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尾と口

 九尾を倒して一息ついた後、わたしたちは途方に暮れていた。

 倒しただけでなんの状況の変化もないのだ。

 九尾の血溜まりを嫌って少し離れた外周で立ちながらこれからどうするかを話し合う。


「さて、これからどしたらいっすか?」

「どしたらって。ダンジョンの秘宝とやらをもって帰るんじゃないの?」

「賢者殿はそう言っていたな」


 皆そんな事はわかっているが秘宝とやらが一向に現れないのだ。なんだよ! ゲームとかならテレレテッテレー的に倒したモンスターが消滅してその場に宝箱が出るとかするだろう。

 なぜそれがない。これが現実か。くそう。


「なんも見当たらないっすね」

「そうねえ」

「サーシャ様の声で隠し部屋とかわかんないんっすか?」

「それがね。あるのよ」

「そっすか。そんな簡単じゃあな………ってあるんすか!」


 トシゾウナイスなベタ反応!


「そうあるの。でもねえ」


 口ごもりながら、マッピングで反応があった外周の壁まで行ってコンコン入ってますか?


『カクレテマスヨ』


 帰ってくる音は明らかに先に空間が存在する音である。もう空間本人が隠れているって言っている。


「うーん明らかにこの先にあるんだけどなあ」

「でも扉もなにもないっすよ」


 そうなのだ。だから困っている。


「ご主人の力で壁壊れたりしないっすか?」


 言われた旦那さまは軽く壁を小突く。返ってくる感触に首を傾げる。


「うーん。ザイを使ってバフをもらったしても怪しい気がするな」

「ご主人で無理なら力技では無理っすか。どやったら開くんすかね?」

「うーん。ちょっと音あててみるね。大きな音で声だすから離れてもらってもいい?」


 本当に大きな声を出します。何というかドリル的な声。工事現場的な声。そんな声を出せる乙女の秘密はあまり見られたくないので少し離れていただきます。


「了解っす」

「わかった。サーシャ無理はしないでくれよ」

「ええ旦那さま。大丈夫ですよ」


 二人が九尾の体ぐらいまで下がった事を確認してわたしは色々な声を試してみる事にした。


 試しにドリルのような穿つ声。

 ダメ。

 試しにハンマーのような面で破壊する声。

 ダメ。


「ここまで離れててもちょっと耳痛いっすね。離れて正解っす。俺は俺でちょっと付近に怪しい所がないか探してくるんでご主人はここでゆっくりしてると良いっすよ」

「いや、僕も探すぞ」

 ふんすと鼻息の音。

「何言ってんすか。ザイぶっ放した後でほんとは立ってるだけで精一杯なの知ってるんすよ。サーシャ様の前だからって良いカッコしないで休んでてくださいっすよ」

 ふんっと鼻息の音。


 なんて鼻息の音でまで感情がわかるようなやりとりが聞こえてきて少しほっこりする。旦那さま余裕そうに見えてやっぱり結構無理してたのね。ほぼ尻尾を斬り落としたのは旦那さまだもんね。

 やっぱりわたしの銀色のケモノは素晴らしいなあ、ぐへへ。

 っとダメダメ。盗み聞きして、ぐふぐふしてる暇があるんだったら隠し部屋の解除しろってね。


 そこからは集中して数種類の声を試してみたがどれもダメ。

 お手上げだなあなんて考えながら壁に手をついてると。


 違和感。


 聞こえてたはずの旦那さまの呼吸音がしない。


 代わりにうっすらと。注意しないと感じられない。

 禍々しい波。


 それにわたしが気づいたと同時に。


 その波が己を隠すのをやめた。


 一気に膨張した波。

 なんという禍々しさ。

 外周まで押し寄せてくる。振り向くのが怖い。でも振り向かなければ。壁から手を離し、一気に振り返る。


 そこには一本の尾が。


 魔素をまとい、漆黒に染まった一本の尾が。


 倒したはずの九尾の。


 最後の一本が。


 旦那さまを捕らえていた。


「旦那さま!」


 わたしの声に応えない。

 宙に十字架のようにはりつけられ、遠目に気を失っているように見える。

 この状況だと魔素に包まれて急性魔素中毒で気絶している可能性が高い。


「トシゾウ!」


 わたしと逆サイドの外周にいるトシゾウに声をかける。見るとトシゾウもわたし同様に隠す事をやめた尾の魔素に気づき、旦那さまに駆け寄ろうとするが魔素に阻まれてどうにも近づけないでいるようだ。


 わたしの声に気付いたトシゾウは叫ぶ。


「サーシャ様! 浄化っす!」


 そうか!

 動転してそれに気づかなかった自分に舌打ちをする。

 浄化するために旦那さまに走り寄る。

 それに尾が気付き、ドーム状に展開していた魔素をわたしの方に差し向けてきた。


「聖域の魔素をものともしなかったわたしに魔素で対抗しようなんて!」


 生意気!

