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男爵と公爵

 ぎゃあ!

 何よ! ウトウトしてる所に大声やめて! びっくりしてそのまま横に倒れるとこだったわ。


 わたしを微睡から蹴り飛ばした声の主はまだ何か大声で騒いでいる。

 この聞き覚えのある大音声の主。


 ブルーノ・コネクト男爵その人である。


「発言の許しなく王に向けての発言。不敬であるぞ。名乗れ」


 宰相が怒りに満ちた声をあげる。

 そうよね。わたしなんて面を上げいをされてないからもうなんかずっと芋虫みたいな体勢で丸まってるのよ。

 そろそろ怒られてもいいから顔あげちゃうよ。


「はっ! 私は! コネクト男爵家当主! ブルーノであります!」

「おお、貴様があのコネクト男爵か。よい。発言を許そう」


 おん? 王はコネ男爵の事をご存じなニュアンス。口調は変わらず鷹揚だけどほんの少しとげがある?


「私をご記憶していただけてるとは光栄の極み!」

「ああ。そう言うのはよい。用件を述べよ」


 うん。やっぱりなんか冷たい。


「はっ!」


 と言ったきり無言。


 王もコネ男爵待ちで無言。


 ちょっと。何この変な空気。


「いや、そのギネス辺境伯のやり口を説明するんじゃないのか?」


 沈黙に耐えきれず王がツッコミに回る始末。うける。

 王困惑。


「はっ! それが辺境伯のやり口であります!」


 同じような事しかいわない。

 やっば。もしかしてコネ男爵ノープランで王様に意見しに行った感じ?

 大物なのか愚か者なのか。後者かなあ?


「だからどれかと聞いているんだが?」

「はっ! 自分が正義の行いをしているという顔で悪行に手を染めるのが辺境伯のやり口であります!」


 王のイラついた声にやっとまともな答えを返した。

 まともかな?


「と言う事だが? 辺境伯どうだ?」

「お恥ずかしながらその男は先日までギネス辺境伯の寄子でした」


 この状況では本当に恥ずかしいだろう。

 もー。足の感覚ない。死ぬ死ぬ。

 これ立てって言われて立ったら転がるパターンじゃない?


「先日までとは?」

「不正取引が発見された直後にサージェン公爵家に寄親を変更してございます」

「うん? それはどう言う意味だ」

「それが意味する所は私が判断するものではございません。ただその男は私に恨みを抱いているというのは事実で、私が悪行に手を染めているというのは偽りだと申し上げる以外ございません」


 キッパリと判断を王様に委ねる旦那さまかっこいい。

 正直そうとしか言えないよねえ。容疑者はただ事実を述べるのみよ。

 判断は裁判官がやりなさい。


「そ! その男が! 全部悪いのです! この世の悪は全てその男が!」


 もう顔真っ赤なのわかる声。いっつもこの感じよねこの人。

 何か困ったらとりあえず怒鳴って怒って他人を悪者にする。


「落ち着け、男爵。そのように顔を真っ赤に染めるのはこの場にふさわしくない。なあ寄親のサージェン公爵はどう思う?」

「さて? その男、突如亡命してきましてな。普段なら当然のように断る話なのですが、そこな妹が嫁いだギネス辺境伯領の人間だというではありませんか。これも何かの縁かと思い、少しでも妹のためになるならと受け入れただけですからな。私にはなんの事やらわかりませんが恨みは深いようですな」


 おい、グレッグ。お前にそんな感情ないのはわかってんだ。白々しい事言いやがって。燃やすぞ。


「がっ! 公爵様!」

「では辺境伯が悪行に手を染めているというのはそこの男爵だけの言い分でそれは恨みによると?」

「さて? 私にはわかりかねますな」


 がー。相変わらずドロッとした声してんなあ。本来は甘い声なんだろうけど性格の悪さとねちっこさで本当やな声になってるんだよなあ。


「そうか。そこのさっきから頭を下げ続けているギネス辺境伯夫人はどう思う?」


 きたー! やっときたー!

 でもすぐには立てなーい。足が死んでるー。

 とりあえず顔をあげよ。


「発言失礼いたします。王」


 と言ってる間に歌で足の痺れをとって凝り固まった筋肉をほぐしてっと。


「よい」


 はい。しっかり立てるー!


