ライブと決闘
「ケダマ、疲れてないかい?」
「キュウ」
背中を撫でながら僕はケダマに問いかける。
疾走感と共に流れる風に乗って、ご機嫌そうなケダマの返事が聞こえてくる。
あの後、僕とケダマはすぐに屋敷を発った。魔王国に行くには聖域から真っ直ぐ北へ進めばいい。
既に一昼夜、聖域から魔王国に続く道をケダマはひた走っていた。身体的な疲れは見えないが、実際平気なのだろうか?
僕はたまにケダマの背中の毛に埋もれて睡眠をとっている。
これがまた気持ちがいい。
タニアがずっと撫でている気持ちがよくわかる。油断すると口の中に抜け毛が入っているのだけが難点だ。
大気中の魔素が濃くなっている事で魔王国の中枢に近づいている事を感じる。僕は一度魔素で死にかけた所為か耐性を獲得したらしく問題なし。ケダマはもちろん魔物だから問題なし。
だがどこまで行けばいいのだろうか?
漠然とした不安が押し寄せてくる。
僕がサーシャを助けるんだと意気込んできたものの。
手がかりは魔王国にいるという話だけ。
広大な魔王国のどこにいるかはわからない。
この道であっているのか?
ああ、だめだ。
すぐに不安になって足を止めようとするのは僕の悪い癖だ。
ケダマの毛皮に埋もれてだめな考えをかき消そう。
そしてこんな時はサーシャの歌を思い出せ。
そう考えただけで自然と頭の中で曲が流れ出す。
そうそう。『グリード』僕に欲を思い出させてくれた曲。
なんだよ。脳内でライブアレンジまでかけてくれるのか? 僕の脳は案外便利だな。
「キュウ!」
ケダマの声と共に背中が揺れる。顔だけあげてケダマの顔を確認すると、よく見えないが、しきりに前方をアピールしているように見える。
「どうしたんだいケダマ?」
「キューーー!!!」
僕の問いかけに、その必死さは増していく。でも何が言いたいのかわからないな。
なんだろう? 案外ケダマの頭の中でも同じ歌が流れてて共有したい感じだったりして。
「ははは。ケダマとの会話中も僕の頭ではサーシャの歌が鳴っているよ。すごくない?」
「ギュウ」
僕の言葉がよほど的外れだったのだろうか? 必死どころか怒りを感じる。
「わかったわかった前に何があるんだい?」
体を起こして前方を見ると黒山の人だかりが遠くに見えた。
あれは、ステージ?
そこから歌が聞こえてくる。
曲はグリード。
「脳内でなってたんじゃなくてほんとにサーシャが歌ってる!? ケダマはこれを教えてくれてたのかい?」
「キュ」
「という事はあそこにサーシャがいる。無事なんだ!」
「キュ」
「急ごう! ケダマ頼むよ!」
「キューーー!」
駆けるケダマのスピードがより一層早くなり、ステージはその大きさを増していく。
--------------------------------------------------------------
程なくしてライブ会場に着いた僕とケダマは観客の最後尾に位置取った。
ケダマは小さくなって僕の頭の上に乗っている。
「見えるかいケダマ?」
「キュウ」
「僕も見えるよ。サーシャだ」
「キュウ」
「歌ってるね」
「キュウ」
「よかった」
感慨に耽りながら貝合わせを聞いていると、隣に背の高い男が立った。
「辺境伯様、お久しぶりです」
「サイトー。これは君が?」
見知った顔を意外な場所で発見し、思わず殺気が漏れ出る。
「いえ、違います。あそこで奥様と一緒に歌っている愚妹の失敗であり、魔王国としては辺境伯に敵対する意思はありません。元来は愚妹がお渡しするはずだった魔王からのお手紙がこちらに」
僕の殺気をものともせずに懐から一枚の封書を取り出し僕に渡してきた。
「確認しよう」
サーシャの歌に耳を傾けながら手紙の封を開く。
中に書いてあったのは。
ヨーギイが仕出かした事への謝罪。王国からひき渡された後、死罪に処した事の報告。諸々の詫びとしての魔王国への夫婦としての招待。
それらが丁寧に記載されていた。最後には魔王の名前が記載されている。
僕が二枚にわたる手紙を封筒に戻すと、サイトーが横からタイミング良く声をかけてくる。
「となっております。おおむねそのままの意味ですが、魔王国への招待に関してだけは罠ですね」
「サイトーがそれ言っていいのか? 身内だろう?」
事前の調査で、彼はサイードという魔族の王子だと判明している。
それでもサーシャが信頼している人間だ。魔族であろうと関係ない。
サイトーもバレている事など百も承知だろう。
「いいのですよ。辺境伯様にはお世話になっておりますし、何よりアタシはトリサエちゃんが幸せになってくれるのが一番ですから」
「すまないな。サイトー」
「いえいえ、お礼を言われる事では。本当は招待に応じないように辺境伯領にてお伝えするつもりがこのザマです。逆に申し訳ありませんでした」
小さく頭を下げる。
僕に頭を下げているというよりは守れなかった自分に責任を感じている感じだろう。
「いや、ここでサーシャを守ってくれていたんだろう?」
真っ直ぐに。舞台上のサーシャから目を離さずに隣へ言葉をかける。
サイトーは僕の言葉に小さく鼻を鳴らして言う。
「アタシ、あの娘が大好きなんですよ。小さい時からサイトーサイトーってアタシみたいな半端者を慕ってくれてね。だからあの娘には絶対に幸せになってもらいたいんです」
「僕も同じ気持ちだ。絶対に僕はサーシャを幸せにする」
何度も誓って、何度もそれに失敗しているが。
今回は本当にする。
「言いましたね。ここまで来てしまったからにはトリサエちゃんを連れ帰るにはなかなか骨が折れますよ」
僕を試すようにサイトーは笑う。
「何が待っている?」
何が待っていようとも変わらないが。
「魔王は賢者の弟子であるトリサエちゃんを、あそこで一緒に歌っているルーティンの妻にしようと考えています」
「は? あれ女性じゃないか?」
いつの間に僕らのラブストーリーからユリユリ略奪愛になったんだ!
「魔族は幼体のうちは雌雄同体です。伴侶を決めて、そのときに雌雄を決める種族です。ルーティンも幼体ですからトリサエちゃんを娶るのであれば男になるでしょう」
「知らなかった。サイトーもそうなのか?」
筋骨隆々とした背の高い男の顔を伺う。
もしかしてサイトーもライバルになるのか?
「アタシは人間とのハーフなので肉体的な雌雄でいえば男で生まれました。ただ精神はふわふわとどちらとも決まらない感じですけどね。まあ大丈夫ですよ。アタシはトリサエちゃんの夫になる気はないですから」
「そうか、安心した。サイトーがサーシャを取り合うライバルじゃなくてよかったよ」
サーシャも僕とサイトーを天秤にかけるような状態は喜ぶまい。
ほうと息を吐き出している所へサイトーが釘を刺してくる。
「うふふ。トリサエちゃんを不幸にするようならアタシがさらいますよ」
わかってる。
「気をつけるよ。して魔王にその計画を諦めさせるにはどうしたらいい?」
「簡単な話です。魔族が伴侶を取り合うといえば」
「といえば?」
決闘ですよ。
とたくましい筋肉を誇示しながらサイトーは言った。
お読みいただきありがとうございます。




