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人生をうたおう

 クラークの名を呼べた喜びからわたしが歓喜の踊りを踊っていると、いつの間にか勝敗が決していたようで、決闘場からルーティンの声が聞こえる。


「レフェリー! おれの降参だ! ジャッジを!」


 ルーティンの呼びかけに自分の席から飛び出たレフェリーは大声で勝敗を告げようとした所で、首根っこを掴まれてVIP席に引き込まれてきた。


 伸びた手の主人は誰であろう魔王。

 イラつきをあらわにして、レフェリーの首をちぎらんばかりに捻りあげる。


「おい! レフェリー! どう見てもギネス辺境伯の反則負けじゃろうが! 何で素直にルーティンの負けを宣言しようとしておるんじゃ!」

「お言葉ですが、魔王様。おっしゃる反則行為はルーティン様が決闘中に許可しておりますし、ご本人が現在降参しておりますから魔族の決闘としては正当な勝敗でございます。元来なんでもありが魔族の決闘でございます。ですので勝敗をここに宣言させていただきます」


 レフェリー。お前プロだな。自国の王の物言いに対してちゃんとルールに基づいた事が言えるレフェリーなんてなかなかいないぞ。

 レフェリーは懐からマイクを取り出して勝敗を告げる。


「ルーティンの降参により! この決闘は……むぎゃう」


 あ、魔王の野郎、マイク奪った。


「無効じゃあ! 無効じゃあ! むしろ辺境伯の反則負けじゃあ!」


 奪ったマイクで言いたい放題言っていると、決闘場中央からクラークとルーティンがVIP席前の壁のところまでやってきた。

 絵になるわあ。

 美しいわたしのクラークは壁際に立ち、びしりと魔王を指差して言った。


「往生際が悪いぞ! 魔王!」

「いっやふざけんな! むしろ神聖な決闘に何してくれてんだあ!」

「神聖な愛の結果だ!」


 はあかっこええ。愛の結果だあ!

 指の先までかっこええわあ。愛の結果だあ!

 ぐふふ。


「馬鹿か! 何が愛じゃ! 愛で政治ができるかあ!」

「僕はこれから愛で政治をするんだ! サーシャを愛し、民を愛していくんだ!」

「んな事知らんわあ! お前はそれで勝手にすれば良いじゃろう! 早く帰れえ」


 クラークと魔王の不毛な言い合いを横で冷めた目で見つめていたルーティン。

 いつの間にか女の姿に戻っている。この娘はやっぱりこっちの姿の方がしっくりくるわねえ。


 はあ。

 と、ため息をついてから口を開いた。


「親父、いい加減にしろよ」

「うっさい! お前も黙ってろい! ライブ興行の資金を凍結されたいんか!」


 イライラしてルーティンの方すら見ずに言い放った言葉に皆驚く。

 は? 魔王聞き捨てならんぞ。そうか、ルーティンはライブがしたいために魔王の言う事聞いてたんだな。

 それは辛かっただろう? とルーティンに視線を送る。しかし当のルーティンの表情は意外とすっきりとしている。


「いいよ。それでいい。おれは今回の件で自分の未熟さを知ったよ」


 確かに未熟な部分はあるわよね。でもあれはあれで荒削りな良さというか、応援して育てたくなる感じとかあると思うのよ。そんな娘が、おれはお前たちのリーダールーティンだあ! なんて言ってたら国民全員がルーティンの保護者気分になるわよね。うん、方向性としてはそれだな。


 わたしがルーティンの売り方を閃いてる間にも魔王とルーティンの話は続く。


「はあああ?」

「もう親父の資金はいらない。サーシャとも結婚しない。魔王にもならないって言ってんだよ!」

「待て、待て待て! お前がわしから離れていったら、お前の力でおさえこんどった武闘派の魔族が離反するだろうが!」


 いや何ぶっちゃけてんだよ。もう、お前魔王やめろよ。

 威厳に満ちて見えていた魔王の顔が途端に情けなく見えてくる。


 でも宥和政策をとっている事に関しては賛成だから武闘派に変わってドンパチ始まるのは嫌だな。


「知らねえよ。あいつらに勝てねえ親父が悪いんじゃねえか。おれは今回、サエトリアンとライブして、ギネス辺境伯と決闘して思ったんだよ」

「何を思おうが勝手じゃが待て!」

「待たねえよ! この二人は自由なんだよ! そしておれには自由がない! なんで自由が信条の魔族がこんなに我慢してんのに! こいつら人間がわけわかんないほど自由にしてんだよ。なんでおれは夢のために縛り付けられてたんだよ。自由に生きてこそ輝くのが夢だろ!?」


