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これからは

投稿再開します。

お楽しみいただければ幸いです。

「夏フェスじゃあああああああああああ!」


 開口一番失礼しました。

 どうもサーシャです。

 季節は夏。

 場所は海。

 そりゃフェスでしょってな具合でサエトリアンの一人フェスをしています。


 魔石で得た利益を領内に還元するためにという理由と。

 わたしが夏フェスで思いっきり歌いたいという理由と。

 サイトー企画が興行で仕事をしたいという理由と。

 色々な利点があるため急ピッチで進めたこの計画。


 白羽の矢が立ったのが、辺境伯領の中でも最南に位置し、温暖なこの地。

 トルー地方。

 ここも魔素に包まれてた頃はさびれた地方だったらしいけど今や立派なリゾート地の様相。

 さすがサイトーだわ。あのフワッとした夏フェスのイメージからここまで作り上げるとは。

 夏フェスというか海フェスになっているのはご愛嬌。


 そんなステージに立って歌っております。

 サーシャです。


 ですが一つだけ不満点があります。


 いろんなアーティストが出てきてこそのフェスでしょう?

 吟遊詩人を呼んでライブさせてみたりしたけど、どうもイマイチ盛り上がらんのよう。

 やっぱり爆音で音鳴らしてなんぼの海フェスじゃあキツイのかしら。

 早くわたしを模倣したライバルとか出現しないかなあ。なんて考えるがまだ先でしょうね。


 いいわ。領民たちにはわたしの歌といっぱい出店させた屋台で楽しんでもらいましょ。


 なんてことを考えながらしっかりと客を煽り倒してます。

 そして今日も今日とて元気に領民どもはオーバードーズでぶっ飛んでおります。


「合法じゃああああああああああ! ぶっ飛べええええ!!! りょおおおおおおみいいいいいいん!」


 こんな具合に煽り倒して観客の八割がぶっ飛んだとこで一旦ステージは休憩。

 続きは夕刻からという事に。


 休憩はプライベートビーチに設置しました海の家を模した控室で。

 そこでトロピカルな果実水をあおります。


「プッっはああああああ」


 思わず息が漏れる。漏れるってレベルじゃないけど。

 エールがいいけど! エールがいいんだけど! ライブ中にアルコール飲むとクオリティが下がる!

 我慢! がまん。が、ま……、ん。


「奥様……」


 もちろん隣でタニアは眉をひそめます。


「ちょっと許してタニア。夏なんだからこれくらいいいじゃない!」


 言いながらわたしの口が尖る。

 エールを我慢しているのだからこれくらいは大目にみていただきたい!


「はあ」


 とため息をつくタニアも水着である。ビーチベッドに寝転んで、わたしと同じトロピカル果実水をちびちびと飲んでいる。他人の事を言えないくらいに浮かれている。

 右手に果実水。左手にはケダマ。

 いつものスタイル。

 だが抱かれているケダマは暑そうにはぁはぁと浅い息で、舌をびろーんと伸ばしている。獣には暑かろう。


 ほれお前にはただの水と氷だ。涼むが良い。

 とたらいに水と氷を張った簡易プールを用意してやる。


 タニアの拘束から身を捩り、必死で簡易プールに飛び込んだケダマの表情はぷしゅうという擬音が聞こえてきそうなものだった。


 全員なんだかんだ浮かれている。


 そりゃ海だもの。


「旦那さまも控室に来たらいいのに」


 旦那さまの水着姿はさぞ美しかろう。ぐふふふ。

 みたかったなあ。


「なんで辺境伯様は来られないのですか?」


 不思議顔のタニア。

 ケダマに逃げられた左手を手持ち無沙汰ににぎにぎしている。


「ん? なんか汚れてるからだって」


 よごれってなんじゃいな。


「汚れですか?」

「そう。よくわかんないのよね。海だからそりゃあ多少は砂とかつくけどさ。そのためのオープンスペースでしょう?」


 女二人で顔を見合わせながら旦那さまの不思議について語り合っていると隣からサイトー。


「トリサエちゃん。そこは触れてあげちゃダメよ。そっとしておきなさいって言ったでしょう?」


 イケおじの下半身はロング丈の水着。上着は軽く前の開いたフーディを羽織っている。

 その下からは黒々としたシックスパックがのぞいている。

 漢女は身体が資本とはよく言ったもんだ。すげえな。


「ってサイトーがいうからしつこく誘うのはやめたのよ。寂しいのに。この可愛いのみてほしいのに」


 ビキニの上にフェスTを着て、下はパレオでひらりと見えるこの脚はどうして中々努力の甲斐があったわ。

 軽く足を持ち上げて夏の太陽を跳ね返す光沢に惚れ惚れする。


「不憫だわあ」


 そんなわたしをみてサイトーがなぜかため息をついているのだった。


---------------------------------------------------------------------------


「トシゾウ」


 我が主人は悲壮な顔で俺にいう。


「なんすかご主人」


 俺は別に悲壮でもないし同情もしない。

 素気なく返答する。相手にする気はないよ。


「僕は汚れている」


 見る限りそっすね。


「そっすね」


 だからそのまま応える。相手をする気はないよ。


「僕は汚れているんだ」


 しつこいな。真実を教えてあげるっすよ。


「そっすね。水着に汗かいた状態で砂浜で身悶えてゴロゴロと転がり回ればそりゃあ汚れもするっすよ」


 ライブ中ずっとっすよ。一人で、サーシャダメだ。とか僕だけのものなのに。とかあしあしあし。って言い続けながら砂浜をゴロゴロしてるんっすから。

 そりゃ汚れるっすよ。

 周りの客も流石に引いてましたよ。


「違う」

「違わないっすよ」


 違わない。ほんとに違わない。


「聞いてくれよトシゾウ!」

「ちょっと肩組むのはやめてほしいっす。俺まで砂まみれになるじゃないっすか!」


 その状態で肩組むなっす。マジで。離れようと身を捩っても離してくれない。無駄に筋力を使うなっす!


