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空白の魔法使い  作者: 小里花織
第二章 集いし魔法使いたち
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第二話 13年の軌跡

「――――ちゃん、かりちゃんってば。起きて」


声が聞こえた。

僕は……いつの間に寝ていたのか。


誰かに体を揺らされる感覚に瞼を開く。


黄色の混ざったLEDライト、青みがかった座席にかかっているヘッドカバー。

そして感じる微かな揺れ。

そうだ、新幹線に乗っていたんだった。


「おはよう。よる」


どれだけ見慣れた顔だろうか。

幼馴染の宵野夜繰(よいのよるくる)だった。

瞳孔が小さいな。

僕が寝ている間も、ずっと起きていたのだろう。


「おはよ。それより切符」


よるが後ろを指差す。

背後にいた乗務員と思われる姿の男性がちらりと顔を覗かせた。


「申し訳ございません。切符を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」


男性の白い手袋が僕に差し出される。

寝起きの状態だったからか、脳が覚醒しきっておらず、しばらく反芻の時間が必要だったが、

「すみません」


言葉を理解すると同時、寝ながらも手の中に持っていた切符を差し出した。

男性がそれを受け取り、何かの器具を取り出す。

切符をそれに挟むと切り込みが入った。


「拝見しました。ありがとうございます」


切符を返すと、彼は去っていった。


「起こしてもらったお礼は?」

と、言う声が隣から聞こえる。


(……?お礼?)


お礼ってなんだっけ。

まったく頭が冴えない。

『お礼』という言葉すら理解できていなかった。

起きたばかりで脳が覚醒していないのだろう。


まあいいか。

よるの言葉を無視するかのように背もたれに体を預ける。


(まぶしっ)


新幹線の窓側、外から差し込む朝焼けの光が網膜を灼き、先程までみていた夢の記憶ごと、微睡みの余韻を消し去っていく。

どんな夢を見ていたのか思い出そうとするが、すでにそれはもう記憶の海に沈んでしまった。


そんなことを考えながら窓の外を虚ろな目で眺める。

高速で駆け抜けていく橙色の美しい街並みは見ているだけでも飽きず、新鮮さをこれでもかと感じさせる。

心地よい絶妙な新幹線の揺れによる睡魔はもう覚醒した脳に白旗を上げたらしい。

一言で言い表すなら気持ちのいい寝起きだ。


しばしの間忘れていた、『お礼』という言葉の意味を思い出す。

起こしてくれたんだしよるに感謝の言葉は言っておくべきだろう。

倫理的に。

数十秒窓の外を眺めた後、脳が起きた頃にそう思い、スマホを見ている幼馴染にお礼を言う。


「ありがと、よる」

「ちょっと時間差(タイムラグ)あったね。全然大丈夫だよ。それにしてもぐっすり寝てたね」

「こんなに朝早くから出発してるんだし眠いのは当然だ。ただでさえ僕はロングスリーパーだってのに。今は……まだ7時半じゃん」


スマホのロック画面には大きく"7:37"と表記されていた。


「仕方ない。そんなに眠いなら膝枕、してあげよっか?」

「もう目は覚めたよ。遠慮しときます」

「じゃあ死刑」

「なにその究極の二択!?」

「ふふ」


よるの顔に無邪気な笑顔が浮かび、思わずつられて笑ってしまう。

こんな早朝なのに子どもみたいに元気だな。

本当に今年から高校生なのだろうか。




彼女は宵野夜繰(よいのよるくる)

