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一件と落着

 わたしたちにお仕置きをして大満足顔の師匠はほくほくした様子で辺境伯の館内にいつの間にかに作っていた工房へと引っ込んでいった。


 魔素圧縮装置を作るモチベーションがどうやら電撃ビリビリお仕置きの愉悦によってチャージされたらしく。それからはただひたすら開発に没頭した。

 その間一回だけわたしも工房に呼ばれた。

 何だかちっさい箱に閉じ込められた挙句に小難しい声をその石にこめさせられて、すぐにあしらうように追い払われた。工房から出てこない師匠が心配だったのに。


 比喩ではなく文字通り寝食を忘れているように見えたからだ。あんなん続けてたら死ぬぞい。


 その事を旦那さまに聞くと、どうやらエルフは元来睡眠も、食事もいらず、風呂に入らずとも汚れないらしい。なんという便利種族だ。まるで天人だ。

 ちなみに前世の師匠も楽曲制作時に同様の行動をとっていた。そんな師匠にご飯を食べさせ風呂に入れ寝かしつけまでしていたわたしがいるよ。今世ではそれがいらないらしく楽なような寂しいような何とも言えない気分である。


 そんなこんなで師匠が工房から出てきたのは二週間後だった。


 入る前と変わらない姿で出てきて。


「できたから裏庭に運んどけ」


 と一言。


「寝る」


 と二言目にどこかへ去っていった。

 睡眠いらんのと違うんかい!


 そんな主の去った工房内にあったのは。

 高さ三メートル、横幅五メートル、奥行き二メートルの巨大なマシーンであった。

 当然入り口からは出ない。

 当然窓からも出ない。

 工房から絶対出せないどでかマシーンがそこに鎮座していた。


 やはりドジっ子である。


 低身長巨乳ロリババアドジっ子エルフである。


 これ以上は盛らないでいただけると助かる。


 搬出に関しては協議した結果、壁をぶち抜く事で落ち着いた。

 ぶち抜くのは旦那さまだ。


 さらに聖域までこのどでかいマシーンを運ばなければいけない。

 普通なら何十人も人を集めて運び込むが、聖域に知らん人間を入れるわけにもいかない関係で。

 運ぶのも旦那さまだ。


 辺境伯を酷使しすぎている感はあるが、わたしのためとあって何だかウキウキで動いている旦那さまなので誰も何も言わない。わたしはただ嬉しい。

 壁をぶち抜くのも、マシーンを搬出するのも、設置するのも一日かからずに終える旦那さまのザイも大概チートだと思う。


 翌日。

 そうして運び出したそのマシーンはというと。

 天地創造した時にできた巨木の後ろあたりに設置された。

 巨木は聖域の入り口のほど近くにあり、背後に広大な聖域が広がっている。

 その聖域の魔素をマシーンは吸い込み、圧縮し、魔石を吐き出す仕組みになっているらしい。師匠が嬉しそうに秘宝やらマシーンやらの、説明なのか自慢なのかわからん話をしていたが、機械音痴のわたしにはハムスターの毛先程も理解できなかった。

 なので最近さらに大きくなった巨木に手を当てて大きくなったねえなんて話しかけていると、師匠はわたしに説明する事は諦めてトシゾウにオペレーションの説明を始めた。

 師匠。それが正解である。前世から知っておろう。


 できた魔石はサイトー企画が新たに立ち上げたサイトー宝石という会社を隠れ蓑にし、王侯貴族に対して宝石を売り込む体でこっそりと魔石を売り込んでいるらしい。

 さすがに戦略物資である魔石をおおっぴらに売ることはできず、苦肉の策でこうなったらしいが。

 悪の匂いがするわ。ぐふふ。

 そもそもサイトー宝石がなんでいきなり王侯貴族に宝石を売れるのかすらわたしにはわかっていない。

 ま、いっか。

 考えてもしゃーなしな事はしゃーなしな事なのである。

 わたしはサイトーを信頼しているし、サイトーもわたしを信頼している。

 実際魔石の売れ行きも好調であるらしい。

 そりゃそうだよな。今まで敵国からこっそり輸入していた品が自国内で買えるんだからそりゃ売れよう。


 冬を超えて春の気配が感じられるようになる頃には魔石の売上で辺境伯領は大いに富んだ。

 この短期間でそれだけの売り上げを上げられるサイトーの手腕と魔石の希少性に驚かされる。

 この富は春を過ぎてこれから領の全てに行き渡って、ここはさらに素晴らしい土地になるだろう。


 これにて一件落着である。


 でもでもだ。夫婦としては一件も落着していないのである。結婚式もしていないし、披露宴もしていない。むしろ王都に結婚の届出が出ているかどうかすら怪しい。

 そしてなにより、ダンジョン以降、旦那さまがあまりの忙しさにわたしとラブラブしてくれないのである。

 もちろん、食事を一緒にすれば楽しく会話もしてくれるし、デザートだってあーんってしてくれる。でも食事が終わったらすぐ執務室に行くか、出張に出てしまう。

 もちろん、一緒に視察に行けば、華麗なエスコートっぷりで、片時もわたしを腕から離さない。でも視察が終わったらすぐにそのまま別の場所に出張に行ってしまう。わたしは一人馬車に乗って館に帰るのである。


