表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/73

グレッグとブルーノ

 所変わって王都。


 サージェン公爵家のタウンハウスの一室である。


 神経質な見た目の男がソファにふんぞりかえって上機嫌に酒を飲んでいる。

 グレッグ・サージェン公爵。その人である。


 その正面には体格のいい騎士然とした男が立っている。

 辺境伯家を裏切り亡命した男。ブルーノ・コネクト男爵。


 そしてもう一人。

 グレッグとは別のソファに小さく座っているひどく存在が矮小な男。


「よくやったあ! ブルぅノぉ! 誉めてやる」


 計画が上手くいった事に喜び、祝杯をあげているグレッグ。

 喜びのあまり深酒をしているため普段の冷静さはどこにも見当たらず、ただ粗野で粗暴な男と化している。普段の貴族らしい態度はあくまで仮の姿。本質はこちらであろう事はすぐにわかる。


「はっ! ありがたいお言葉ぁ! 感謝致します!!!」


 ブルーノは誉められた事に喜び直立不動の姿勢からさらに背筋が伸びる。


「これでクソ辺境伯と汚物をまとめて消せる!」

「はっ! その通りでございます!」


 まとめて消せる論拠はもちろん先だっての幽霊船の計画である。本人としては完全に証拠を残さず辺境伯家に全ての罪の証拠を押し付けたつもりである。


「王家や派閥に金ばら撒いてフランツ親父を引退に追い込んでやってこれからって時によお。あのクソ汚物が余計な事をすっからこんな面倒な真似をしなきゃなんねえんだ!」


 怒りに任せて放り投げたグラス。

 ワインを残したまま宙を舞い、壁にあたって悲鳴をあげる。


 この男。

 前当主である父を断罪したばかりである。

 罪状は王家への必要なザイの提供に支障を来したという理由。

 それでフランツを断罪し、当主の座から引きずり下ろすと、そのままちゃっかり自分が公爵家当主の座におさまっていた。領主とは言っても領地経営には全く興味がなく、変わらず王都のタウンハウスでこうやって権力闘争に腐心している。


 そのグレッグの権力闘争の方法とは魔石であった。

 以前から魔族と通じており、こっそりと魔石を密輸入して販売する事で利益を得て、そしてその金を派閥にばらまき支持を得て、さらに権力を得るのである。


 そしてこれは犯罪である。

 魔石は戦略物資であり、王家が直接管理している商業チームが魔族との癒着がないように、徹底的に管理されながら細々と輸入する事が許されている。となるとそれは王国内では金額で価値がつく代物ではなく、需要と供給が全く釣り合っていない状況になる。

 そしてそれを持っているというのは権力闘争では絶大な力となる。


 だが最近の辺境伯家が流す魔石には品質でも量でも劣り、売上は前年比九十九パーセントのマイナスとなっていた。


 結果派閥内での評価はダダ下がりである。


 グラスを投げるほどの怒りを感じるのは本人としては当然であった。


「はっ! その通りでございます!」


 コネ団長はワインがかかった顔を拭う事もせず、ただグレッグの言う事への追従を垂れ流す。

 それもグレッグの疳に触る。


「同じことしか言えねえのかブルーノ!」

「いいえっ! 全てグレッグ様のおっしゃる事が正しいためです!!」


 この言葉はグレッグには聞こえがよかったらしく、ニヤリと粘着質な笑みを浮かべる。


「なら仕方ねえ! それにあの汚物も一つだけ役に立った」

「なんでしょうか!? 汚物など肥にしか役に立つとは思えません!」

「あのクソ辺境伯をひっぱり出せる紐になった事だよ! 愚鈍だなブルーノ!!!」

「なるほど! 辺境伯に対しては自分も同じ気持ちであります。ぜひグレッグ様に正義の鉄槌を下して頂きたく!」


 そういう二人の顔には醜い愉悦が浮かんでいる。

 ひどくひどく醜い。


「あいつは! あのクソガキはよお。俺の騎士団を一瞬で潰しといて素知らぬ顔してやがったんだぜ! 訓練明けで調子が悪かった所をやったくらいで勘違いしやがってよ!」


 クラークが幼い頃に一瞬で倒した王都の騎士団とは当時グレッグが隊長を務めていた騎士団であった。

 その恨みは深く醜い。全くの逆恨みであるが。


「我が辺境伯第一騎士団も! あいつが警備を担当して以来! 辛酸を舐めて参りました! 何が! 危ないから一人でいい。だと! この! このブルーノが率いる第一騎士団をお荷物扱いだ! あまつさえ公爵家の忌み子を出迎えさせるだと!」


