おじょうとおじい
さて、本当にこれから忙しくなる。
辺境伯領はここからだいぶ離れているから、旅の支度を念入りにしなければならないのと。領内の人間へあいさつ回りと。歌魔法の訓練もあるし、辺境伯の情報収集も必要だ。
「あーーーーーー」
めんどくさ。
となった私は裏庭にいます。裏庭には2羽サーシャがいます。すみません。言いたかっただけです。
本当に単純な逃避ならいいんだけど。
私は今から、言うべき事を、言うべき人に、言わなければならない。
だから裏庭にいても今日は歌えない。こんな日の歌はきっと草木を枯らしてしまうから。
「なんじゃ? おじょうが泣いてるなんて、最近にしてはめずらしいのう」
うそよ。
「泣いてなんかないわよ。おじい」
「ふぉふぉふぉ。小さい頃のおじょうと同じ言い訳じゃのう」
そんな私を知ってるのはおじいだけよ。
「ねえ、おじい」
「なんじゃ?」
「……なんでもない」
「ふぉふぉ、今日のおじょうは何から何まで小さい頃のままじゃの。昔から言いにくい事がある時はなんでもないじゃったものなぁ」
「……」
「懐かしいのぅ」
「おじい──」
一緒に来て。
想いを言葉にしそうになる。
でも絶対に言えない。
そんなの老齢のおじいには死んでと言うようなものだ。
「なんじゃ?」
「──なんでもない」
「ふぉふぉふぉ」
クシャクシャな顔で笑うおじい。決して私に何かを強いたりしない。いつでもずっと私を待っててくれるおじい。
わたしのおじいちゃん。
「わたしね。ギネス辺境伯領にお嫁にいくの」
「そうかそうか。おじょうももうお嫁にいく年か。はやいのう」
「うん」
言葉にならない。
「おじょうはかわいいのう。おじょうはかしこいのう。おじょうはやさしいのう。おじょうは何でもできるのう。おじょうはおじょうじゃのう」
指折り数えだすおじい。
「ふふ。急にどうしたのよ、おじい」
「じゃからの。おじょうはどこへ行っても大丈夫じゃ」
「うん」
「幸せにおなり、おじょう」
そう言って頭を撫でてくれた。
小さい頃のように。
わたしはずっとこの手に救われてきた。
「おじょうは泣き虫じゃのう」
うそよ。
おじいの前でしか泣かないわ。