「今回の事件の原因、わたし全てわかっております」

「ほう」


 王様。楽しそうな声。

 なんだ。王様って言うからもっとお爺ちゃんかと思ってたら結構若いのね。

 ワシワシとした金髪に彫りの深い顔。

 鷹揚な態度と声に誤魔化されるけど視線は絶対に笑ってない。

 楽しそうな声を出しながらこっちを試してるのねえ。


「わたし、サージェン家に忌み子として生まれまして、ギネス辺境伯家に嫁ぐまで存在を秘されてまいりました」

「そう聞いておる。しかもその原因となったザイがとても有用なのだろう? それを王家に献上せず辺境伯に嫁がせた事が原因でフランツ前公爵はそこなグレッグに引きずり下ろされたからな」


 は? 初耳なんですけど。

 なんかいきなりグレッグさんがいたからちょっと不思議だったんだけどそういう事か。

 フランツさんにもレイヤさんにも世話になった記憶は一切ないからどうでもいいんだけどね。産んでくれてありがとうくらいかな。

 ま、ご愁傷さまってことで。


「お恥ずかしい限りで。お褒めいただく程のザイではございません。ただ歌が少し他人より上手いだけのザイかと」

「謙遜するでない。九尾をその歌で倒したと聞くぞ」

「な!」


 ぜそれを知っている!?

 なんだ? 王様もわたしの可愛い所情報共有会にでも入ってるのか?

 ぐう。わからん。


「うむ。いい表情だ」

「お戯れを。その功績は全て我が夫、クラーク・ギネス辺境伯によるものでございます」


 楽しそうな顔でわたしの顔をいたずらな視線でねぶってくる王様。

 とりあえず王様とかめんどくさそうだから全て旦那さまの功績って事でお願いします。


「まあいい。そういう事にしておこう。では話を戻そうか」

「はい。王家に必要とされないザイを持って生まれてきたがゆえにわたしは公爵家では奴隷以下の存在とされてきました。そんなわたしにグレッグ様が縁や温情などかけるはずがありません。つまりは先ほどのコネクト男爵を迎え入れた理由に関しては虚偽となります」


 これは純然たる事実。


「ほう。面白い話だな。だがそこから今回の原因がどう出てくる」

「我が辺境伯領で魔族との不正取引の証拠が出たタイミングで男爵が出奔しました」

「そうだな」


 王も認める純然たる事実。


「そのタイミングバッチリな怪しい男爵が逃げこんだ先がわたしを蔑んでいる公爵家」

「状況証拠としては完璧だな」


 そうその通り。王は話がわかっていらっしゃる。


「違います! 違いますぞ! 全てはそこな辺境伯が!」


 己のピンチに顔真っ赤な否定しかできないコネ男爵。もうちょっとあるでしょう?


「と言っているがどうだギネス辺境伯?」

「あり得ません」


 以上。

 そらあんな感情的な人間の言ってる事に信憑性もなんもあったもんじゃないからなあ。その一言だけで否定も終わろうってもんですよ。


「がああああああ! 公爵様! こうしゃくさま! どうか! お口添えを!」

「私は知らん。私は妹のためを思って貴様を保護しただけだ」


 コネ男爵に目線も落とさず。

 お前は本当その白々しい嘘をやめろ。わたしのことは汚物としてしか認識していないだろうが。


「あああああああ! おまおま! お前もかああああ! 我がおおおおおおうううううう!」


 その叫びは大きくなる。

 ガタガタと体は震えはじめ、次第に震えというより蠕動に近しいものとなる。

 蠕動に同期するように体から黒いもやのようなものが溢れ出す。


 あ。やばい感じ。これ知ってる。


「魔素です! 離れてください!」


 わたしの声にコネ男爵の周りから一斉に人が逃げ出した。


 魔素が男爵を包み隠す。

 しかしすぐにそれは霧散し、その中から肌の色が青紫色になった元コネ男爵が現れた。


「……魔族化」


 誰かが言った。

 断罪アリーナを楽しんでいた貴族どもは我先にと出口へ駆け出す。


「王よ! お逃げください!」


 宰相は叫ぶ。その叫びに呼応するように元コネ男爵の咆哮。


「があああああああああ! にがさあああああん! ぜんいんころおおおおおお……」


 殺意の咆哮。

 九尾には劣るともそれはこの場を支配するに十分たりるはずであった。

 が。

 それは最後まで放たれることはない。


「ガッ」


 という短い声とともに咆哮は止まった。


 原因は一目瞭然。


 元コネ男爵の体は貫かれ、宙に浮いている。


 絶命だ。


 それが咆哮が止まった原因。


 心の臓から真っ直ぐに槍の穂先が飛び出している。

 穂先から柄を辿って持ち手まで紫色の血が流れる。


「寄子の不始末はきっちり片付けましたのでご安心を」


 槍の持ち手の先でサージェン公爵は汚く笑っていた。

お読みいただきありがとうございます!

やるぞやるぞやるぞー!

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