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召喚状とご褒美

 予想通りというかなんというか辺境伯に対して王から直接の召喚状が届いた。


 内容は持って回った貴族的な言い回し満載で何言ってるかわからなかったので内容を簡単に説明すると。


 最近の魔石取引が領地を売って魔族から得ているものじゃないかってタレコミがあったから王城までさっさと来て事情を説明して。お断りしたらそのまま有罪になってお家取り潰しにするから。


 との内容だった。


 横暴というよりない内容だが。

 こちらとしては想定済みの召喚であったため準備は万端。召喚状を受け取り次第に今から出発しますとの手紙を早馬でだすと、それと同時に自分達も出発して、一週間かけて今は王都にある辺境伯家のタウンハウスに腰を下ろした所だった。

 何年も来ていないはずのタウンハウスが到着後すぐに使用できる状態であるのはとても助かった。

 辺境伯領の屋敷と同様に外装内装共に質実剛健としたつくりであり、身を預けている皮のソファもとても座り心地がいい。旦那さまもわたしの隣で身を預けて旅の疲れを癒しているようだ。


 さ、お茶でもいれましょ。


 用意されていたのは領都の屋敷で使用している茶葉と同じであり、馴染みのある味にほぅと息を吐き出した所。


 旦那さまが口を開く。


「サーシャ。何も聞かずにここまで来てしまったが、今回の対策の内容を教えてもらってもいいだろうか?」

「ぐふふ。よろしいでしょう」


 気になりますでしょう? サーシャ奉行にお任せあれ。

 その不安げな顔をたちまち解消してあげましょう。


「その笑い方をする時のサーシャは不安だな」


 あらそうでした?


「ご安心を。わたしがその断罪の場に行きさえすれば全部解決するのです」

「なんだってぇ!」


 旦那さま渾身の驚きリアクションサイコー!

 かわい。


「旦那さま。いいリアクションです」

「ありがとう。これするとサーシャがいつも喜ぶから」


 照れ臭そうにモジモジする旦那さま。ここまでセットでかわいです。


「旦那さまかわいいです」

「君には負けるよ」


 そう言ってわたしの肩を抱き、目を見つめてくる。赫い瞳が迫ってくる。

 ああ、ダメダメ。ダメだって。今は説明……チュ。


 くちびるが重なり、わたしの内心の抗議は甘くとろける。


 最近の旦那さまはすぐに口づけをしたがるのである。タガがはずれている。

 ぐう。銀色の獣が本物の獣になっておる。


「ぷは」


 息が止まりそうなほどの長いキスに思わず旦那さまの肩を押して息継ぎ。


「サーシャ……」


 とろけた瞳でもう一度迫ってくる旦那さまのくちびるに人差し指を当てる。


「旦那さま! 説明が途中ですよ!」

「そうか」


 お預けをくった大型犬が旦那さまの背後に幻視される。

 もう。かわい。


 とは言っても今は常識人が誰もいない状況なので誰も止める事はない。

 わたしがしっかりしなくては。


「さて対策ですがね」

「う、うん」


 自制を覚えたわたしの獣はちょっと距離をあけるようにソファに座り直してからしっかりとわたしに視線を戻した。


「わたしの歌魔法でブレインウォッシュしちゃいましょう」

「ブレイン、ウォッシュ? とはなんだサーシャ」


 知らないですよね。


「洗脳です」

「は?」


 これも通じない?


「洗脳です」

「いやわかってるけどそんなに簡単な話じゃないと思うよ」


 あ、通じてた。

 旦那さまが簡単ではないと考えるのも当然ですね。そんな事が簡単にできるのであれば国家転覆も容易でしょう。

 でもね。


「旦那さま。わたしサエトリアンですよ」

「それはそうだが」


 そんな事ができるのかと?

 さすがのサエトリアンもそこまでの信頼は獲得していない。


「犯人がわかってるんだから声で脳を揺らして自白させちゃえばいいんですよ。善を悪に悪を善に。やっていいことをやってはいけないことにやってはいけないことをやったほうがいいことに。脳の信号を反転させてしまえばいいのです」


 わたしの声で。

 歌で。


「そんな事が」

「できますよ」


 息をのむ音がする。

 わたしの食い気味の肯定に旦那さまが戸惑っている事がわかる。


 恐れられるかもしれない。

 嫌われるかもしれない。


 だけどそれを恐れないと決めた。

 だって今回はそうじゃないと解決できない。


 だから言った。


 そしてそれを言わせたサージェン公爵家にわたしは怒っている。


「そうか」

「わたしが怖くなりました?」


 嫌いになりました?


「いや、サーシャは怖くはない。君は破天荒で貴族らしくなくてたまにグフグフしてるけど悪じゃない」

「グフグフしてます?」


 え? してます?


