マウンとポジション
「どうしたらいいのよう!」
叫んでから事態の収拾方法に思い悩み、頭を抱えていると。
『おじょう』
かかえた頭の中に声が響く。
「おじい!?」
辺りを見回すが誰もいない。
「どこなのおじい!」
『どこにもおらんがどこにでもおるよ』
あ、今はそういうスピリチュアあルな感じはいいっす。
「お、おう。よくわかんないけど、おじい助けて!」
『ふぉふぉ。おじょうは甘えん坊じゃのう。可愛いおじょうの言う事じゃ聞かんとのう』
「やった! おじい大好き!」
ほんと今はおじいだけが頼りなの。常識?人? もう全部に疑問符がつくけど頼りにしてるわ。
そう言った途端に淡い光がわたしの体を包んだ。おじい大好きって言われて嬉しかったんか?
『もちろんうれしいのう。じゃからぱわー特盛じゃあ。そしておじょうの良人はのう。指輪の力に支配された状態で、その指輪が急に消えたせいで精神が閉じ込められてた状態になっておるんじゃ。おじょうに渡した力で閉じ込められた精神につながれる状態になっとる。その力を使い、何らかの方法で精神を解放できればよし、できなければあの状態で固定されて木偶のまま一生を終えることになるじゃろう』
うーん。長い。わからん。
とりあえず。
「それってやばい状態?」
『おじょう風に言うならちょーやばい状態。じゃのう』
「おじいありがと。急ぐわ」
旦那さまに駆け寄る。
豚蛙(真)と豚蛙(偽)が邪魔をしてくるが、(真)を蹴り飛ばし、(偽)は光る手刀で真っ二つにしてやった。
旦那さまと向かい合う。
随分と久しぶりな気がする。
赫い瞳に光はない。銀色の髪も煌めいていない。
ただ生きているだけ。
語りかけると言っても。どうしたらいいのかしら?
「旦那さま」
シンプルに問いかけても答えない。表情も変わらない。瞳も揺らめかない。
そんな簡単だったらとっくに解けてるだろうしねえ。
「よし、色々試したろ」
とりあえず椅子に座ってナイフとフォークをかちゃかちゃするマシーンになってる旦那さまの手から全部取り上げて。椅子ごと持ち上げてちょっとダイニングテーブルから離してっと。
まずは軽く抱きしめてみる。
反応なし。
わたしの顔が若干赤くなって熱くなる。ちょっと胸あててしまったかもしれん。
頭を撫でてみる。
反応なし。
うむ、わたしが癒やされた。ちょっと旦那さま成分が不足していたからちょうど良い。
キキキ、キスしてみる。
反応なし。
ノーコメント。
歌をうたってみる。
反応なし。
これは自信があった。なんせわたしは歌姫サエトリアンだ。
歌姫なんだから歌で物事を解決するのが正しかろう。
でもダメだった。
これじゃあ、歌姫(物理)じゃないか。
ここまで暴力しか使ってない。
ああ。何してもだめ。
次第にムカついてきたわたしは拳に力が集まってくるのを感じた。
多分、これはやっちゃダメなヤツだと思う。
でもね。もう限界。
今のわたしは歌姫(物理)なのよ。
しゃーなししゃーなし。
思い切り拳を後ろに振りかぶり、前世のゲームセンターでやったパンチングマシーンを思い出す。
「簡単に操られた挙句! 眠り姫気取ってないで! いい加減に起きろゴラア!」
叫びとともに強烈な顔面パンチをぶちこんだ。
旦那さまはうけた衝撃を起点に回転しながら壁にぶち当たり、そこをぶち破って外で二、三回転がってから仰向けになって、ばたりととまった。
やば。やり過ぎたかも。
急いで壁の穴を障害物走の感じで飛び越え、外に出て、転がっている旦那さまに駆け寄る。
いったんストップ。
「だーんな、さまっ?」
後ろ手に組んでクネクネしながら近づいてとりあえず可愛く言ってみた。
天を仰ぎ微動だにしない旦那さまの様子を確認するように顔をのぞきこんだ。鼻は避けて、おでこ辺りを殴ったから外傷はそこまでなさそうだけど。ちなみに身体強化とおじいパワーを拳に集めてあったから額を殴ってもわたしの拳は無事である。
うーん。魅了が解けているのかそうでないのか。全く動かない状態だと判断がつかないなあ。
「もう一回殴ってみるか」
またも脳筋な思考が頭をもたげてくる。
しかしなあ。この状態でマウントポジション取ってパウンドかましたらトドメになりそうな予感しかしないなあ。と腕組みしながら悩む。
結果。
まーマウントとってから考えるかと思い至り、サッと旦那さまに馬乗りになってその顔を見ると、赫色の瞳から雫があふれ流れている事に気づく。
「ふぁ! 旦那さま!」
びっくりして思わずお腹に思い切り体重をかけてしまった。
「うぐぅ」
「重かったですか? 大丈夫ですか?」
うめき声はわたしの体重によるものなのか否かは置いておいて。声をかけても呻いては泣くばかり。マウントポジションが嫌なのかと考え、馬乗りから、顔の横あたりに腰を下ろしてみる。
