政略と婚約と
「どうしてこうなった?」
どうも数日前まで小さな幸せを噛み締めていた畠中紗江ことサーシャ・サーエ・サージェンです。
わたしは今敵地であるサージェン家本宅にいます。
眼前にはフランツさん。あ、一応私の父です。とてもいかつい顔して腕組みしながら高そうなソファに座ってます。もーこれ貴族っていうか武士じゃない? 無言で睨みつけないでください。
しっぽが丸まってしまいます。しっぽないんですけど。
私ですか? もちろん床ですよ。大理石の床ぺろ美味しいです。実際ぺろってはいませんけどね。床にちょくで座ってます。
いきなり本宅に呼び出した挙句、来るのが遅いとやらでこの仕打ちですわ。ジャパニーズ土下座って異世界にもある文化なんですかね?
そんな私の様をニヤニヤした顔で眺めてやがるのが、私の兄&姉ですわ。
こいつらの性格の悪さったらもう!
今だってこいつらの難癖のせいでこうなってるんだからなぁ。公爵家を待たせるなーとかなんとかかんとか。そらこちとらさっきまで作業着で農作業してたんだから身支度に時間くらいかかりましょうよ。
貴族ってんなら先触れくらい出しなさいよ。
「サージェン家の忌み子がこの屋敷に入れただけでも、五体投地で感謝するべきですわ〜」
気の抜けた炭酸にハバネロ油を混ぜたような不快な声で姉のロゼリアがのたまう。
五体投地って異世界にもあるのね。そりゃあ土下座もありましょう。
「すみません、オネエサマ」
いそいそと床に身体を投げ出す私。
ふふう。リアル床ぺろ。大理石の床おいしいです。
「ロゼリア、いい加減にしないか」
子供が遊ぶスライムおもちゃを砂糖で煮込んで味付けしたような声を口からひりだすのは兄のグレッグだった。
あらめずらしい。いつもは嫌がらせのシナジースパイラルを繰り広げるグレッグさんがロゼリアを止めるなんて。
「汚物が床に広がっただろうが」
うふう。汚物。ですよねえ。
「さっさと正座にもどれ汚物」
大理石に床ぺろする機会なんてないのにもったいない。メイドが偏執的に掃除してるから床もきれいだし。くそう。
「あらあら、みんな仲良しねえ」
この様子をみての母レイヤのコメントがこれである。
忌み子を生んで頭に異常をきたしたのかと思いきやこれが通常営業だからぶっ飛んでるぜ公爵家。
「床が汚れたのは〜お父様がこんな汚物を呼ぶからですよ〜ロゼリアはわるくな〜い。お父様がわる〜いのよ〜」
お、こいつやりおった。
「ロゼリア?」
ほらキタ。レイヤさん。
この人、フランツさん命だからな。1ミリの否定も許さんのよね。普段はぶっ飛んでる頭がいきなりブチ切れるんだから怖や怖や。
般若もかくやって顔でロゼリアを睨んでおる。ざまあ。
「ヒッ! ごめんあさ〜い! ロ、ロゼが悪いんであう。いえ、いえいえいえいえ、違うワ。この汚物が全部悪いのよ! 謝りなさい、汚物〜」
おっと飛び火や。しゃーなし。
「申し訳ございませんでした、レイヤ様。私が分を弁えていなかったのが原因です。どうかご容赦を。フランツ様は公爵家の全てである事は自明。悪いのは全て私でございます」
これでいけるか?
「そう。我がフランツは常に十全なのです。欠けることのない望月なのです。忘れる事は許しませんよ」
「はい。お許しいただき感謝の言葉もありません」
セーフ。ちょろい。
「そうよ! 汚物が調子にのってお父様を否定するなんて! これだから忌み子は……」
否定したのはお前だぞ。自己紹介乙。
「終わったか?」
ふぁ! 武士がしゃべった!
久しぶりに聞くフランツさんの声。これがなにげにイケボでねー。この声だけは嫌いになれないのよ。
「はい。お見苦しい所をお見せして申し訳ございません、フランツ様」
土下座。からははーっとひれ伏す。
「よい、面をあげろ」
はい。と土下座にもどる私。
「今日、お前をここに呼んだ理由だが」
「はい」
そうそう、それをさっさと言いなさいよ。余計にクソどもに絡まれたじゃないの。というかいつも通り手紙かなんかで済ませなさいよ。
「縁談だ」
……エンダーイヤーふんふーんふんラビュー。
ハッ! 意識が元の世界に飛びかけた。
「と、申しますと縁談ですか?」
「聞こえなかったか?」
「いえ、聞こえております。それはロゼリア様の縁談に忌み子が邪魔で存在を消去されるとか、そう言った類のお話でしょうか?」
「いや」
「グレッグ様ではー?」
「ない」
「フランツs……まではありませんね」
レイヤさんの眼光がやべえ。ビーム出とったわ。
「もちろん違う。そもそもグレッグやロゼリアの縁談であれば、お前をここに呼ぶ事はない」
「では……」
「お前に、だ」
その時、私の脳裏に去来したのは。どうやってお尻から歌魔法をだそうかという思いだけだった。
プロジェクト○ックス。ふんふんふんふんふんふーんばるー。
おっといかんいかん。プロジェクトエック○がはじまりそうだ。
「私は忌み子でございます」
「わかっている」
「そんな私に縁談など……もったいなくて」
──お尻から歌魔法がでてしまいます。
「忌み子だからこその今回の話だ」
「ワケあり、の縁談という事でございましょうか?」
うーん。エロティックひひ爺とかかなぁ。畠中時代でもそこらへんは避けてたんだけどな。いざとなったら、途中で盗賊にでも襲われた事にして行方をくらますか。
「ワケはあるがお前の考えているような相手ではないぞ」
おっと思考が外に漏れてたか。フランツさんは武士のような顔して海千山千のゴリゴリ貴族だからまいるわ。
「なんの事でしょうか? 私は忌み子ですゆえ、全てはフランツ様のご意思のままですわ」
「ふむ、狸め。タニアの教育の成果か」
「なんの事かはわかりませぬが、タニアは良くやっております」
「そういう事にしておこう。わしの意思のままと言うならば、相手の話は不要だな。では話はこれで終わりだ。下がって良い」
おっとそういうやり方、貴族的!
「お待ちくださいませ、フランツ様」
「なんだ、やはりわしの言に従えぬか?」
「いえ、忌み子の身で生かされているだけで望外の喜びであれば、フランツ様の言に否などあろうはずもなく」
「ではなんだ?」
「この身とて、他家から見れば公爵家の血筋には違いなく」
「腹立たしいがそうだな」
「されど、社交界にすら出た事のない卑賤の身。情報もなく嫁げば行動一つで、私のみならず、公爵家の恥にもなりかねませぬ。今後のためにも嫁ぎ先の家名だけでもお教え頂けませんか?」
「ふん、可愛げのない。ふむ。しかしまぁ、いいだろう」
「ありがたき幸せ」
「お前の嫁ぎ先はギネス辺境伯家だ」
「かしこまりました。フランツ様のご配慮ありがたく存じます」
「話は終わりだ、下がって良いぞ。期日は追って連絡が行く。それまで待て」
「では、失礼致します」
土下座から立ち上がり、小さくカーテシーをフランツさんとレイアさんに向け、私は素早く踵を返した。
後ろからはロゼリアの嘲笑が聞こえてくるが、かまっている暇はない。
私には時間がないのだから。