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魔王とルーティン

 魔王城。謁見の間。


 玉座には魔王が座り、その両脇にはサイトーとルーティンが控えている。


 なぜか、魔王とルーティンに挟まれています。

 どうもサーシャです。

 ここって王妃の位置では?


「ギネス辺境伯殿。よくぞ、はるばるこの魔王国にいらした。用向きはどうあれ、歓迎しようではないか」


 ゆったりと玉座に腰掛け、そう言う魔王はとても魔王らしい。

 事前にあっていた時は気のいいおっさんだったんだけどなあ。役割は人を変えるのねえ。


「いえ、歓迎は不要です。私は用事さえすませればすぐにこちらを立ち去りますので」


 ひざまずく事はせず、直立の姿勢で旦那さまは魔王に応える。

 はあ、かっこええ。すごく久しぶりに見た気がするう。

 手ふったろ。

 旦那さまが横目で微笑みかけてくれた。

 はあ、かっこええ。なんやあれ反則だろ。


「はて? 用事とは何かな? 辺境伯殿」


 すっとぼける魔王。

 なんだかフランツ親父を思い出すわあ。この貴族的な対応。


「ご自身でお判りなはずですよ、魔王陛下」

「とんとわからんな? わかるかサイード」


 魔王を挟んでわたしとは逆側にいるサイトーに問いかける。

 おぬしサイトーを味方と思っているのか。サイトーはわたしのサイトーだぞ。

 わたしを信頼して、サイトーを信頼している。


「アタシにふらないでくださいヨ。どっちかといえばアタシはあっちよりの漢女なんですから。というか隣に座らせといてよく言えたもんだとアタシは思いますヨ」


 ほらな。

 サイトー好きい。


「なんだつまらん漢女に育ったもんだな。幼い頃はもう少し尖っていたというのにな。あの頃の貴様がこの状況なら迷わず俺を刺しに来ていただろう」


 サイトーも昔は尖ってたのかしら? そう言えばあった頃はもうちょっと塩対応だったかも。でもわたしが歌を歌ってあげたら途端に優しくなったのよねえ。やっぱ人生を切り開くのは歌と暴力よね。

 ん? いらん一語があった気がするわ。

 まあいいか。そんな事より。


「(旦那さまー! かっこいい! 憂げに前にかかる銀髪ステキー!)」


 どうせルーティンの魔法で声が届かないからいっぱいほめたろう。


「アタシがこの娘のヒーローならそうしてましたけどネ。そうじゃないんですヨ」


 そんな事より。と自分と逆サイド。つまりはわたし側の一番端にいるルーティンに声をかける。


「トリサエちゃんにかけてる消音を解いてやりなさい。ルーティン」


 サイトーの言葉につられてわたしもルーティンの顔を見る。

 一緒に歌った時とは全然違って、なんだか真面目くさった顔している。

 せっかくかわええのにもったいないなあ。


 それにしてもこの消音がねえ。魔素が濃いこの環境だと魔族が有利すぎてノイキャン破りができないのよう! 解いてほしいのはほしいけど。あ、でも急に解くのはやめてね。たまに旦那さまベタ褒めしてる時があるから。


「親父の許可がないと無理だな」


 サイトーの方を見る事もなく、すげなく答えるルーティン。


「あんたはほんとこいつの前では良い子ちゃんよね。アタシほどとは言わないけどちょっとは反抗なさい」


 魔王の前ではいい子ちゃんなのねえ。ちょっとだけ気持ちわかるわあ。わたしもサージェン家の人間の前ではいい子ちゃんでしかいられなかったから。

 歌を歌っている時だけは本当に自由になれたなあ。ルーティンも同じなのだろうか?


「おれは魔王国のリーダーになるんだから、これで良いんだよ」


 色々あるわよねえ。


「内輪揉めはいい加減にして、私の妻を返していただこう!」


 旦那さまの声に全体が緊まる。

 ほんとよね。人を誘拐しといて、リアル渡る世間は魔族ばかりのライブとかやめてほしいのよ。


「そう言われて、はい、そうですか。どうぞ。となるとでも?」

「ならないでしょうね」


 ならないでしょうねえ。

 ほんとどうやったら帰してくれるんかね。


「なら素直に歓待を受けて、元妻との別れを惜しみながら、身を引くのが正しいと考えるが?」

「正しい?」

「ああ」

「愚行をして、正しい行動とは魔王国の未来が心配になりますな」

「ああ?」

「図星をつかれるのは苦手ですか?」


 あらあらあらあら。旦那さま! 貴族的な嫌味とても素敵。

 珍しい旦那さまあ。

 はあああ。シビれるう。よだれたれるう。


「いい度胸だな。この場で滅される腹積りで来たのか?」

「魔王陛下。私は今ね腹をたてているのです」

「見たらわかるな」


 見たらわかるのよお。

 わたしのために怒る旦那さまが素敵で仕方ない。


「ハラワタが煮えくりかえって、幼い頃から食べているもつ煮込みになりそうなくらいです。貴方に切りかからないのは妻の身を案じているからただその一点に尽きるのです」


 わたしの腹の虫がぐうと謁見の間に鳴り響く。

 腹へった! マーサのもつ煮込み!


