ヨーギイとヨーギイ
コネ男爵の死体の始末などをしている間、一旦の休憩を挟み。
断罪は再開された。
魔族が出現した挙句それが瞬殺されたこの状況下でなおまだ断罪を続けるんかいと内心思っているが、それは言わぬが花であろう。言っても何の得もないのだから。
もはや誰の何の断罪かもわからない状況ではあるが再開された。
どうあっても法廷は回るのである。
小一時間してから再招集されたのはサージェン公爵、ギネス辺境伯、そして夫人のわたし。
裁くのは宰相と王である。
流石に魔族がでたことにより、野次馬をしたい貴族どもは逃げ出したらしく。
少人数での断罪となる。
「久方ぶりに面白い断罪劇だな、宰相」
「王よ! 人間が魔族化して、その者が死んでいるのですぞ! 面白いなど」
「くはは。許せ許せ。俯瞰で見ている余からすればこの世は全て喜劇よ」
「王よ」
鷹揚に笑う王と、それを真剣に諌める宰相。いいコンビだと思う。やはり集団のトップはある程度の鷹揚さが必要だと思う。それをサポートする人間がいて成り立つ話でもあるので宰相もまた必須だろう。
あれ? 辺境伯領ってボケしかおらんくない?
誰かしっかりとした人間プリーズ。
そんなしょうもない心の叫びは王の声にかき消された。
「わかっておる。さあ続きを始めよう。それぞれの言い分を聞こうじゃないか。まずは事の始まりとなったギネス辺境伯はどうだ?」
「私としてはただ巻き込まれただけとの認識です。我が領から王家に販売されている魔石と今回の不正取引とされている魔石とでは品質が全く異なります。あの取引自体、辺境伯領が富む事に嫉妬した何者かの犯行と考えております」
これは事実と推測。
「わかった。ではサージェン公爵はどうだ?」
「私としても巻き込まれただけという認識ですな。あの魔族くずれが悪行を働いているのを知ってそれを我が公爵家に送り込んで貶めようとされたのではないかと考えております。大方そこな汚物の意趣返しでしょう?」
これは虚実と妄想。
「あの男爵の魔族化に関してはどうだ?」
「あの者は愚かでしたが、辺境伯領においては魔素に触れる環境には一切置いていませんでしたので、なったとすれば公爵領に入ってからかと思われます」
これは事実。あいつ仕事してなかったもんな。
「それは言いがかりですな。公爵家で魔素などそれこそあり得ない話だ」
まあこれは事実。魔素はな。魔素は。
と、話だけなら完全に平行線である。
わたしとしては嘘をついている方はわかっているのだが。いかんせん証拠がないのである。どうしようもない。
「双方の意見としてはわかった。さてどう落とすべきかな宰相」
「二者ではただの水掛論でしょう」
宰相は尤もなことをおっしゃる。
出口の見えないこの状況で、何だか王の態度が楽しそうなんだよな。
変なの。
「そうだな。第三者の意見が必要だな」
「私もそのように愚考しますな」
それがいないからのこの状況では?
馬鹿なの?
そんな感情をこめた視線で王の顔を眺めていると。
わたしにウィンク。
ぎゃあ。
そういうんじゃないんよ。ジジイ無理すんな。
全身に鳥肌を走らせていると、王はどこ吹く風で、わたしから視線をはずして玉座の後ろを覗き込む。
「おいヨーギイよ。おぬしはどう思う?」
王の呼びかけに矮小で背のまがった魔族が玉座の裏からヨタヨタと現れた。
玉座の裏に魔族ってやばくね?
「ヨ」
おい、公爵。自白しそうになってるぞ。そろそろ嘘つくのやめろよ。
「小僧、ヨーギイはやめい」
あれ? この声。
「それは失礼した。だがその姿ではヨーギイであろう?」
王の慇懃な態度。魔族に?