 こちらはクラークが長じて以来、辺境の警備や魔物を狩る役割は全てクラークの仕事となり、仕事を奪われた騎士団は領内で軽んじられるようになった事を血の涙を流しかねない勢いで叫んでいる。

 が、これも逆恨みである。

 クラークとしては自分の凶化に巻き込んで怪我をしないようにという気遣いに他ならないし、危険な任務を守るべき領民に負わせるわけにはいかないという判断であった。


「お前もあいつが恨みがあるんだったな」

「はっ! その通りであります!」

「だがよぉこれであいつらはもう終わりだよ。なんせ王家に謀反を起こそうとしている反逆者になるんだからなあ。あっといまにコレよ」


 そう言いながら首を掻き切るポーズ。


「処刑が楽しみであります」

「思いっきり笑ってやんよ」


 そういう表情はより一層醜く歪み、実に下卑たものである。

 鏡が目の前にないのは、二人にとって幸いか否かは二人にしかわからない。


「そうなりゃよ。辺境伯家は取り潰し、今回の報告への褒美で領地はこの俺のものになる。つまりはあそこの魔石の利益でなんだってできるようになるって事だ。なあそうだろうヨーギイ!」


 ソファに小さくなり陰に身を潜めていた男。

 ヨーギイと呼ばれた男は一瞬面倒そうな表情を浮かべたがすぐに笑顔を貼りつけた。


「ギヒヒ。グレッグ様その通りですよ。我らが秘密裏に魔石で利益を得ていた所を邪魔してきたのは辺境伯の一味とサイトー宝石の連中です。奴らが悪なのですよ」

「そうだなあ! 言うなれば俺らは正義の味方で! 王家を羽ばたかせる翼だぁ!」


 ソファから立ち上がり、拳を天に掲げたその姿は、全くの悪である。

 が、本人からは見えない。

 やはり鏡がないのは幸運だろうか?


「いえいえ、グレッグ様」


 ヨーギイは小さな囁きでそれを否定する。


「あんだヨーギイ? 何が違う?」


 意気揚々と掲げた拳を下ろし、水を差されたグレッグは不機嫌そうにヨーギイを睨みつける。


「グレッグ様は公爵家当主でありますな」


 意味深な小声。


「そうだ! 邪魔なクソ親父を追い出して今や俺が当主だよ! 清々したぜ。あの親父は金を稼ぐ気がねえんだ。何が王家に与えられた役目を果たしていればいいだよなあ。それすらまともに果たせなかったのによ。おん? よく考えればそれも汚物の功績か! ギャハハハ! 功績を讃えて苦しまないように殺してやんよお」

「違いますグレッグ様」


 小さなため息。


「あん?」

「貴方は王家の血筋であるのですよ」


 子供へ噛んで含めるような言い回し。


「俺が?」

「公爵家とは王家の血筋から別たれた家。つまりは王家の血を持っている」


 尊き血を持っているのですよ。と繰り返す。


「んなこたあ知ってる! だからなんだ!」

「……貴方は王になれるのです」


 言葉の持つ強さとは反比例してヨーギイの存在は小さくなっていく。


「俺が……王になれる?」

「いえ。むしろ貴方こそ王にふさわしい」


 言われた事の意味に気づき、頬が歪んだ口角に破られる。ビリビリと汚い音をたてて。

 またヨーギイの存在が小さくなる。


「その通りでございます!」

 ブルーノは仕える主人が王になるという事実に賛同する。


「俺が王か……」

 濁った瞳で王という座を掴んだ自分の手を見つめるグレッグ。


「ええ」

 ヨーギイは影に入り肯定をするのみ。


「その通りでございます! 我が王!」

「そうか……そうか! 俺が王になればさらにこの国は繁栄するな!」


 ヨーギイの声は聞こえない。

 二人にはもう言葉が必要ない事を確信したのだろう。


「全くその通りでございます!」

「つまり今の王は国の利益を害する悪って事だなあ!」


 扇動された己の正義に。


「その通りでございます!!!」

「なら俺が王になるのが道理だなあ」


 扇動された反逆への一歩に。


 気づく事はない。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 辺境伯家の魔石の製造方法はどの程度王家に漏らしてるんでしょか。急に増えた理由はある程度喋ってるとは思いますが
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