決戦と指輪
決戦の朝。
荒屋で目覚めたわたしはかろうじて生きていた水路で顔を洗い、身なりを整え、公爵家の屋敷へと乗り込んでいた。お家お取り潰しの状態でなおのうのうとダイニングで朝食を食べているであろうクソ公爵家に鉄槌を下すためだ。
正面玄関を蹴破る。
その音に使用人がわらわらとわいてくるが、それを一蹴してそのまま左側へと進んでいく。おじいを探したときとは逆の方向だ。こちらには応接室やダイニングがある。
派手なだけの内装、極彩色の絵画、赤青緑で塗りたくられた壺。
全て視線の端に流して真っ直ぐに進む。
追いすがり、足にまとわりつく使用人を吹き飛ばした時に派手な音がしたけど気にしない。脳内で曲をガンガンに流し、それにあわせて歌い、身体強化が尋常じゃないくらいに高まる。
目の前にダイニングへ続く扉が見えた時にそれは最高潮に達した。
偽りの団欒。
その象徴である扉を蹴りつける。
重厚な二枚扉は派手な音を立ててダイニング室内に飛んでいった。
「ロゼリアああああああ」
旦那さま顔負けの咆哮を放つ。
「ピギャア」
その声の大きさと頭上を飛んでいった扉に驚き豚が鳴く。フランツとレイヤは流石の胆力で微動だにせず、朝食の茹で卵をスプーンで掘っている。
旦那さまは……いた。反応はない? 瞳が一瞬揺らいだ気がしたのはきっとわたしの目が曇っているせいだろう。
「お、おぶおぶおぶつじゃない! 辺境伯夫人であるわたしに対してなんの身分もない平民女が失礼よ!」
汚物オブ汚物はお前だろうが。
「黙れ豚が」
「ぷぎいいいいいいいいい」
暁に豚が鳴くぜ。
今は豚にかまっている暇はない。旦那さまを正気に戻さなければ。
「旦那さま」
声をかけるが反応はない。
無言でこちらに一瞥もくれず、ソーセージの皮を綺麗に剥いで中身を一口大に切って口に運んでいる。
上品な旦那さま。
「汚物ぅ! 私のクラークに声かけてんじゃないわよぉ! この泥棒猫!」
「うるせぇ! わたしが泥棒猫ならあんたは泥棒豚蛙じゃないの!」
かわいい猫ちゃんにゃーんなのよ!
お前は田んぼでぶうぶう鳴いてりゃいいのよ。
「い、言うに事欠いて、私が豚蛙ですすすって!!!」
「見たまんまやろ」
「は?」
興奮して言葉もまともに発せない状態のロゼリアに冷静に事実を告げると口をぽかんと開ける。口の中に食べかけのソーセージが残っているのが見える。そんなところまで汚い。
「お前この人生の中でどこどうやったら自分が可愛いって思えたん? 鏡って知ってる?」
「し、知ってるし! ず、ずっとよ! お父様もお母様もお兄様も私の事を可愛い可愛いって言ってくれたし、公爵家の使用人もお美しくてございますって言ってくれたし……ずっとよ!」
「ほーん。それ身内じゃないのよ。身内じゃない社交界ではどうなのよ?」
「は?」
都合悪くなると口を開けるマシーンかな?
「は? じゃないのよ。社交界でどうだったんよ? その指輪を使わない状態では、よ?」
「な、なんでこの指輪のこと……」
おじいに指輪の事を聞いてから、王様から密かに聞いてたロゼリアの悪評とそれが合致したのよ。社交界でなぜか公爵令嬢が色々な令息に粉をかけて困っているって話だった。
全部指輪でやってやがったなこの野郎。
「こちとら全部わかってんのよ。旦那さまをその指輪で操ってる事も、社交界でその指輪を使って男操って侍らせてたこともさ」
「ち、ちがう! これはお兄様がくれた指輪だからずっとしてるのよ。ロゼリアの魅力にみんなが気づく魔法の指輪だよって!」
きましたよ。グレッグ。
「そのお兄様は魔族と繋がって悪事を働いた上に王族に対する謀反の罪で投獄中ですが? ちなみにそれからも魔族の匂いがぷんぷんしますが?」
「え?」
話が通じねえ豚蛙だな。
もうその間抜けづら飽きたってのに。
「それ多分メイドインマゾクだよって言ってんの」
「なにそれ?」
「だからデベロップドバイマゾクだってば」
「け」
「け?」
リアクション変わったな。
何だ? 怒ってるでもない。嫌がっている感じ?
「穢らわしい! 穢らわしい! 魔族魔族! あの汚くて野蛮でああああああ!!!」
ロゼリアは狂ったように指輪を抜こうとするが太っている指からは中々抜けない。
「い、痛い! 痛いけど抜くの! ああああああっ!」
指の肉をぐりぐりとし、指の関節を無理矢理通し、なんとか抜けた指輪は豚の血で汚れていた。
わたしはロゼリアの狂乱に少し落ちつきを取り戻し、石鹸かなんかでやりゃ抜けるのになあ。
なんて考えながら豚蛙を眺めていた。
狂乱の豚蛙ははずした指輪を床に叩きつけてさらにそれを踏みつけている。
「まぞ、まぞく! まぞく! まぞく! まぞ、まぞく!」
「おい、ロゼリア。魔族に親を殺されたわけじゃないし、ちょっと落ち着きなよ」
「ぷぎいいいいいいい! うるさいのよおおおぶうううつうううう!」
わたしの言葉にさらに強まったロゼリアの地団駄。
その下にある指輪はとうとう豚蛙の体重に耐えかねて、ピシリと小さく泣いた。
途端、指輪に入った小さな亀裂から大量の魔素が溢れ出す。
「ぷぎぃ」
それに驚き、ロゼリアは鳴き声をあげて尻餅をついた。
上昇した魔素は徐々に固まり、だんだんと人間の形になっていく。その形は見覚えのある形になる。不摂生で浮腫んだ顔。太い胴体。短い手足。
目の前で尻餅をついているロゼリアそっくりだった。
「あ」
「あ?」
宙に浮いたロゼリアの形をした魔素の声にロゼリアが反応している。
「あああああああ、わたしを見てえええええええええ」
さらにロゼリアの形をした魔素が叫ぶ。
「わたしを可愛いいいいいいいいって言ってえええええええええええ」
本体の叫びよりも聞き苦しい声だ。
「なんで?」
ロゼリアの本体は本体で尻餅をついたまま魔素を呆然と眺めている。
なんでってこっちが聞きたいがな。
魔素ロゼリアはキョロキョロと辺りを見回した後、旦那さまを見つけた。
「グラーグゥ」
一言発して、そちらに飛んでいき、腕を絡める。旦那さまは無反応でコーヒーを口に運んでいる。
お前もお前でまだ解けとらんのかい! 指輪はもう壊れたろうが。
「それはあだしのクラークよぉ」
その様子を見た豚蛙の本体も旦那さまに走り寄り腕を絡める。旦那さまはそれにも反応しない。
お前ら双方のものではない。わたしの旦那さまだ。
しかしそんな事を今言った所で何も始まらない。
旦那さまの右腕にしがみつくロゼリア(魔素)。
左腕にしがみつくロゼリア(肉体)。
それを意にも介さずカチャカチャと食事を続ける旦那さま。
カオス。
「もうっ! しっちゃかめっちゃか過ぎて! どうしたらいいのよう!」
考えなしで突っ込んだわたしもわたしだけど、なんでここまでぐっちゃぐっちゃになるのよ。
サージェン公爵家って本当に馬鹿なの?
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