 ルーティン爆発。

 そら夢を人質に取られて縛りつけられて結婚相手まで決められた上に親父がこんなんじゃ爆発もするよねえ。


「うわあ。魔王ってば自分が賢者と縁づきたいからって娘の夢利用して縛りつけてたのう?」


 そら援護射撃じゃ。


「うっさい! 馬鹿は黙っておれい! 抜けた顔しおって」

「僕のサーシャに何を言うんだ! 抜けてない! 可愛いんだよ!」


 ぐふ。うれし。なんだか容姿を誉められても素直に喜べるようになった。

 クラーク。

 今すぐにVIP席から飛び出して抱きつきたい。


「そこの色ボケも黙っとれ!」


 あんごらぁ? うちのクラークは色ボケじゃないのよう。

 クラークへ向けた溶けるような熱い視線を放射熱線に変えて魔王にお見舞いする。


「親父、あんたが一番色ボケなんだよ。賢者賢者ってよお、フラれて何百年経ってんだよ」

「二百年じゃあ! 恋の傷がそんな短期間で治るか!」

「いや、治るやろ。人間なら傷が治った後に細胞が死滅して骨も残っとらんわ」


 引くわあ。

 二百年ってどんだけ未練がましいのよ。しかもそれだけ恋に傷ついた身で他人の恋路を邪魔するんじゃないのよ。どんだけ自己中なのさあ。

 全員が魔王にどん引いて無言になっているタイミングでサイトーが大きく手を鳴らした。


「はいはい! あんたらの馬鹿話に飽きて観客も帰り始めてるからさっさと収拾つけましょうか」


 さすができる漢女は違うな。いいタイミングでいい感じにまとめてくるわ。

 しかし魔王だけはまだグジャグジャと文句を言い出す。


「サイード! 元はと言えばおまえが賢者とコネがあるくせにツナギをつけてくれんからこんな策を練る羽目になったんじゃろう!」

「あーー! もううっさい! トリサエちゃん、やっておしまいなさい!」

「おうよ! 歌魔法パンチ!」


 必殺!


