ファンとミーティング
王都のメインストリートを旦那さまとわたしは歩いている。
辺境伯領に帰る前にすこし観光をする算段である。街づくりに良いところがあれば帰ってから参考にもできるであろう。領主っぽ。
それにしてもさすがは王都の目抜き通りである。
道幅は広く、馬車も立ち入り禁止となっており、貴族や商人など裕福な人間から、ハレの日の平民らしき人間まで幅広い客層の人間が各々楽しそうに歩いている。
立ち並ぶ店々も多種多様で王国の繁栄が見てとれる。全体からいい意味で浮かれた。ふわふわとした浮遊感が感じられ、初めて訪れるわたしのウキウキ感はさらに大きい。
それを旦那さまは感じているのか、今日はわたしの腰に手を回し、しっかりとホールドされている。
でもうれしい。
ぐふふ。
「旦那さま。今日はどこへ」
密着した状態で斜め上に視線を投げる。
なにげに初めて見るアングルかもしれない。いつもは赫い瞳や銀色の髪に気をとられて見えてなかったけど、実は鼻も高い事に気づく。
細く長く通った鼻筋がとてもいいバランスで少し上向きに伸びていて小鼻も小さくとても美しい鼻だ。
そんな新鮮なアングルの旦那さまの顔に見惚れていると旦那さまはわたしの質問に答える。
「今日はサーシャの服を買おうと思っているよ」
「わたしの服ですかあ?」
えー。
そんなにこだわりないなあ。今の服が割と楽ちんでいいんだけども。
「ああ、貴族どもがサーシャの服を見て貶してきただろう?」
腰に回した手に少し力がこもる。
旦那さまも聞こえていたのね。
「うーん。確かにわたしの服は貴族的ではありませんからね。あいつらの言う事ももっともではありますよ」
目立つ服などはサエトリアンで着たいだけ着られるから正直わたしは好まないし、普段着る服は肌触りがよくて柔らかめでふわりとしたデザインを好む傾向がある。色も生成りが好きだし。ガラや刺繍も必要とは思えない。
「僕もサーシャが派手な服を好まないことは知っているが、やはり謁見の間で有象無象の貴族どもに言われた言葉は看過できない」
「あれって旦那さまも聞こえてたんですね。わたしの耳にだけ入ってきたと思ってましたよ」
てことは結構な大きさで言われてたんだな。
辺境伯より爵位も低かろうに。結構なチャレンジャーだな。
「あれだけ堂々と言われれば聞こえもするさ」
「あれでも貴族っぽい服を着ていったつもりだったんですけどねえ」
あくまで、っぽい服でしかなかったから、貶されるのも当然だろうけど。
「それにだ」
「はい?」
なんでしょう?
「サーシャは可愛い」
「なんですと?」
「あの貴族は醜女とも言っただろう」
「ああそこ」
わたしもそこに関しては許していない。次にあの顔を見かけたら二、三日嫌な気持ちになる洗脳をしてあげようと思っているくらいには気にいらない。
が。今は旦那さまの熱視線でそれどころではない。瞳からかわいいかわいい光線が出ている。
ぐわやられたあ。顔が熱くなるのを感じる。
「ただでさえ可愛いサーシャは着飾ったらもっと可愛くなるだろう」
「は」
やめろ。容姿をほめるな。
どんどんと顔に赤が灯るのを感じる。
「サーシャ顔が赤いな」
「……旦那さまのせいですけどお?」
上目遣いで必死の抗議。
ぐう。お前のせいやぞ。
「そこもサーシャの可愛くてたまらないところだ」
腰を抱く手に熱がこもったのを感じる。
ああ、王都のメインストリートで腰からくだけそうだ。いかん。それだけはいかん。
逃げる。わたしは逃げるぞお。
「ほ、ほら洋服店がありました。あれですよね? 旦那さま?」
そう言って指差したのは洋服店かもわからん看板。
視線の移った旦那さまの熱い手からするりと逃げ出す。
「ん? ああ本当だ。よくわかったねサーシャ。ここだよ。王都でとても評判がいいドレスショップだと聞いたんだ」
おっとビンゴ! なんと無駄な奇跡だろうか。
だがまあいい。メインストリートで腰くだけて恥を晒すよりなんぼもいいだろう。
「早く、早く入りましょう」
「……そうだな」
と少し不満そうに目的のドレスショップの扉を開けてくれる旦那さま。
エスコートされてその中に入ってみれば。
目に飛び込んできた。
ドレス。ドレス。ドレス。
ドレスの海だ。
「あらま」
「おお」
後から続いて入ってきた旦那さまも感嘆の声をあげる。
「壮観ですねえ」
「そうだなあ」
その迫力に驚き、入口で止まるわたしたちに一人の女性が声をかけてきた。
「いらっしゃいませぇ」
語尾が上がるイントネーションでわたしたちを迎えたのはいかにもマダムといった感じの女性で年齢は不詳である。
三十路と言われればそうかとなり、五十路と言われれば貫禄からそうかとなりそうな女性。
「本日はドリードレスショップへようこそ。あたくしはオーナーのマダム・ドリーと申します。以後お見知りおきを」
言葉の内容とは裏腹に、なぜか挑戦的な色を含み、マダムは優雅に頭を下げる。
そしてつばの大きな帽子がそれにあわせて揺れた。
貴族に対して着帽のままの礼とは怒る人間もいそうだが。不自然な声の感じからするとこれで怒るような人間はお断りって感じなのかな?