「(しばらく食べてないなあ。食べたいなあ。ポテトも食べたい。ほんと腹へった)」


 思考の延長で独りごちながら腹の虫をおさえる。そんなわたしの挙動を見て魔王は興味を持ったのかサイトーに問いかけた。


「歌姫の腹がそこまで鳴るもつ煮込みは食べてみたいな。そんなにうまいのか? サイード」


 おい、消音かかってるから腹の虫の音は聞こえてないやろ。

 え? もしかして腹の虫だけノイキャンしてないの?

 なんの嫌がらせだよ。と、ルーティンを睨むと小さく笑っている。

 くそう。


「ええ、絶品ですネ」

「今度お忍びで行くわ」


 魔王が楽しそうにサイードに語りかけていると旦那さまからの檄が飛ぶ。


「ふざけないでいただきたい!」


 魔王もそれに激して応える。


「先にふざけたのはそちらであろう!」

「(ごもっとも)」


 うんうん。それは魔王陛下のおっしゃる通り。

 しかし旦那さまにはふざけたつもりはないらしく。一瞬怪訝な顔をしたがすぐに真面目な顔で戻って、魔王への口撃をつづけた。


「私は魔王陛下の考えをサイトー殿に聞いて全て知っている」


 全てを知っている。

 その言葉の真偽を確かめるように、ちらりとサイトーを見る魔王。

 にっこりといい笑顔のサイトー。

 苦々しく顔を歪める魔王。ざまあ。


「本当にあちら側なんだな、サイード」

「好きに生きるが魔族の信条でしょう?」


 それはわたしの信条でもあるぞ。


「少しはルーティンを見倣って、親孝行の一つでもせえ」

「賢者殿への未練が断ち切れるようにという親孝行にございますヨ。ち、ち、う、え」


 聞くにこの魔王、数百年前に賢者師匠へ懸想して以来、その気持ちをずっと解消できないでいるらしい。

 師匠が魔王の気持ちを受け入れる事はないので当然成就する事はないのだが、その気持ちは歪み、この際弟子のわたしとルーティンでもいいやとなっての現状らしい。

 サイトーから詳細を聞いた時は呆れて物も言えんかったわ。そんな奴にわたしの師匠が振り向くわけないのよね。


「ええい、忌々しい漢女が! おまえの母親にそっくりだ」

「お褒めに預かり光栄ですヨ」


 実に楽しげに親をからかうサイトー。これくらいのざまあがわたしもよかったわ。


「魔王陛下にそんな純情があったとは聞いた時は驚きましたよ」


 横からはサイトーにからかわれ、前方からは旦那さまがからかう。

 魔王もカタなしよねえ。


「うるさいうるさい! そこまでわかっているのなら、俺の求婚を断るあの女が全て悪いと思って、馬鹿な顔した弟子をルーティンによこせば解決するだろう!」


 おい、おまえ今全方位に喧嘩売ってんぞ、おん?


「他人から妻を奪っていい理由にはなりませんね」

「全くヨ。見苦しいったらないワぁ」


 いいぞ。もっとやれ。馬鹿な顔ってなんだよ。それを言っていいのは師匠だけだからなあ。


「ガア。お前ら! 俺をなんだと思っている! 魔王だぞ!」

「それを承知で申しております」

「魔王だってんならそんなみみっちい事しないでほしいワぁ」


 なおも追い打ちかけるわたしの遊撃隊。

 反面、ルーティンの表情は無のまま変わらない。この娘、自分の事だってのにさっきから何も喋ってないわね。歌っている時はあんなに楽しそうだったのに。今は別人みたいだわ。


「うるさい! もうわかった! 文句があるなら魔族流に、歌姫を賭けてルーティンと決闘するが良い!」

「決闘の許可、有り難く存じます」

「とりつくろうな! さっさと敗れて文句を言わずに消えるがいい!」


 というわけでわたしを賭けた闘いは明日の朝イチから開催される事となった。

 だから、独裁政権のスピード感がえぐいのよ。

お読みいただきありがとうございます。

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