 歌姫(物理)のお通りじゃあ。

 うるさい魔王の顎を的確に狙って聖属性のパンチをお見舞いしてちょっと黙らせてやる。

 眼球がぎゅるんって上に回って、途端に静かになった。

 ヨシ。


「はいレフェリー! 勝敗を宣言しなさいナ」

「神聖な決闘の結果! ルーティンの降参をもって、ギネス辺境伯の勝利をここに宣言します!」


 残っていた観客の歓声が会場に響き渡る。

 その歓声はいつの間にクラークコールへと変わっていく。


「ほら呼んでるわヨ、あなたたち。あっちに行って声援に応えなさいな」


 サイトーの言葉に、クラークは両腕を広げ、おいでのポーズでわたしを待つ。

 素直に壁際まで近づき、抱っこしてのポーズで私も待つ。


「ん。」


 察したクラークはわたしの両脇に腕を差し込みそのまま抱きかかえてくれた。

 この瞬間。

 わたしの全身の細胞が喜びの声をあげた。脳天を疾るとかそんなレベルじゃない。

 クラークに助けられたと、救われたと。そういう実感が全身から湧いてきた。救われることがこんなに嬉しい事だとは思わなかった。


 幸せだ。とても柔らかな幸せだ。今までの幸せとは少し違う。与えられ、包まれるような幸せだ。


 そんな幸せに抱かれて、コロシアム中央まで進み、やさしくわたしを下ろしてくれた。


 名残惜しい、正直ずっと抱かれていたかった。しかし、さらなる歓声がそんな感情をも吹き飛ばす。

 勝者へのシンプルな称賛に、わたしたちは目を合わせて微笑み合う。


「クラーク」

「サーシャ」


 名前を呼び合うだけでこの多幸感。

 どんな大きな歓声の中でもお互いの名前だけは聞きもれる事がないだろう。


「こんなに幸せでいいのかな?」

「ダメだな」


 キッパリと言われた。


「ダメなのう?」


 ショック! やっぱりダメかなあ? 悲しい顔でクラークの顔を見上げると、そこにはイタズラな顔でクラークが笑っている。


「これくらいじゃダメだから。もっともっと僕が君を幸せにするから」

「ぐふふ。クラーク。クサい」


 くさあ。くさすぎて死ぬう。

 思わず恥ずかしくなってクラークのたくましい二の腕に顔をうずめてしまう。


「いやかい?」

「ううん。いやじゃない。幸せがぎゅうぎゅうしてくる」


 二の腕にコスコスとおでこをこすりつけながら答える。


「ねえ、サーシャ」

「なあに? クラーク」


 真面目な声に隠していた顔をあげてクラークの顔を見る。

 いつの間にか観客が撒いていた祝福の紙吹雪がコロシアムに舞い散っている。

 キラキラと舞い散る紙吹雪越しに見るクラークの美しさ。

 思わず見とれているとクラークが言葉を続ける。


「帰ったら、結婚式をしようよ」

「ぐふう」


 そういえばしてなかった。色々でうやむやでもにゃもにゃになっていたわ。


「盛大にさ、王国からも魔族からもお客を招待してさ」

「魔族からも! それいい!」


 ルーティンもサイトーも呼びたい。もちろん今回のライブを喜んでくれた魔族たちも。そうじゃないまだ見ぬ魔族も。そして魔王は来なくていい。師匠が嫌がりそうだから。


「だろう? 今こうやって歓声をもらって思ったんだ。人間も魔族も中身は変わらないんだなって」

「それはわたしも思った。ライブしててもさ、わたしの歌を待っててくれて、わたしの歌に感動してくれるの。特にルーティンとわたしの魔力は全く別物なのに歌を通せば撚り合って、より良い物にできた。わたしたちはわかりあえた」

「それは僕も聞いてて思ったよ。だからさ、僕は人間と魔族の二つを繋ぐ領主になろうと思ってるんだ」

「それサイコー! クラークサイコー!」

「ふふ。語呂はサイトーサイコーの方がいいね」


 みんなの歓声に手を振り応えながらわたしたち二人の未来に想いを馳せる。


 クラークはきっといい領主になるだろう。


 わたしはそれの隣に立っていよう。クラークを助けたり、歌をうたったり、やりたいようにやっていこう。


 それがきっとクラークの役に立つ。


 ダメだったらタニアや師匠が教えてくれるわ。


 ルーティンを未熟と言ったけどわたしも未熟だしクラークだって未熟だ。


 そうやって二人で成長していく。人は失敗を重ねて成長していく。


 でも未来はきっと美しい。


「ねえ、クラーク」

「なんだいサーシャ」

「幸せね」

「ああ」


 わたしたちはお互いを一人の人間として想いあい、同じ未来を思い描き歩き出した。


 二人を包む歓声は現在、未来を通して消える事はないだろう。


 将来、王国も魔王国も、人間も魔族も、繋がっていける。


 はじめは小さな交流だろう。


 それすらも大きな困難を伴うだろう。


 でもそれを乗り越えた先には今みたいな歓声が待っている。


 クラークは領主として。

 わたしは歌姫として。


 この世界のありようを変えていける。

 外も中も。どちらの世界も歌で変えるって決めた。


 そんな決意を保証してくれるように、空には遠く王国へと続くほどの虹がかかっているのが見える。


 それに向かってわたしは歌いはじめる。


 世界を変える歌を。


 さあ、ライブ(人生)の時間だ。

お読みいただきありがとうございます。

これにて完結となります。

毎日更新で書ききれたのは読んでいただけたみなさまのおかげです。

ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。

最後にご評価いただけますと今後の励みになりますので星をちょちょっとしていただければ幸いです。

また書くと思いますので、その時にお好みの話であればまたお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます サーシャの人生に影を落としそうな案件が全て片付いてくれたのでスッキリ幸福な読後感を味わっています ゲス兄弟たちがザマァだった一方で父母の思いにお前ら不器用なんだなと…
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