「えーと? 元に戻ったのですか旦那さま」
「ぼ、僕は」
おお喋った! どうやら元に戻ったようだ。
やっぱり最後にモノを言うのは暴力かあ。などと歌姫らしからぬ考えが頭をよぎったので自己催眠で消しておく。
「どうしたんですか旦那さま? そんなに泣いて。わたしのパンチが痛すぎました?」
「ぼくは弱い」
そう言ってはまたひぐひぐと泣く。
「うん? なに言ってんですか。わたしのマジパンチ受けて無事なんですから強いですよ旦那さま」
「ち、違うんだサーシャ」
「おん?」
違わんぞ。
旦那さまは辺境伯チーム内でフィジカルナンバーワンだ。誇るといい。
「君にひどい事をしている間も、あの女に良いようにされている間も僕の意識は残っていたんだ」
「ああ、それはきつかったですねえ」
それで泣いてるのか。まあロゼリアに抱きつかれたりされたらさぞ苦痛だったでしょう? とは言っても男の子なのだからそんなので泣いちゃダメですよ。確かに弱いかも。
「自由を取り戻そうとどうやってもがいても、サーシャへの攻撃衝動を抑えるくらいだけしかできなかった」
「ああ、あの時動かなかったのは旦那さまが頑張ってくれていたのですね。ありがとうございます」
だいぶ心が弱っていたからあそこで旦那さまとのマジバトルが始まったら確実に負けていたので助かりました。
えらいえらい。
ご褒美に膝枕して差し上げましょう。ぐふふ。いそいそと旦那さまの頭側に回り込み、頭の下に膝と太ももを差し込む。旦那さまの銀髪がいつものきらめきを取り戻している。手で持ち上げると指の間をさらりと流れていく。
ぐふふ。帰ってきたあ。
「違うんだ! 違うんだよ! サーシャ!」
太ももの上で旦那さまの後頭部が否定のためにコスコスと左右に動いてこそばゆい。
「旦那さま、そんなに動いたらくすぐったいですって。ところでなにが違うんですか?」
「……僕は、ずっと君に守られてばかりだ」
「そうですか? そんな事ありませんよ。公爵家のちょっかいからわたしを守ってくれたじゃないですか。しかも今回だってわたしの身内であるロゼリアの馬鹿に巻き込んでしまったし」
「それも全部僕が弱いからだ」
「うーん。見解の違いですかねえ」
夫婦喧嘩っぽくて良いですねえ。
うれしいなあ、ちゃんと旦那さまが帰ってきて話ができるって。
膝枕も。ぐふふ。
「僕の精神が強ければあんな魔族の力に囚われて君を悲しませる事もなかった」
「あー。あれはちょっときつかったですね。何というか過去のトラウマ丸ごと抉られた感じでしたからあ」
おじいも旦那さまも全部無くしたと思ったからなあ。まともな思考もできなくなってたし。反省反省。ネガティブはダメねえ。しゃーなししゃーなしの精神サイコー!
「ほら! 僕がダメだったからだ!」
あら、しまった。今は旦那さまがネガティブのターンなのねえ。もうかわい。なでなでしちゃう。
まあ。
「そこに原因がないとは言わないですけど、そもそもの失敗はわたしが敵地に来ている事を忘れて旦那さまから離れた事が原因ですからねえ。不幸な事故ですよ」
「腕に触られて名前を呼ばれたくらいで支配されるなんて精神鍛錬が足りないんだ!」
「あ! それ! ムカつきました!」
そうそれ! あの豚蛙! 他人の旦那さまを名前で呼びおって。わたしですら読んだ事ないのに。呼び方変えるタイミングって難しいよね。勇気の出ないわたしですわ。
「ご、ごめん」
「いや、旦那さまじゃないですよ。あのロゼリアの豚蛙の話です!」
「そ、そうか」
「さ、旦那さま。少し元気になられたようですからさっさと用事を済ませて我が家に帰りましょう」
さっさとフランツに仕事ぶん投げて帰りましょう。
膝枕から上半身を起こし、肩を貸して立たせると屋敷に向かった。
途中、ロゼリア(真)がうめきながら近寄ってきたから顔面をサッカーボールキックで蹴り飛ばした。
そのまま屋敷の方に飛んでいき壁にぶち当たってのびたのを確認して満足して歩き出す。
よしよし。
と思ったら今度はロゼリア(偽)が上半身だけで旦那さまに近寄ろうとしてきた。しゃーなし! 残ったおじいパワーを足にこめて踏みつけると、こちらは綺麗に霧散した。ロゼリア(真)の方も霧散してくれないかな?
よしよし。
ぬふんと自分の強さに満足して鼻息を漏らしていると横で旦那さまが小さくつぶやいた。
「僕は強くなる。君が弱くあれるように」
「ぐふふ。旦那さま。うれしいです」
「本当だよ」
その言葉は小さく、内向きな言葉だった。
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