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ロゼリアとクラーク

 わたしはただ丸く。小さくなっていた。


「おーぶーつっ!」


 そんなわたしの背中が、汚い声と一緒に後ろから蹴られた。

 軽く体が揺れるが今はそんなのどうでもいい。おじいがいなくなったのだ。


 どうせこの声はロゼリアだろう。

 ほっといてくれよ。


「無視してんじゃないわよ!」


 さらに背中を執拗に蹴られる。少し痛みが戻ってきた。

 正常な思考が帰ってきたって事か? ここはロゼリアに感謝する所か?


 自分の皮肉な思考に少しだけ笑える。


 でもさすがにこうもしつこいと少し腹が立ってくる。

 どうしてこうサージェンの人間はわたしに敵意を向けてくるのか。

 ずっと我慢を重ねて恨まないようにしてきた。


 しゃーなししゃーなしでのらりくらりとやってきた。


 こんなに悲しい気持ちの時くらいほうっておいてくれてもいいじゃない。

 王様にだって一族連座の死罪はやめてもらうように頼んであげたのに。

 どんな事をされても許してきたじゃない。

 悲しみに浸ることも許してくれないの?


 ならさ。


 もういいか。


「うっさい!」


 顔を上げて怒りの感情に任せた歌で身体を強化する。

 うずくまった体勢からガバッと立ち上がり、うす汚い声の主の胸ぐらを掴み、捻り上げる。

 身体強化された力によって容易にロゼリアの足は地を離れる。


 そうして持ち上げた姿を久しぶりに見る。


 ロゼリアは声同様、汚い姿をしていた。

 来ている洋服はもちろん高級で華美だ。アクセサリー類も一級品であることは見てわかる。


 でもそれだけだ。


 その中身は……。


 不摂生により浮腫んだ顔に、荒れた肌。

 太い胴に生えた短い手足をバタバタと揺らして必死で抵抗している。


 なんだこの汚く醜い生物は。

 汚物はお前だろう。

 外見だけではこんなに汚く醜くは感じないだろう。

 中身ってのは大事だな。


 ああだめだ。

 こいつを見てるだけでどんどんと黒い感情が湧いてくる。


 こみ上げてくる嫌悪感そのままに、持ち上げたまま軽く壁に叩きつける。


「びゃ」


 潰れた蛙みたいな声。

 なんで今までこんなのに情をかけてたのかしら。

 すっきりしない。


 さらに数回壁に叩きつける。


「びゃびゃびゃ」


 回数ごとに汚い鳴き声をあげる。

 すっきりしない。


「や、めなさい。こんな事したら私のクラークが黙ってな……ぎゅり」


 誰がお前のクラークだ。

 さらにムカついて喉を潰すように壁に押しつける。

 それでもすっきりしない。


「げびゃっがふ」

「他人の旦那さまの事を名前で呼ばないでくれる?」


 わたしもまだ名前で読んだ事ないのに。


「キャヒヒ。もう汚物の旦那さまじゃないわよ」


 咳き込みながらわけのわからない事を言うヒキガエル。

 本当に息の根止めたろか。

 そうしたらすっきりするだろうか?


「適当な事言わないでくれる?」

「辺境伯があんなに綺麗だなんて知らなかったわ。あの筋肉最高じゃないの! うちにはいない筋肉だわ」


 それには同意だがお前が言うな

 旦那さまの筋肉を語るロゼリアの瞳に汚い光が灯る。


「だからそれがどうしたの? ロゼリアには関係ないでしょ」

「これだから汚物は。ほんっとにぶいのよね。私が私のだって言ってるんだからもうあんたのじゃなくて私のクラークなのよ」

「だから名前で呼ぶな」


 さらにきつく喉を締め上げる。苦しげな声を上げるが、瞳にはさらに爛々と汚い光が増している。

 なんだって言うの?


「こんな事したって無駄だから。もう遅いのよ」

「は?」

「あんたが目を離した隙にクラークは私に夢中になったわ。辺境伯夫人の座はわたしがもらってあげるからあんたはクソみたいに落ちぶれたこの家で奴隷みたいに暮らしていきなさい。元に戻っただけだから平気でしょう?」


 カチリ。

 ロゼリアの言葉で自分の瞳に瞼ではない何かが上下したのがわかった。


「よし。おまえ」

「なによ?」


 この後に及んで自分が優位だと思っている。

 なら。


「もういいや。燃えて死ね」


 垂れ下がっている短い右腕に放射熱線を放つ。


 一本ずつしっかりと灰になるまで焼いてやるからな。


 暗い暗い感情がどんどんと目の前を曇らせる。


「なにこれ! あつ! アツい!!! やめ、やめてっ!」

「わかってるから黙れ」


 こんな感情は初めてだ。


 旦那さまの言っていた怖いってこれかあ。


 まあもういいや。


 声にさらに振動をこめる。

 ロゼリアの腕に熱が発生していることがわかる。

 あまりの熱に無様な豚が鳴く。


「た、助けて! クラーク! クラーク早く助けなさい!」


 お門違いな所へと助けを呼ぶ薄汚い声。


 それと一緒に放たれたよくわからない波。

 なんだこれはと視線をロゼリアから外した。


 その瞬間。


 強い殺意にわたしの心臓はぎゅうと掴まれた。

 思わず声が止まり、胸ぐらを掴んでいた手の力が緩み、ロゼリアを落とした。


 得体の知れない恐怖に二、三歩後退する。

 その空いたスペースに何かが落下してきた。


 土煙が目の前を塞ぐ。

 その土煙から現れたのは。


 獣。


 わたしのよく知っている獣。


 でもわたしの全く知らない獣だった。


「く、クラーク! そこの汚物を! さっさと片付けて!」


 そんな獣にロゼリアは偉そうに命令をする。


「……」


 獣は動かない。

 瞳は赫い。

 髪は銀色だ。

 でもわたしを無視する。

 わたしもこの人を知らない。


「旦那さま?」


 問いかける。

 貴方はわたしの旦那さま?

 甘い声も。

 溶けるような瞳も。

 優しい手も。

 わたしにむけてくれない。

 貴方は?


「ああ、もう! なにしてんのよ! アツいのよ! ヒール(小)! ヒール(小)!」


 ロゼリアは動かない旦那さまに痺れを切らして内部が燃えたであろう右腕に必死でヒール(笑)をかけている。

 白魔法を授かって大事にされてきた公爵令嬢はよろしいですね。

 今はそれどころじゃないのよ。


「……」

「なんでなにも言わないの?」


 ねえ。本当に貴方は旦那さまじゃないの?


 いつも二人の時に歌った歌。

 貴方が旦那さまなら覚えてるでしょう?

 耳に届けてあげる。

 左右不揃いな貴方の耳だけに。


「ガッ」


 感情のない赫い瞳が揺れた。

 だがわたしをわたしと思ってはいない。

 ああ。

 貴方は本当に旦那さまで。

 本当に旦那さまじゃないのね。


「なにやってんのよ! 使えない獣ね! もういいわ! さっさと私を連れて帰りなさい! もう腕が痛くて歩けないのよ。一晩中摩りなさい!」


 下卑た顔で豚蛙がなんだか泣いているけどわたしにはなにも聞こえない。


 その命令には大人しく従って、獣はロゼリアを胸に抱いて消え去った。


 ここには。

 おじいもいない。

 旦那さまもいない。


 なにもかもなくなっている。


 やっぱり来なければよかった。

お読みいただきありがとうございます。

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