エビーノとブルーノ
夏フェスの予定日程を無事に終了し、わたしたちは辺境伯領に戻っていた。
もちろん旦那さまも一緒だ。
というか最近旦那さまの公務にずっとついて回っている状況だ。
もちろんサエトリアン関係で用事がある時は自由にさせてくれるし、タニアと聖域でゆっくりしたなどの要望があればそれも通る。ただ予定がない時はずっと一緒にいたいと夏の日のキスの時に言われた。
それを承知してこの状況である。
急な甘えん坊である。
そして今はというと夏フェス中に旦那さまが見つけた幽霊船の顛末を確認するために法務部まで足を運んでいるのであった。
「お初にお目にかかります辺境伯夫人。私、法務部長のエビーノと申します」
「よろしくね、エビーノ。わたしはサーシャ・サーエ・ギネスよ」
ギネス。ギネスですってよ奥様。って奥様わたしやんけ。
サージェンやめられた上に、愛しの旦那さまの家名を名乗れるなんて幸せがすぎる。
と。いつもの妄想でぽへえとしていたら、正面のエビーノもぽへえとしている事に気づいた。
ぽっちゃりとした、年の頃は四十代くらいだろうか。
垂れ下がった目をした人の良さそうな顔がぽへえとこちらを見ている。
「どうしました?」
他人の事は言えませんが、いい大人がぽへえとしてますよ。
「いや失礼しました。なんというか噂通りの美しさで少々あっけに取られておりまして。いや本当に噂以上ですな」
「まあそんな噂が?」
やめろ。だれじゃそんな噂を流すのは。
容姿をほめられても嬉しくないのが本音じゃ。歌姫は歌をほめられてこその歌姫じゃ。
「ええ、妻がサエトリアンのライブに行っては辺境伯夫人の美しさをわたしに語って聞かすのですよ。女性のいう美しさですからな。話半分に聞いていたのですが、いやはや話の十倍は美しい」
「……お恥ずかしい限りです」
領民かあ。なら仕方ないかなあ。サエトリアンは特に女子の味方だからなあ。
「そんなことはいいから仕事の話をするんだエビーノ」
不機嫌な旦那さま。ぎゅうと隣のわたしの肩を抱いてくる。
むぎゅう。
あの夏の日以来、旦那さまはヤキモチという感情を覚えたらしく。たまにとても可愛らしい反応を見せてくれる。
「失礼しました。辺境伯様」
姿勢を正して、わたしにむけていた視線を旦那さまに戻す。
「わかればいい。して今回の顛末を報告せよ」
仕事の話に戻りましょう。
「実は困った事になっておりまして」
報告しずらそうに言葉を濁す。ちらりとわたしを見るが先ほどの興味本位の視線ではないように感じる。
「構わん。サーシャはわたしと同等の権限を持っている」
「でしたら……」
権限を持っていると言われても語りにくそうにしているのは変わらないがそれでも旦那さまに言われては口を閉じているわけにもいかない。そんなエビーノが語る顛末は。
幽霊船内の宝箱からは魔石が発見された事。
その魔石は魔族領から産出されたものである事。
取引書類には辺境伯家の印が押されていた事。
幽霊船の船籍は。徹底的に証拠が隠滅されており確たる証拠は存在しなかった。
が痕跡や状況証拠からサージェン公爵家の船な可能性が高いと。
エビーノが言い淀んだ理由はこれか。
どこまで行ってもサージェン家だ。
「つまりは、辺境伯領の貴族が公爵家の何者かと共謀して魔石の取引を魔族と行っていたと?」
「そうなります」
エビーノの言葉に旦那さまの顔が曇る。
「犯人の見当はついているのか?」
「はい」
「誰だ」
「第一騎士団団長、ブルーノ殿かと」
「あいつか」
「ええ」
あいつかあ。最近目立たないと思ったら裏で動いてたってわけねえ。
呆れたように頭を掻く旦那さま。今までも色々と問題行動が多かったであろう事が容易に察せされる態度である。
コネ団長やってんなあ。
「証拠は?」
「まず前提条件としてこのタイミングでサージェン公爵家から二通手紙が来ております」
「内容は?」
わたしと旦那さまの幸せを寿ぐ手紙なら許してやろう。
そんなわけはないが。
「一通はブルーノ殿の一族であるコネクト男爵家を寄り子とする通達です」
「この段階で既に黒だな。残された家に物証は?」
「ありません。家宅捜索に向かった段階で既にもぬけのからでした」
「であろうな」
「公爵家の船に辺境伯家の書類が乗っていたタイミングで辺境伯家から公爵家へ亡命ってあからさますぎません? 状況証拠だけで有罪でしょう?」
な?
コネ団長って元々公爵家と繋がりがあったんだな。それでわたしの事を迎えにくる前に知っていたと。
それならあの態度は納得がいく。
辺境伯家への忠義からのあの態度ではなく、公爵家からの情報によって見下していたからのあの態度だったと。
燃やしときゃよかったな。おぶつはしょうどくしょうどくう。
「もう一通は最近の魔石取引が辺境伯領の土地を魔族に売り渡し不正に得ているものであり、それは王国の利益を害しなおかつ謀反を起こす兆候であると王へ報告をしたとの通告です」
はあ? 仕込みが透け透けすぎやしませんかね?
「マッチポンプがすぎませんか?」
「ああそうだな。だが私は中央ではなんの権力もないに等しい。サージェン公爵家の言い分がそのまま通る可能性が高いな」
「私もそう考えております」
うーん。そうなるかあ。旦那さまって中央でいたく嫌われてるらしいしなあ。
かといって公爵家の忌み子のわたしはそれ以上に権力なんてないし。
正攻法は無理かあ。
なら。
「その場合なんの通達もなく辺境伯領は処罰の対象になるんですか?」
「いや前段階として私が中央へ呼び出されるだろうな」
という事は原因となる人間らと面と向かって対決は可能と。
ぐふふ。
「なら安心です」
「は?」
「え?」
わたしの言葉に旦那さまもエビーノも戸惑いを隠せない。
そりゃあわたしには政治力のカケラも社交力のカケラもありませんからね。
でもわたしがやるのはそういうんじゃない。
「中央に行けば最悪なんとかなりますよ。だってやってないんですよ。話せばわかります」
そう。
話せばわかる。
わたしがはなせばわかるのよ。
サージェン家。
何もしてこなければこのままわたしは幸せになって終わりにしてやったのに。
やんならやってやんよ。
首を洗う暇もなくなあ。
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