 浄化の歌を歌いながら、向かいくる魔素をものともせず、旦那さまへ一直線。


 くる魔素を浄化するだけでなく押し返しその先にある魔素ドームに浄化の穴を穿って旦那さまへと続くトンネルを開ける。開いたトンネルの先にはりつけられている旦那さまがはっきりと見えた。


 ひたすら駆ける。

 駆けながら。

 声をとばして旦那さまの脚を捕らえている魔素を浄化。

 次は旦那さまの右手の魔素を浄化。右手がだらりと下がる。

 左手、口輪、首輪と次々浄化して旦那さまの真下に辿り着いたタイミングで一旦停止。

 そこから最後に胴体を縛っている魔素を浄化した。


 全ての縛りを解かれた旦那さまが空から降ってくる。


 わたしは自分に身体強化をかけて落ちてくる旦那さまをキャッチ。しっかりと抱き締める。


 顔が真っ青だ。

 脈動の音をきく。不規則な音。弱々しい音。


「旦那さま! 旦那さま!」


 腕にだいた旦那さまをゆするが反応はない。


 そこに。


「モウオソイ。オマエノダイジハシヌ」


 ざらりとした不快感の塊がわたしの耳を汚した。

 旦那さまから視線を上げてわたしは不快感の主を睨みつける。


 旦那さまとは全く違う。

 だが赤い色の瞳がわたしを睨んでいた。


「きつねえぇ!」


 血塗れになりながら、最後の尾を魔素に変え、力を失った九尾はわたしの怨嗟の声に。


 真っ赤な口をうれしそうに満足そうに歪める。


 と同時にうっすらと透けていくようにして消えた。


 途中から勝てはしないのがわかった九尾はこれを狙っていたのだ。

 自分のアイデンティティを傷つけたわたしへ最後の最後に復讐するために。

 優勢になったからと侮って、尾を一本残した狐にトドメを刺すこともせず、気をぬいたバカに。


 九尾の消滅と同時にドームを作っていた魔素が消え、トシゾウも旦那さまの所に走ってきた。


「サーシャさま! ご主人は!?」


 わたしは無言で腕の中の旦那さまを見せる。


「浄化すれば! すればいつもみたく良くなるっすよね!?」


 泣きそうな声。

 している。浄化はしているの。


「さっきから浄化してるの、浄化してるんだけど、でも追いつかない! 追いつかないのよ!」

「まさか! サーシャ様じゃないっすか! あの聖域をあっという間に浄化したじゃないっすか! お願いするっすよ! お願いするっすよぉ………」


 慟哭に願いは消えていく。


「旦那さま! せっかく聖域を浄化してこれから一緒に幸せになりましょうって誓ったじゃないですか!」


 手の中の旦那さまから徐々にぬくもりがこぼれていく。


「ダメ、ダメダメ」


 いつの間にか自分の頬が温かい事に気づく。自然と涙があふれていた。

 あふれ、こぼれ落ちた涙は、旦那さまの頬にそのまま落ちる。

 ただそれは表面をうっすらと浄化しながら滑るだけ。浄化された場所もすぐに下から魔素が湧いてくる。


「何でよ! 歌姫の涙よ! 一気に治りなさいよう! 浄化の涙とか何とかあるんでしょう! なんで頬のちょっとしか浄化しないのよう! 役立たず! なんで浄化してもしても中から魔素が出てくるのよう」

「なか、から?」


 わたしの言葉にトシゾウが小さくつぶやく。そのまま何ごとかぶつぶつと考えながら口の中で言葉を捏ねている。


「トシゾウ?」


 わたしが声をかけると。トシゾウの頭が跳ね上がった。


「サーシャ様! 表面を浄化しても意味ないっすよ! 俺さっき見たっす。口から体の中に魔素が入り込んでくのを」

「体内に」


 そうか!

 普通なら体の外から魔素が侵食してくるから、今までわたしが浄化していたのは体表面から深くても真皮くらいまでの浄化だった。だから外から歌を投げても治っていた。

 でも今回は違う。体の内部が完全に汚染されている。

 だから外から浄化しても体表面の浄化だけで終わり、その部分も内部から再汚染されてしまうのか。


 つまり必要なのは。


 体内の浄化。


 方法は思い浮かぶ。


 迷っている場合ではない。


「トシゾウ! 旦那さまの上着を脱がして! そしたら横に寝かせて!」

「う、ういっす!」


 わたしの怒号とも叫びともつかない命令に、トシゾウが馴れた手つきで旦那さまの上着を脱がし、その場で横にしてくれた。


 目の前には半裸の旦那さま。


 顔は土気色で胸元からゆらゆらと魔素が陽炎のように揺れている。

 肺や心臓まで魔素が回っている証拠だろう。


 覚悟を決めろ!

 女は度胸!


 旦那さまの両頬を片手で挟むようにして口を無理やり開ける。


 そこにわたしの口を大きく開き旦那さまの口を包むように合わせる。


 これじゃファーストキスならぬファーストバイトだ。


 開いた口から口に直接浄化の歌を流し込む。


 波動が途中で止まらないように。


 食道から胃へ。胃から腸へ。

 気道から肺へ。肺へ送り込んだ酸素から血管を通って全身に。


 体の隅々まで浄化が行き届きますように。


 わたしだけのケモノが。

 わたしだけのあいが。


 うしなわれませんように。


 願いを込めて歌う。

 いつまでもいつまでも永遠に歌おう。


 わたしは胸にゆらめく忌々しい漆黒の陽炎が消えるのを確認するまで歌い続けた。

お読みいただきありがとうございます。

とりあえず二章書き終わりましたので、あと数日お付き合い頂けると嬉しいです。

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