「はあ」


 聞いちゃいねえっす。


「なんっすか! こっちがため息つきたいっすよ」

「ちょっと泳いでくる」


 肩に回した腕をしおしおと離してくれた。


「いってらっさいっす」


 俺は肩についた砂を払いながらうんざりして自分の主人を見送った。


「ご主人、二十歳超えてるっすよね」


 トシゾウの呟きはすでに水平線の向こうに消えている主人に届くことはなかった。


---------------------------------------------------------------------------


 さてサーシャの水着姿を直接見る勇気のないわたしだけの旦那さま、ことクラーク・ギネス辺境伯は頭を冷ます一泳ぎに出てから程なくして海の魔物に囲まれていた。

 行政庁の文官から海の魔物が増えているという報告を聞いていたクラークはそこまで慌てることなく、海中に身を躍らせ、いつもの自分の仕事をこなしはじめた。

 魔物の血が魔物を呼び、魔物の肉が魔物を呼んだ。

 そこは策を弄さない殺し間と化した。


「ふう。大分殲滅したけど。流石にもう出ては来ないか?」


 時間にして二十分ほどであろうか、海の中を真っ赤に染めた後、立ち泳ぎでそう一人ごちてから、再度海の中に潜って辺りをさっと確認し、海面に顔を出した。

 美しい銀髪が夏の日差しを跳ね返し、まるで髪そのものが閃光を放つかのように煌めく。

 その髪をサラリと後ろに流してから濡れた顔を手で拭った。


「多い多いとは聞いていたけどここまで多いとはなあ」


 海の遠く下の方には夥しい数の魔物の死体が沈んでいっているのが見える。数にして百を下らない数を屠ったクラークはそれでも涼しい顔をしている。

 本来なら凶化してやっと屠れる数の魔物を相手にしてもなお余裕がある理由は、狐との戦闘で死にかけた時にサーシャからもらった浄化で細胞が活性化しているせいであり、全ての身体能力が以前の倍以上になっている事に本人は全く気づいていない。

 クラークからしてみれば凶化した時に気がついたら魔物の死体に包まれているという結果と、凶化していない現状で魔物の死体を海深くの底に望むのもまるで変わらないためだ。


 さて頭も冷えたしこれからどうしようかと考えている最中、遠くで音が聞こえた気がした。


 耳をすます。


 嬌声。いや。これは魔物の鳴き声か?


「とりあえず行ってみるか」


 そう決めて音の聞こえた方へ泳ぎ出す。沖へ沖へと。


 しばらく泳いで行くと水平線の先に船影が見えた。


「あれかな?」


 行くと決めたからには引き返すという選択肢はクラークにはない。

 船を目標に真っ直ぐに泳ぎ進めていくと半魚人の魔物が数体襲いかかってきた。

 この魔物は獲物の下から急上昇し、眼前で水面に跳ね上がり驚いた獲物をそのまま捕食するという習性がある。


 クラークからしてみれば意味のわからない行動である。

 出てきた瞬間に首を掴み、コキリとやるだけの作業なのだから。


 三体ほどコキリとやってやると、周囲でおこぼれを狙っていた半魚人たちは蜘蛛の子散らすように消えていった。


「さてと」


 半魚人の気配が消えたので再度クラークは船に泳ぎだし、すぐに船に到達するとするりするりと船体をクライミングで登り、船の甲板をそっと覗いた。


「これは」


 惨事であった。

 これ以上は言うまい。

 惨事であった。


 とりあえず無駄かなと思いながらも生き残りを探し始めた。

 甲板一周。船室。船倉。

 小さな帆船であり程なく全ての確認を終えた。


 幽霊船であった。

 魔物はさっきクラークを襲ってきた奴らだとして、一部しか残されていな人間たちはその腹の中か。


 失われた命に軽く祈りを捧げて。

 さてどこに報告するにしても船籍がわからない状態であればどうしようもない。

 とりあえず船室を確認した際に発見した船長室を詳しく調べることとした。


 航海日誌。

「なし」


 航路。

「なし」


 登録証

「なし」


「完全に真っ黒ってことか」


 犯罪の匂いしかしない船である。

 どこにも所属していない。どこにいく予定もない。どこで何をしていたか記録しない。


「あと残すはこれくらいか?」


 ドンッと船長の机の上に置いたそれはいかにもな宝箱であった。

 船長室の中で船長であったモノが大事そうに守っていたモノである。


 開けようと蓋に手をかけるがガチャリと音をたてるだけで当然開く事はない。


「それはそうだよ……なっと」


 軽く力を込めて無理矢理鍵を開ける。

 鍵の抵抗も虚しく、鍵のみならず逆側の蝶番までもあわれ泣き別れとなった。


 宝箱の上半身をぽいと投げ捨て、クラークは中を覗き込んだ。


「これは」


 船長と宝箱が命をかけて守ったモノはそこに有り得べからざる代物だった。

お読みいただきありがとうございます。

しばらくイチャが増えます。

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