オトメとライブ
「こちら、今回のラストライブを取り仕切ってくれるサイトーさん。プロモーターよ」
タニアに紹介したこの男。
敏腕プロモーターである。
サエトリアンがここまでビッグになったのはほぼこの男の手腕であった。前世でこの男がいたら私は今頃歌姫だっただろう。
今回の仕組みを説明するためにこの屋敷まであらかじめよんであったのだ。
「……いや、知ってますよ。お嬢様よりもむしろ私のほうがやりとりしてるんですから。なんで急に説明口調で紹介されてるのですか?」
「気にしないの! お約束よ!」
私の言葉に、タニアはため息をもらし、サイトーは苦笑いを浮かべた。
パリッっとした細身のスーツ着て、苦笑いのサイトー。くっそイケメンなんですけど! サンマの塩焼きのほぐした身にワタを少しのせて食べたみたいな味がしそう。腹減ってきた。
「サイトー様。うちのお嬢様がいつもすみません。今日もわざわざお忙しい中ご足労いただいて……」
「イイのよー、タニアちゃーん。いっつもの事じゃなーい」
あー。おしい。ホンッとおしい。
なんでこのイケオジの見た目でオネエなのか。
なんでその締まった細身の筋肉をまとった身体でしなをつくるのか。
神! 百歩譲って私を転生させた事は許そう。だがこれはいかん。たとえ男色であったとしても、オネエではなかろう。これでは妄想もはかどらない。
「そうですね。お嬢様はお嬢様ですから」
「でもホンッとこれがラストライブなんて残念よネー。アタシ、サエトリアンの魅力をまだまだ伝えきれてないのヨー」
内股で立ちながら、こちらを手であおぐでない。
「ラストライブ?」
「あら? タニアちゃん。トリサエちゃんから聞いてないの?」
本名言えないからってトリサエはなかろうよ。なぜタニアも怒らん。普段ならどこからともなく鞭がでてくるのに。
くそう。腑に落ちん。
とはいえ、これがこの男(女)の不思議な魅力だ。誰の懐にでもするりと入って、決して相手を不快にさせない。かくいう私もこの男(男とは言ってない)がわりと好きだったりする。
「これが秘策の正体よ、タニア。名づけて! 閉店セールは蜜の味大作戦よ!」
「はあ」
「ピンときてない様子ね! そんな子猫チャンなタニアにはサイトーが詳しく説明するわ!」
「まかされたわー」
急に無茶ぶりされても動じないのはさすが漢女ね!
「じゃあ説明するわね、タニアちゃん」
「はい」
イケメンオネエが真剣な顔でタニアに向かった。タニアもビジネス顔になっている。なんかお似合い。
「トリサエちゃんがお嫁にイッちゃったらもうこの領内ではサエトリアンのライブができなくなるでしょう?」
「そうですね。ですがお嬢様が貴族である以上、それは仕方なき事です」
貴族には貴族のルールがあるのだ。平民には平民のルールがあるのだ。それは隔絶しているルールだ。もはや異世界といっても過言ではなかろう。タニアも貴族側の人間であるから貴族側のルールで動いている。しかしサエトリアンは違う。
「そうね。アタシたちは事情を知ってるからそうだけど。でもそれって事情を知らないお客さんにはとっても不義理なの。なにせいままで熱狂していた相手が急に音信不通になるのヨ?」
「それは確かに!」
詳しく説明されればわかるタニアえらいこ。すきー。
「だからネ。今回の目的はお客さんへの義理を果たす事が第一!」
「第一というと、他にもあるという事ですね?」
「そうね。ココからはプロモーターとしてのキッタナイ話なんだけどね」
オネエの悪い顔選手権なら確実に金メダルな悪い顔をしている。
「はい」
「ラストって名のつくモノって儲かるのヨ!」
「身も蓋もありませんね……。ふむ、しかし。なるほど。つまりはお嬢様の秘策とはライブで路銀を稼ぐという事なのですか?」
「そうよ!」
「でもそれですと結局フランツ様に没収されてしまうのでは?」
ふふふ、タニアもつくづく察しの悪い子猫ちゃんよね。
「そこで再度この男が出てくるのよ!」
「チョット! トリサエちゃぁん、アタシは男じゃなくてオトメなのよォ!」
「金切り声をあげるでない! 漢女なのは知っておる!」
「ならいいワー」
いいのか! 乙女じゃないぞ漢女だぞ! このご時世どっちでも変わらんか。
「今回のラストライブの売上はすべてこのサイトーにわたす。ミスリルの仮面もわたす。それを路銀にしてもらって、道中すべての手配をこの漢女に任せる! コレで万事解決よ」
「すべてオマカセー」
「なるほど。サエトリアンとしての今まですべての売上を路銀に。それなら現金を保持する事なく道中はお大尽のごとく移動が可能ですね」
「やっと察したわね。今回のこの作戦はラストライブをするだけで様々なメリットを呼ぶ一石何鳥作戦なのよ」
「お嬢様……」
言葉に詰まるタニア。
「タニア……」
見つめ合う二人。言葉はいらない。わたしたちは親子であり、姉妹であり、同時に主従である。そんな複雑なわたしたちだが、絆は何よりもかたい。
二人で同時にうなずきあう。そして無言で抱き合い、私は言うわ。
「さー! 殺るわよタニア! 最後にでっかいライブをブチ上げるの」
「はい。サーシャ様!」
「バッチリお手伝いするワー」
他人事のように遠巻きに声をかけてくるサイトーに苛立ちをおぼえたわたしはそれをそのまま声音にのせる。
「サイトー、あんたも来なさい。あんたもサエトリアンの同志なのよ」
「トリサエちゃん。でも……アタシは」
「いいからさっさとくるのよ! あんたがいなかったらサエトリアンもいないのよ」
「うん……ありがと」
鼻をすすりながら輪に加わったサイトーを微笑みながらタニアが迎え入れる。三人で肩を組み、自然と円陣が出来上がった。
女三人で最強のラストライブをつくるのだ。
さーまた忙しくなる。