4歳からの幼馴染であり、同い年の女の子。

同い年には思えないほどの幼い性格をしているが。

桃色の髪をサイドで束ねていることが多く、整った顔立ちとそんな親しみやすい性格のおかげでいわゆる美少女というやつだろう。

クラスの男子からの人気は高かった。

数を聞かれるのは嫌がるので本人に聞いたことはないが、噂では告白された回数は十数回にのぼるそうだ。

その真偽は定かではないが、よるはかなりモテていたというのは事実。


ただ、そんな身分にいても幼馴染の僕と仲良くしてくれていた。

別に友達が少なかったわけではないのだが、よるにとっては僕との時間は大切なのだそう。

わざわざ幼馴染のために同じ高校を、しかも生まれ育った地域から離れたところに受験し、共に引っ越してきてくれるようなくらいだ。

よるはいい嫁になるだろう。

それに――


「あ。……なあよる、冷めちゃったから温めてくれない?」


そう言ってよるに乗車する前に買った駅弁を差し出す。

プラスチックの容器からはひんやりとした感触がした。


「しょうがないなあ」

と言ってまだ笑いの余韻が残った顔をしたよるが駅弁を持つ。


直後、彼女の手の中の弁当からブワっと湯気が立ちのぼった。


「はい」

と駅弁を差し出すよる。


受け取った駅弁から熱が手に伝わり、ちょうどいい感じに温まっていることがよくわかる。

おっとよだれが。


「ありがと。よるの"能力"をこんな贅沢に使えるなんて幼馴染の特権だな」

「でしょ?感謝してよね」

「感謝してるよー」

「じゃあ死刑」

「なんで!?感謝してても!?」


"能力"とは、異能の力だ。

簡単にいえば、火を吹いたり、水を出したり、マジックみたいなもの。


人間は現在、能力によって生活を豊かにしているのだ。

新幹線があるように、科学が衰退したわけではないが、今の文明は能力によって非常に円滑に発展している。

漫画やアニメみたいに都市は荒廃していない。

ただ、世の中は能力ありきの生活が根付いたことで、科学の発展は遅れ、町の景観は二千年前くらいからほとんど変わっていないらしい。

特に、先ほどのよるのような能力は非常に役立つ。

よるで例を挙げるなら、冬の学校では重ね着は必要はないし、今みたいに食べ物もすぐに温まる。風呂だって沸かし放題。


一見すると地味にも見えるが……


「よるが本気出せば火事からの建物全焼は免れないよね」

「急に物騒なこと言わないでよ。そんな事しません」

「そうですかそうですか。でも一回やりかけたことありましたが」

「あーあーあー聞こえなーい。私都合の悪い話になると耳が遠くなる都合のいい耳してるー」

「都合がいいのか悪いのかどっちかにしな」

『間もなくのぞみ737号は新静岡駅に到着致します。お降りの方は……』


笑いながらつかみどころも他愛も中身もない話をしていると、どうやら新幹線が新静岡駅に近づいてきたらしい。

機械のような淡々とした女性の声のアナウンスを聞き、続々と静岡で降りる客が降りる準備を始めている。

荷物を降ろしたり、倒した席を戻したり、人によってさまざまだ。


「もう静岡かぁ。さすが新幹線。はやーい」

「そうだね。東京まではあと1時間くらいか?」

「んーそのくらいじゃないかな。とりあえず駅弁食べなよ。冷めちゃうよ?」

「そっか。そうする」


ちょうど新幹線が静岡に着いたようで、窓から見えるホームでは客が昇降している。


(ん?)


駅弁に手をかけたところで、何か違和感を感じた。

目の前の光景……。

駅のホーム……ではなく頬だった。


「あっつ!」

「なーに外見てんの。せっかく温めたんだから早く食べちゃって」


うん。

わかった。

わかったけどなんでお前、唐揚げだけそんな熱くした?

僕今からその温度の唐揚げ食べるの?


と、思ったがよるも自分の駅弁を取り出していたらしい。

手前のテーブルの上に大きな重箱が見える。


でかすぎだろ。

そんなんどこで売っていたんだ。


たった今僕の頬にはりつけられたばかりだった唐揚げはたぶん今はあの頬袋の中だろうか。

相変わらず食い意地は凄まじいな。


もぐもぐと口を動かすよるから目を移し、自分の弁当を開く。

唐揚げのいい匂いが漂ってきて、思わず腹の虫が大合唱を始めそうな気がしてきた。


「いただきま……って、どうした?」

食べようとしていたところで、よるがこちらを驚いたように見ているのに気がついた。


「えっと……かりちゃん?」

「?」

()()()()()()()()()()


先程まで絶え間無く主張を続けていた腹の音が鳴りやんだ。


泣いている?

