表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/73

変身と凶化

「ここに我が子ルーティンと、クリスブライト王国ギネス辺境伯との決闘を開始する」


 コロシアムのVIP席で魔王が高らかに決闘の開始を告げる。

 五千人程度は収容できそうな円形闘技場で決闘は行われる。

 ほぼキャパいっぱいに埋まった観客のざわめきがこの決闘の興奮を物語っている。

 あの大規模ライブからの決闘だ。どんなイベントだよ。

 魔王もわたしもサイトーも同席して観戦する。

 コロシアムの一番下の砂かぶり席がVIP席となっていてそこにわたしたちはいる。人間の感覚では安全な見やすい場所がVIP席となるのだろうが、血の気が多い魔族となると砂かぶりの決闘最前線で見るのがVIPという認識らしい。

 もちろん物理結界、魔法結界が魔導具によって何重にもはられているが、強力な魔族の攻撃ではそれが破られる事も稀ではないらしい。

 そこは自己責任って事で。

 弱い奴はVIPじゃないってことね。


 その結界に加えてわたしにはルーティンの消音結界がはられている。

 旦那さまに対して歌によって加勢をしないようにらしい。


 ルーティンは加勢しても問題ないと言ったが、魔王が頑として譲らなかった。


 決闘場ではすでに旦那さまとルーティンが対峙している。


 秋の乾いた風が、旦那さまの銀色の髪を揺らしている。

 真剣な目つき。わたしの歌がない状態なので凶化はできず、ザイなしでの闘いを強いられているが、そんな事を感じさせないくらいに気合いの入った顔をしている。


 対するルーティンもわたしの知っている顔ではない。

 うーん。あの顔は本当にルーティンには似合わないと思うのよね。あの娘はもっと笑ってもっと自由でいた方が真価を発揮できると思うんだけど。魔王がいるとどうにもああなのよね。


 中央で二人が向かい合い、レフェリーがお互いの健闘を讃えるように言葉をかけてから、レフェリー席に移動する。決闘場内にいると場合によっては体が蒸発してしまったケースもあるらしい。

 魔族こわ。


「開始!」


 場内にレフェリーの声が響いたと同時。


 下手すると音がする前に旦那さまとルーティンは中央でぶつかっていた。

 剣と剣が火花を散らす。

 それが目に入ってすぐに金属音が耳に届いた。


 その後は火花と金属音が中央から不規則でありながら連続的に目と耳に届く。


 しばらく打ち合った後で一旦二人が中央から離れ距離をとった。

 そして二人の会話が聞こえてくる。


「おれとあんた。この状態じゃ互角みたいだな」

「ああ。そうみたいだな。そっちはさっさと本気を出してくれてもいいんだぞ」

「ああ、遠慮なくそうさせてもらう。あんたも魔王の言う事なんて無視してサーシャの力を借りてもいいんだぜ」


 そう言ったなり、ルーティンは深く息を吸った。

 深く、どこまでも深く。

 何をしているのかと注意深く見てみれば、黒い気体を口から吸い込んでいるように見える。


 そうか。周辺の魔素を取り込んでいるのか。


 しばらくするとルーティンの体に変化が起こる。

 小さかった体躯は伸び、伸びた手足には男らしい筋肉を纏い、柔らかだった胴体もまたしなやかな筋肉の鎧に覆われていった。体が女性から男性へと変化していた。


「正直、こっちのおれは好きじゃねえんだけどな」


 声まですっかり野太くなり、アルトの声は聞こえず、代わりに美しいバリトンが響く。


「私もそちらの君とは対峙したくないな」

「だろ? 可愛くないんだよな」


 そうやっておどけた刹那。

 ルーティンの姿はその場から消えていた。


「ほら、見てみろよ。まつげまで短くなるんだぜ。女に戻ったら伸びるからいいんだけどさ」


 旦那さまの眼前に迫り、己の短くなったまつ毛を嘆いてみせる。

 旦那さまは完全に反応できていなかったのだろう。ここから見てわかるほど大粒の冷や汗が頬を伝っている。


「やっば」


 これはやばい。旦那さまがやばい。辺境伯領を事もなげに滅ぼすと言ったルーティンの実力は本物だった。


「(サイトー! これやばい! なんとかできない?)」


 ライブの時に使用するハンドサインでサイトーにSOSを出す。


「(胸のペンダント。魔力通して。喋って)」


 そんなハンドサインが返ってきた。


 胸のペンダント?

 そこにはマイクのペンダントトップがぶら下がっている。

 お揃いのペンダント。

 思い出のペンダント。


 言われた通りにマイクを手で握りしめ、目を閉じて魔力を通す。


 途端にどこかとチャンネルが通じたのを感じる。

 同時に音がマイクから流れてくる。


「なーどう思う? この姿? 可愛い? 可愛くない? 教えてくれよ辺境伯」


 挑発するようなルーティンの声が胸元と決闘場から多重音声になって聞こえてくる。

 驚き、サイトーを見るとニヤリと笑ってサムズアップ。

 どうやら遠隔地に声を届ける魔導具になっているようだ。

 魔王にバレないように手のひらにマイクを握りしめ、旦那さまを見つめ、祈るフリして小声でマイクに語りかける。


「旦那さま、聞こえる?」


 同時に旦那さまの視線だけが軽く揺れる。どうやら聞こえているようだ。


「サイトーの魔導具で声を届けてる。ルーティンから視線を外さないで聞いて」


 視線がルーティンに集中する。

 よし。


「凶化して。鎮静化の歌をここで私が歌うから」

「ありがとう」


 マイクから小さく旦那さまの声が聞こえてくる。

 ああ。好きい。


「凶化」


 マイクから響く声には甘い声が混ざっている。


「歌魔法セイレーン」


 わたしもそれに合わせていつもより甘く歌おう。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 声出せない時点でサーシャの意志ガン無視なのはどう解釈してよいのやら
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