 そんな愚痴をタニアにこぼすと大層な目つきでわたしにこういうのだ。


「のろけですか? 奥様」

「違うのよ! タニアがそういう気持ちもわかるけど、何だかダンジョンアタック以降旦那さまの声に含まれる感情が違うのよ」

「そういうものですかね?」


 ピンとこない感じのタニアはわたしのはなしを聞き流しながら、ケダマのブラッシングに夢中である。くそう。タニアからの愛も目減りしてる気がするぜ。

 というかケダマくんなんか大きくなってないかい?


 春の日差し差し込む暖かな自室でベッドにのびーんと寝転がりながら、隣に腰掛けケダマを延々ブラッシングしているタニアと益体もない話をしていると。


「そんなサーシャ様に朗報っす」


 天井裏から声がした。

 トシゾウである。むしろトシゾウでなければトシゾウの責任問題である。


「あらいたの? トシゾウ」

「いたっすよ」


 おかしいわたしのエコーロケーションに引っ掛からなかった。

 わたしは小首をかしげる。


「今日は気づかなかったわ。どうやったの? 今も実体はないでしょ?」


 ベッドから体を起こして、天井裏にあらためて声をあてても実態はない。


「暗部の機密っすよ」

「まあいいわ、そのうちやぶってあげるから」


 ちょっと悔しい。ちょっとね。

 そう。かならず見破ってやると固く決意するくらいに、ちょっと。


「勝負っすね」


 言ったなこのやろうめ。心の中で腕まくりしてやったぞ。

 だがまあいい。


「で? 何が朗報なの?」


 勝負は一旦置いといて朗報が気になります。


「ご主人からのお誘いですよ」

「お誘い!」


 声が華やいでしまう。

 うっかり声に魔力が乗ってサイドチェストの上に乗っている花瓶の中の花がポンっと音を立てて咲いてしまった。

 それを見たタニアが良かったですねと笑いながら頭を撫でてくれる。

 ご機嫌なわたしはそれにすりすりと頭を擦り寄せる。

 もっと撫でるが良い。最近ケダマばかり撫でてわたしを撫でるのをサボっているのは知っているのだぞ。ご機嫌極まるわたしはしばしタニアの撫でを堪能してからトシゾウに問いかける。


「んでどこに行くの?」

「領都から少し離れた所にちょっとした山があるんすけどそこで待ち合わせたいとの事っす」

「山に、待ち合わせ?」


 わたしの問いに、そっす。とトシゾウはそっけなく肯定する。

 不穏。なぜエスコートしてくれないのか。いつもの旦那さまなら朝からソワソワしてむしろわたしの部屋の前からエスコートしてくれるではないか。なぜ待ち合わせなのだ。


「一緒じゃないの?」

「ご主人は忙しいらしくって現地に直で向かった方が早いらしいっす」

「そう」


 寂しい。やっぱり旦那さまの中で何か変化があったのだろうか?

 嫌われた?

 てことは今回のお誘いはいい話ではない可能性が高い。

 嫌われそうな原因は数多ある。よく考えればむしろ嫌われない理由の方が少ない気がする。

 放射熱線吐ける妻はやっぱり嫌だったかなあ?


「明日の昼過ぎ、玄関に馬車回しとくんでそれに乗ってくれれば着くっすよ」

「一人で?」

「デートにタニアさん同伴がよければそれでもいいっすよ。俺は離れたところから護衛してるっす」


 本当はタニアにいて欲しいけど。

 もし嫌な話だったらと思うと避けたい。

 怒りに暴走したタニアが鞭で旦那さまをしばきはじめる未来しか見えない。そしてその時はわたしもついつい旦那さまにデバフ撒いてしまいそうだし。


 一人で行こう。


「怖いけど一人で行くわ」

「怖いって………そもそもサーシャ様だったら俺より強いじゃないっすか」


 怖いの意味が違うのよ! 全くトシゾウは乙女の心がわかってないわ。


「乙女心は違うの!」

「うへ。怖いから俺は逃げるっす」


 そう言ってトシゾウは気配だけでなく声も消えた。


 嬉しいはずのデートの誘いは素直に喜べない誘いになった。

お読みいただきありがとうございます。

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