僕が?

なぜ?


目尻を撫でる。

水滴が付いた。


なぜ僕は泣いて……


「全員、手を挙げろ!」


びっくりした。


突然、前方から野太い男の声が聞こえると同時に柄の悪い、スキンヘッドの男が車両に乗り込んできて、乗客に腕を向け始めた。

その腕は手首から上がなくなっており、そこが銃口のような形に変形している。

その穴からおそらく銃弾を撃つことができるのだろう。

それが彼の能力のようだ。


「かりちゃん、あれって……」

「うん。どう考えてもジャックだね」


急に事件に巻き込まれたせいで僕だけではなくよるも真剣な表情を浮かべる。

もう目尻の水滴の感触は無かった。


この状況は小説やドラマなどで見たことがあるだろう。

いわゆる新幹線ジャックだ。


(……ついてないな。こんな早朝からジャックに遭うなんて)


そう思いながら状況を確認する。

自分たちを含め、客は全員、男の言うことに従い、手を上に挙げている。

ただ、子供たちは、あまりの恐怖に泣き出してしまっている。

動けそうな人は誰もいない。

誰もあのジャック犯に対抗できる"能力"を持っていないのか。


「動くな。手を動かしたら額に穴が開くと思え」


えちょっと待て待て。

こっちに腕を向けないでほし……


バン!


直後、男の腕から出た発砲音が車両を恐怖の海に叩き落とす。


幸い、男は発砲する直前に腕を上に向けたので、人には当たらなかった。

だが、車両内は悲惨だった。

泣きかけていた幼い子供達は涙腺の決壊を止められず、声を出してわんわんと泣いている。

中には失禁にまで至っている子もいるほどだ。

大人達もどうするべきかわからず、下ろせない手の代わりに声だけで子供を慰めたり、子供たちと同じように泣いている人もちらほらいる。


セオリー通りの新幹線ジャックとはまさにこのことだろう。


(どうにかして、警察に連絡しないと……)


そう思って下を見るがスマホはポケットの中。

スマホを取ろうとして手を下げると、男にばれてしまう。

どうしたものか。


「ママー、こわいよぉ」

「もうおうちに帰りたいよぉ」


騒がしい。


果たしてそう思ってしまった自分を責めることができる人がいるだろうか。

銃を向けられているプレッシャーと子供たちの泣き声で、冷静に判断ができないがゆえに一瞬そう思ってしまった。


ただ、今は無茶をしないことが一番の最善策だろう。

手を挙げたまま、動かないで様子をうかがう。


「今からお前らの持ち物を見る。安心しろ。俺たちは人を探してるんだ。終わったらすぐに去る」


男が言ったその言葉に心底ほっとした。

少なくともその人探しが終われば僕たち一般人に危険はないようだ。


……いや、本当にそうか?