もちろんギネス家はそんな事を気にはしない。
「ああ、本日はよろしく。私は陛下経由で予約をしていたクラーク・ギネスという者だ」
「わたしはサーシャ・ギネスです。よろしく」
フラットな感じの挨拶。
斜めになった帽子のつば越しから眇める様な視線が少し開かれた。
「あらまあ。聞いていた以上に素敵なご夫婦だこと」
声の感じから挑戦的な色が消えた。
やはり着帽からの挨拶はマダム・ドリーの試験だったようだ。もしかして王家経由で無理に予約をとった感じなのだろうか? だとしたらほんとに申し訳ないし、この試験を投げられるのも当然だろう。
しかしこの感じだと合格したのだろうし、結果よかったよかった。
証左のようにマダム・ドリーはうんうんと納得するように頷きながら旦那さまとわたしを交互に見比べる。
旦那さま。
わたし。
旦那s、からのわたし!
行き来する視線がいきなりわたしに戻ったかと思うと。
「あなた!?」
「へぇっ!」
肩をガバッと掴まれたわたしの喉から変な音が出た。
大きなつばがぴこぴこと揺れている。
「勘違いだったらごめんなさい」
「はぁ」
帽子のつばって感情と同期して動くんかな?
「貴女、もしかしてサエトリアンではなくって?」
「あ、はい。一応その名前で歌姫やらせてもらってます」
「あらあらあらあら!」
大仰に驚くマダムに驚くわたし。
ちょっと引いております。わたし。
「ご存じ、です?」
「ご存じも何も! あたくし貴女の曲が好きでねぇ。レコード一枚だけ手に入れたんだけどそれをずっと聞いてたのよぉ。あぁ、ほんとに! レコードの表面に描かれてた似姿にそっくりだと思ったのよ! 軽くうねった金髪に、仮面の下に光っているローズピンクの瞳、鼻筋も、くちびるも、全部! ああ、こんな所で会えるなんて! 初めは無理矢理王家の名前で予約をねじ込んできた嫌な貴族かと思ってましたけども! 違った上に! サエトリアン! この仕事して王族に名前を売っておいた事を今日ほど感謝した事ないわ!」
「お、おう」
長い。
簡単に言って領民だった。
マダムのセリフはまだ続いているが、ちょっと熱すぎて耳に入ってこない。
旦那さまはマダム・ドリーの反応に同意しかないみたいな顔で目を閉じて頷いている。
旦那さまはうんうんと同意してないでファンをはがしなさい。
「ごめんなさいね。つい興奮しちゃった」
結局、旦那さまのはがしはなく、ひとしきり感動をわたしに伝えきったマダム・ドリーは冷静さを取り戻し、わたしに謝ってきた。恥ずかしそうに帽子のつばが揺れる。
かわいいなこのマダム。というかこの帽子。
「いえ、わたしの歌を聞いてもらえて嬉しいです」
「本当に貴女の歌には何度救われたか」
うれしい。
「そう言ってもらえると歌姫冥利につきます」
今しれっとした顔してるけど心の中、ちょーグフグフしてます。
「ご婦人、なんのレコードを聞いていたのかお聞きしても?」
マダムとわたしの会話に横からファンクラブ会員番号ゼロ番のギネス辺境伯さまが耐えきれず入ってきます。
そんなクラブないけどね。
いいや。旦那さまに任せてしばらく心の中でグフグフしてよ。
「ええ、もちろん構いませんよ。吐息というレコードです」
吐息かあ。あれも我ながらよくできた曲よねえ。
あれを聞いてくれてたのかあぐふふ。
「ああ、吐息! 僕も持ってますよ。あれはいいですね。題名からは悲しい曲かと思えるんですけど、実際は一日の苦労も何もかも、大事な人の手を握ってつく吐息で幸せで暖かいものに変わっていくって良曲ですよね!」