「してるよ」

「いやですか?」


 嫌なら治さないと。無意識だから難しいけど。


「いや可愛い。ほんとに可愛い」

「ぐふふ」


 うれし。


「ほら可愛い」

「あ」


 してましたね。


「でもね。持っている力は少し怖い。力そのものがというよりそれを持っている責任がという意味だけど」

「責任?」

「知ってると思うけど僕の力も強いんだ」

「そうですね」


 力だけで言えばわたしの力の何十倍もあるでしょう。最近さらに強くなっている気がします。

 自分の力を誇示する事を恥じるように口ごもる旦那さまを見ながらそう思う。


「それを得てから僕は辺境伯領のためにそれを使おうと考えてそれだけのために使ってきた」

「ご立派です」


 そういう公共性を持った領主らしさとわたしと接する時の大型犬感のギャップがまた大好きなのです。

 自分の思想に確たる自信を持って語る旦那さまを見ながらそう思う。


「でも使いようによっては小さな国くらいなら僕一人で潰せるんだよ。だからそれを向ける先に常に注意を払ってきた。そしてそれはサーシャを妻にしてさらに強くなった」

「お役にたてて嬉しいです」


 本当に嬉しい。わたしを見て、わたしに見つめさせてくれる存在がいる。


「だけどその分、僕らはさらにその力をどう使うかをちゃんと考えなきゃいけなくなった」

「考えた事なかったです。生きる事に精一杯で」


 使う先か。

 ほんとに考えた事なかった。

 賢者師匠との不貞(疑惑)の証拠隠滅に放射熱線使おうとしたのはまずかったかなあ。

 あとなんかマズそうな使い方した事あったかな?


「サーシャは大丈夫。きっと楽しくない事に自分の力は使わない人だ。そしてサーシャは平和を愛してる。問題は僕だよ」

「旦那さまが?」


 そう言って旦那さまはうつむき、組んだ手に視線を落とした。


「ああ、僕はまだ後ろ暗い気持ちを持っている。サーシャが僕の妻になってなお、魔素やそれを取り巻いていた僕の環境に捨てきれない恨みや蟠りみたいな気持ちが。たまに現れる事があるんだ。もしそう言った気持ちに支配されて力を使ったらと、その時にサーシャの力まで使ってしまったらと考えると」


 ……僕は怖い。言う声は最後まで音にならない。


 が。


「なんだそんな事でしたか」

「そんなって……」

「そんなんわたしだってありますよ」

「あるの?」


 ありますよ! 何年苦界で生活してきたと思ってるんですか!


「もちろん。嫌なやつが嫌な事してきたら声で焼却したろか? とか思いますし、今回サージェン家に出されているちょっかいにもハラワタが煮えくりかえってマーサのモツ煮込みになる勢いですよ」

「マーサのモツ煮込み」


 突如登場したお袋の味を想像したらしく。

 ポカンとした口から涎がこぼれそうになり慌てて啜る旦那さま。

 夕飯も食べてませんもんね。


「だからそんなの当たり前ですって」

「そ、そうなのかな? でも僕とサーシャでは違うし……」


 お袋の味から自分の暗い感情に思考が戻るもまだ迷う様子で組んだ手をほどき、ほどいた手を組み直しては口の中で言葉をこねくりまわしている。


「もうっ! いつまでも! わかりました!」


 ドンっとソファから立ち上がるわたし。

 そのまま旦那さまの前に移動して仁王立ち。


「な、何がわかったんだい? サーシャ」


 わたしの瞳に視軸をうつす。

 その赫い瞳は混乱に激しく揺れている。


「旦那さまが暴走したらわたしが止めます!」

「……ほんとに」


 揺れる瞳が少しおさまった。


「ええ、止まらなかったら一緒に死にましょう」

「サーシャが死ぬのは嫌だ」


 わたしの死という言葉におさまった瞳がまた揺れた。


「だったら死ぬ気で止まってください!」

「う、うん」


 シュンとなる瞳。


「旦那さまとわたしはもう一体なのです」

「一体」


 激しく燃え上がる。


「はい! くちびるを重ねて一体になりました」

「くちびる」


 もっと激しく燃え上がる。

 むしろあからさまにくちびるに視線が移動した。


 こやつ。


 お仕置きに頬を両手でむぎゅりと挟んでくちびるからわたしの瞳へと無理やり視線を戻す。


「旦那さまはわたしを信じているし、わたしは旦那さまを信じている!」

「むう」


 頬を挟まれた旦那さまはとてもブサ可愛い状態になっているためそれしか言えない。


「それでよし!」

「ほっか」


 お互い納得。

 これでヨシ!


 ちなみにブサ可愛い旦那さまに耐えきれず、頬を挟んだままご褒美としてそのままくちびるを落とした。


 わたしのタガもはずれている。

お読みいただきありがとうございます。

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[良い点] この文脈で出てきたマーサのモツ煮込みにすらパブロフの犬しちゃえるところ
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