「よる」

「なぁに?」


手を挙げたまま、隣にいる頼れる幼馴染に小声で話しかける。

彼女も同じように手を挙げて、席から立っている。


「お願いがある。いざという時は頼んだ」


主語がない抽象的すぎるお願いだ。

他人に同じ言葉でお願いをしたら「何を?」と聞かれるだろう。

だが、幼馴染である彼女と自分の間に主語(そんなもの)は必要ない。


「わかった。無理はしないでね」


そう言うよるの顔は先程まで談笑していたときの緩慢とした表情は微塵も感じられない。

頼もしい幼馴染だ。


頷くことで返事をし、最前席の人の持ち物をチェックしている男に話しかける。


「すみません。一つ質問をしたいんですが」

「……」


聞こえるような声で言ったつもりだったが子供たちの泣く声が邪魔をしているのか、男の耳には届かない。

もう一度言う。


「すみません!質問をしたいのですが!」

「黙れ。撃つぞ」


怖い怖い。


どうやら声は届いていたようだ。

しかし、質問に答えてはくれなかった。


すると、イライラしたのか男はおもむろに再度腕を天井に挙げて……

また、銃声とともに天井に2つ目の穴が開いた。


「おいガキども、静かにしろ。死にてえか?」


男の脅しのような言葉にすっかり震え上がった子供たちが泣くのをやめる。

それどころか、蛇に睨まれた蛙のように動かなくなった。


(……威圧的な奴だな)


僕が一番嫌いなタイプだ。

どうせ気分によって態度が変わるタイプだろう。


そんな事を思いながら、男に対してわざと挑発するように言う。






「へぇ。やっぱ()()()()に関する情報は教えてくれないか」







……どうだ?


実を言うと正直賭けだった。

そっち側だのなんだのは男を挑発に乗らせるために適当に言った言葉で、何も知らない。


ただ、効果てきめんだったようで、面白いくらいに男の雰囲気が目に見えて変わった。

むしろ威圧的で睨みつけるようなその視線に少し気圧されそうになる。

おおこわ。


「お前、そっちのスジのやつか」


そう言って右腕の銃口をこちらに向けた男は一瞬の迷いもなく右腕から弾を撃った。





「危ないなぁ」


パシッという音がした。

それだけだった。


銃弾も、“それ”も見えなかったが目の前で銃弾がピタリと止まる。

“それ”に……左から伸ばされた女の子の手によって。



「!?お前銃弾を……」

「はい、お返し」

「ぐあっつ!」


銃弾を指でとったよるに驚いている男に向かって自分が放った銃弾が炎を纏って男に飛んでいき、男の鼻に当たった。

声にならないうめき声をあげて男が鼻を押さえて転げ回る。


今のはよるの能力だ。

銃弾に炎を纏わせて、手の中で小規模の爆発を起こし、飛ばしたのだろう。

彼女の能力を知らない人たちは何が起きたかわからなかったと思われる。

その能力の名前は……


「『爆炎』。私は炎属性の能力者の中でも少数しか持ってない爆発持ちだよ。相手が悪かったね」


そう言ってよるは男に近づき、鼻を押さえてゴロゴロ転がる男の顔を掴むと、手を当てる。

ボンッという音、小さな煙とともにたちまち男は気絶した。


「いっちょあがり!」


一瞬でしんと静まり返った車内に響くよるの声はなぜだろう。

どこかの物語の主人公を彷彿とさせた。


こっちを向いてピースをするよる。

やっぱ強いな。

体格も距離も何もかもを無視して圧倒的な能力の差で男をのした彼女に、凄いを通り越して畏怖さえ感じる。


「落ち着いてみんなー。悪い人はお姉さんが倒しちゃったよ。もう大丈夫だよー」


そう言って目立つ位置に立ち、車内の平和を宣言したよる。


まるでヒーローだな。

よるの言葉に安心したのか子どもたちが集まってきた。


待て待てそんなぞろぞろ集まらないで……

新幹線の中に蜂球できてるって。


「すごい!炎属性の能力だ!お父さんと同じ!」

「お姉さんすごい!私もそんな能力欲しい!」

「こーら、苺華(まいか)。お姉さん困ってるでしょ?すみません、助けてもらったのに」

「いえいえ、子どもは好きですし大丈夫ですよ」


駆け寄ってきた子どもたちは、よるの周りで騒ぎ始めた。

よるはそんな子どもたちを一人一人相手をしてあげている。

当然その親や一人で乗っていた人たちも次々とよるのところに集まった。


よるって歌のお姉さんだっけ?


(……今のうちに、他の車両を見に行くか)


まだ仲間がいるかもしれない。

先に見ておけば人質とかとられずに済むはず。


決してよるがいなくてぼっちだからここが居心地が悪いわけじゃない。

ないったらない。

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