「おん? おお、まだこの姿じゃったか」
そう言った小男の魔族の姿にノイズがのる。
徐々にノイズは見知った姿に変わる。
「ししょう!?」
「おう、馬鹿弟子。相変わらず馬鹿面しとるのう」
ししょー! 最近見ないなと思ったらこんなとこにいたのう?
寂しいから出てくなら言って欲しいんだけど。
「もう! ししょーいるなら言ってよう」
ついつい甘えた声が出てしまう。
「言ったら面白くなかろう。ほれ王よ、こっちが本物のヨーギイじゃ」
先ほどまで師匠が変身していた姿そのままの小さな魔族をぽいっと床に転がした。
猿轡を噛まされ、手足を後ろ手に縛られて身動きが取れないようだが目はしっかりと開いている。
「さてこの魔族を知っている人間はこの場には?」
「私は知りませぬ」
「ししょう、これ誰なの?」
「もちろんしりませんな」
あら? ぐふふ。嘘ついてるやつがいるなあ。もうバレバレやねんぞ。
ヨーギイという魔族はグウグウと唸りながらサージェン公爵を見つめている。
「おい、助けを求めているぞ。公爵」
王もわかってるじゃないの。
そもそも師匠がここにいるってことはこの断罪ってデキレだったんじゃない?
「この中で一番優しい顔に見えるのでしょう?」
苦しい。苦しいよう。
グレッグうもうだめなんだよう。
「ククク。じゃあ猿轡を外してみようか?」
「いえいえ、小さいとはいえ魔族。どんな危険があるかわからないではありませんか。王よ、先ほどのように私が始末をつけますのでお下がりください」
おお、ナイスな逃げ方。さすが王宮で最大派閥まで作った男は責任転嫁が上手ですこと。
コネ男爵同様やっちまうつもりねえ。
でももうそれは意味ないのよ。
だってここには師匠がいるんだもの。
「お主の部下は猿芝居がうまいのう」
そう。茶番の中で上手に猿芝居を踊る男。それがグレッグ・サージェン公爵なのよ。
「それだけが取り柄のような男だったからな」
王もよくわかってらっしゃる。この人ちゃんと部下のことがわかっている王なのね。
「な! 猿芝居とはなんだ! 小汚く太った醜女が! 私がサージェン公爵と知っての不敬だろうな?」
地が出始めてますよ。オニイサマ。
怒りで心なし顔が紅潮している。いつもの冷静なふりを早くお戻しになって。
「不敬のう?」
「不敬か……?」
王と師匠が顔を見合わせて複雑な顔をしている。
ああ、なんか仕込みが始まるのよ。これは。とても意地の悪い仕込みが。
関係ないこっちまで怖気が走るわ。
「陛下まで何をおっしゃっているのですか! 陛下が許そうと私はこの女を許せませぬ!」
「不敬は許せぬか?」
「もちろんです」
「そうか。ならどうする?」
「もちろんこの場で息の根を止めます。尊き者が尊き所以を見せつけてやりましょう」
どこからかコネクト男爵を始末した槍をとり出し、二、三周振り回して師匠に穂先を向ける。
師匠も王も微動だにしない。
というか誰に槍向けてるんだゴラア。燃やすぞ。
「ふう剣呑だな」
「何を悠長な!」
怒りに槍の穂先が揺れる。
そもそも謁見の間で槍振り回してええんか?
「余は許しておるぞ。今はまだな」
「陛下が許そうとも私が許しませぬ!」
今は。
と言った視線が己に向いている事にサージェン公爵は気づかない。それは意識の埒外にあるから。
「そうか。それは殊勝なことだな」
「ありがたき幸せ!」
それがため息とともに放たれたほめ言葉だとも気づかない。
追い詰められれば追い詰められるほどの愚鈍になっていくように感じる。
コネ男爵のアレが感染った?
「これを見て、聞いた後でも同じ事が言えているといいな」
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