風、氷、聖、邪の7つの属性から成っていることくらい。

ある程度解明されていると考える能力の研究者もいるが、人類が能力のことについて知っていることの割合は、どんな学者、研究者でも10%に満たないという。

それほどまでに、能力は謎に満ちた存在なのだ。

そんな超常の力も悪用されることは当然で、過去にも能力を行使した大事件はいくつも起きている。

小学生の中には、能力を持ったことで気が大きくなり、いじめや非行に走る者もいるが……。


「いい年した大人がこんな事してちゃ、日本の将来が不安だね。ほんと、恥ずかしくないの?」


挑発するような夜繰(よるくる)の言葉に、彼女の視線の先にいる両手に銃を持った男は、片手に持っているそれで天井に穴を空けることで応じる。

もう片方の銃口は、まだ能力が発現していないくらい幼い男児のこめかみに当てられており、誰が見ても人質をとられている状態だとわかるだろう。


ここは新幹線の最後方車両。

ずば抜けて優秀な火属性の能力を使い、夜繰はここまでスムーズに制圧できていたが、ここで人質という問題が発生してしまった。


「お前、学生か。いい能力持ってんなあ。その燃えてる手、さぞ強い火属性の能力の使い手なんだろうなあ」


銃口を男児のこめかみにぐりぐり押し付けながら男が口を開く。

夜繰の手は男が言ったように燃えており、高温の炎がうねっている。

その様子はさながら炎のパンチグローブのようだ。


「なあ。今までそんな強い能力で人生気楽にやってきたんだろ?なあ」


男の言葉にアクセントがつく度に、男児のこめかみに丸い圧迫痕が増えていく。


「あなた、銃弾が燃えてたところから察するに私と同じ火属性の能力の使い手よね。それなら仕事だっていっぱいあるはずなのに新幹線ジャックなんてして何を……」


バァン!と大きな音がして夜繰の背後の扉に穴が開く。

夜繰の切れた言葉の代わりに煙のでる銃口を夜繰の顔の右の方に少しずらしていた男が叫ぶ。


「黙れよ!!知ったような口をきいてんじゃねえ!大人しく手を挙げてろ!」


もはや男の目には狂気しか映っていない。

夜繰がしぶしぶ能力を解除した手を上に挙げる。


だがしかし、さらなる不運が重なる。

夜繰が能力を解除するとほぼ同時、タイミング悪く後方車掌室から車掌が車両内に入ってきてしまった。

そこは不幸にも男の目の前で……。

「……!」

「おい、動くな」

「ひぃ」


男の2つ目、男児に向けられていた銃口が車掌に向けられる。

人質が増えてしまった。

夜繰が状況の悪さに唇を噛む。


「おいおい、人質が2人になったぞ?見せしめにどっちか殺しても大丈夫だよな?な?」

「……最低ね」


男の顔は唇が笑顔に歪み、指がトリガーに差し掛かっている。

今に発砲してもおかしくない。

男児や車掌さんの命の灯火が消えるのも時間の問題だろう。


「なあ。なあ!今どんな気持ちだよ!不自由なく暮らしてきて正義のヒーローとばかりにジャック犯を追い詰めて、それでいてこうして人質をとられてる気分はよ!」

「控えめに言って最悪。正直あなたと話したくもない。だからさ、"やっちゃっていいよ"」

「あ?撃っていいってことだな?じゃあ遠慮な……。」

「バレてたのか」

「あ?」


場違いだと感じるほどのんきに聞こえる声に男が後ろを振り向く。

その視界を革靴の靴裏が覆い……。

直後、男は人生で初めて、鼻が折れる感覚を感じた。仰向けに倒れ、床に強く頭を打ち付ける。


「よしっと。これでようやく完了だな」

「ナイスかりちゃん!」


脳震盪が起こり、動けなくなった男の意識が落ちる前、最後に見たのは、先ほど増えたはずの2人目の人質、車掌の服を着た狩也の顔だった。


―――――――――――――――――――――――


「お疲れ~かりちゃん」

「全く、最後はヒヤヒヤしたよ。よるは詰めが甘いんだから」

「え?じゃあ死刑」

「あれ僕デジャヴを感じる!?」

「ふふふ」

「車掌さんに服を借りといた僕、グッジョブだ」

「じゃあ死刑」

「二連続じゃあ死刑!?」

「ふふふ」


労ってくれているのかいじっているだけなのか……。


今はすでに自分たちの指定席に戻り、東京に向けて再出発している。

ジャック犯たちの身柄はすでに警察。

その後事情聴取を終え、2時間の運行遅延となってようやく自由の身となった。


あれ程のことがありながら2時間とは運が良かった。


「あいつがいればもっと早く制圧できたんだろうけどな……」

「あいつ?ああ。()()()のことかな?まあ結果オーライだしいいじゃん」

「それもそっか」


ちなみに事情聴取で冷めた駅弁は再びよるが温めてくれた。

普通に美味しかった。


「あと何分くらいで着くかな」


欠伸まじりに時間をスマホで確認する。

皆既月食の画像が待ち受けになったスマホの画面の上部には10時13分という表示が出ている。

東京まではあと20分くらいだろう。


「んー、こんな時間になっちゃったな。今日回れるか?」

「えー!?あんなに早く出発したのに。かりちゃんひどい!」

「その怒りは僕じゃなくてあのジャック犯たちにぶつけろよ……」


午後は都内観光の予定だったが、このままいくと時間は足りなさそうだ。

荷解きにも多少時間がとられるだろう。


「困ったな……。さすがに2時間で荷解きはきついぞ」

「でも……。かりちゃん……」

「……」


言葉足らずだが彼女が言いたいことはわかる。

よるの考えることだ。

何年一緒にいたと思ってる。

仕方ないか。


「わーったよ。午後は予定通り観光な。ただし、帰ってきたらちゃんと荷解きすること!」

「……!ありがとうかりちゃん!」


抱きつくな。可愛いだろ。


まあ、片付けも荷解きも引っ越した後はいつでもできるんだ。

今日くらいは観光しても問題はないだろう。


その後も他愛ない話を続け、話題の根が枯れ果てる頃には、新幹線は新品川駅に到着していた。

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