「そうなんですよ! あたくしもこんな商売してるでしょう? 有名になる前は貴族や商人に何度も煮湯を飲まされたんですけどねぇ。それでも家に帰って小さな子供の手を握ってその手を見て息をこぼしていた事を思い出して。ああ、今思いだしても感情が……もうごめんなさいねぇ」
目頭を押さえて言葉に詰まるマダム・ドリー。
それを見て、わかりますよ。マダムに同意する旦那さま。
ああ。
なんだか。
王都でもわたしの歌を聞いてくれている人がいて。
それで救われている人がいて。
わたしまで目頭が熱くなってくる。
歌っててよかった。
そんな事をつらつらと考えているうちにマダムが復活した。
「ああ、もうあたくしったらダメね。大好きなサエトリアンが来てくれたっていうのに。さ、切り替えてしっかり仕事させていただきますね」
「ああ、そうだった。今日はサエトリアンのファンミーティングかと思ってたよ。すっかり忘れていたが、サーシャの服を買いに来たんだった」
おい、まて旦那さま。さらっと言ってるけど何に出席しとるねん。
睨みつけても旦那さまはどこ吹く風で実に嬉しそうな顔をしている。
しゃーなし。許そう。かわい。
「実はお店に出していないとっておきのサエトリアンをイメージした服を何着も作っているのですよ。ぜひ見ていただけませんか?」
「おお! それはぜひ見てみたいなマダム!」
「ええ、ええ。ぜひ見てくださいな。同好の辺境伯様にはきっと満足していただけると思いますよ」
少々お待ちをーーと言って裏に引っ込み、しばらくすると両手に抱えきれないほどのドレスを持って戻ってきた。
そのまま店内中央に配置された作業台のような見た目の机にドサリとドレスを置くと、マダム・ドリーは一着一着、説明を始めたのだった。
これはまたファンミが始まる流れなのだろうか?
「これは吐息を聞いた時の初めての印象から作った服でただ暖かいイメージで作ったドレスです」
「ほう、確かに暖かい。サーシャに似合いそうだ」
「そうでしょう? ですがまだそれは未熟なのです」
「なんだってえ!」
ちらりとわたしを見る。
かわい。かわいけど、今はほめないぞ。あれはわたしと旦那さまだけの秘密のやり取りだからな。
それにほめられるのはうれしい。うれしいけどはずかしいのだ。
旦那さまは反応しないわたしに少し寂しそうな顔をするが、すぐにマダムの話に耳を戻す。
「こちらをご覧ください。こちらはそれからさらに吐息を聞き込んで、あの歌がただ暖かいだけではなく、実は悲しみや苦しみと幸せや楽しみがまだらになって重なり合って、それでも暖かくなっているんだという事に気づいてから作った服です。表面上暖色系のスカート部分になっていますが、ほらここがヒダになっていて中には寒色を配置しています。表面の布地がわずかに透ける生地になっておりますのでヒダの下の色がうっすら見えるけどやはり全てを幸福が包みこむ! 吐息ドレスの完成形だと自負しておりますの!」
「まさに! 僕のあの歌に対する解釈もそうなのです! だから辛くても苦しくても肯定できるんですよ」
「ええ、ええ。そうでしょうともさすが辺境伯様ですわ。アタクシこの王都においてここまで語り合える方は初めて出会いましたのよ! まだ服はありますからもっと見てくださいまし!」
こんな感じで小一時間。
服を説明するマダム・ドリー。
それの全てに共感し、感激する旦那さま。
両名の着せ替え人形と化した無の表情なわたし。
結果。
全てのドレスを購入して、わたしたちは帰路についた。
お読みいただきありがとうございます。




