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魔素と解決策

普段より少し長めです。

 今日は本題である、魔素充満する速度が早い問題を解決するために集まっている。

 賢者を探している根本の原因はこれだったのだ。その副産物が大きすぎてもはや根本を忘れていたフシさえある。

 ワスレテナイヨ。ホントだよ。


「賢者シルヴァ殿。本日は我が辺境伯領を救うためにいらしていただき感謝する」


 旦那さまはすっかりと領主モードになっており、いつもと違いとても凛々しく雄々しく美しく素敵でございます。出会った頃を思い出しますが、たまにわたしに向けてくる視線にはとても熱を持った感情がこもっておりヤケドしそうなほどですのでぐふふ。

 ああ、奥様モード維持の限界時間がきたようだ。


 アホなわたしをおいて会議は回る。


「いやかまわんよ」


 賢者然として答えるのは前世からの我が師匠。今世では賢者シルヴァとして生まれ、数多のチート能力で世界を救うスーパーヒーローらしい。ん? こっちが主役じゃね?


「早速で申し訳ない。こちらも急いでいるため本題に入らせていただくが、現在聖域の魔素充満速度が上がっているのはご存じだろうか?」

「ああ、知っているね」


 賢者師匠は目を閉じて、静かに、だが確かに首肯く。


「以前、聖域を整備してもらった時に父と聞いた話では魔素が聖域を満たす期間は数年単位であり、聖域からあふれ出すのはそれ以降と聞いたし、実際そうであった」

「ああ、そうだね」


 目を閉じたまま、また確固として首肯く。


「それが一度、完全に浄化した状態の聖域を魔素が満たすまで三ヶ月にも満たない期間で充満しているのが現状だ」

「おや浄化できたのかい。そりゃよかったねえ」


 ここで初めて目を開き、旦那さまを見て少しおどけて皮肉めいた口調で、本題を避けるように答える。


「それはすでにご存じなのでは?」

「バレたか」


 てへぺろ。低身長ロリババア巨乳エルフのてへぺろは絵になる。だが実年齢五百歳のてへぺろである。見た目と中身とやっていることが渋滞しすぎでは?


「だからこちらにいらしたんでしょう?」

「バレたか。実は辺境伯殿が賢者なんじゃないかい?」

「お戯れを」


 旦那さまの声に少し険が乗った。


「本気なんじゃがの」


 賢者師匠はそれに気づいているのか気づいてないのか。気づいてるんだろうな。前世からああやって人を煽る癖がある。気に入らないクライアントを煽って怒らせてもなお仕事を依頼されてたからこの人は天才だったんだろうな。


「冗談はそこまでにして、原因をお教えいただいても?」


「原因はわしじゃよ」


「え?」

「は?」

「キュ?」


 キュ? ちゃう。あまりの驚きでリアクションがケダマのリアクションになってもうた。賢者師匠が犯行を自白したように聞こえたんだけど? 聞き違い? 耳逝った? 酔っ払った師匠のデスボイスでやられたか?


「じゃからわしじゃと言うとろうよ。聖域の魔素充満速度を上げてるのはわしじゃ」


 戸惑う会議室にとどめを刺すように賢者師匠が追い討ちをかける。いや、聞こえてなかった訳じゃないからな?

 というか。


「おまえかぁい!」


 思わず会議室全員がひな壇芸人になったかのように声を荒げて立ち上がった。勿論わたしもだ。そして師匠の声に嘘はない。ほんとに師匠が魔素を増やしているんだ。


「なぜそんな事をなさっているか教えていただいても?」


 唯一ひな壇芸人時空に巻き込まれていない旦那さまは、静かにだが確実に怒気をはらんだ声で問う。返答次第ではザイをぶっ放しかねない雰囲気だ。


「それを説明しにきたんじゃからかまわんよ」


 賢者師匠は旦那さまの怒気などどこ吹く風でサラリとしている。うーん、我が師匠は前世からほんとに変わらんな。これって前世ならクライアントに何故かわたしが謝るパターンなんだよな。

 ああ、イイオモイデ。

 ていうか! そもそも説明とかじゃなくて! わたしがここに嫁いできたから会いに来たんちゃうんか?

 おん? すねちゃうぞ?


「わたしに会いにきたんじゃないの師匠?」


 不満である。口も尖ろう。

 賢者師匠はわたしに向き直って言う。


「おう、そうじゃ。全てはそこに通じておる。おぬしが婚約したじゃろう? その祝いで魔素を送っとるんじゃ。端的に言ってしまえば結婚祝いじゃのう」

「師匠、イヤゲモノみたいな感覚で魔素送らないでよ。昔っから旅行先の変なお土産買って来てたの思い出すのよ」


 そんな感覚で魔素送ってくんなや。

 前世もポリネシアの変な仮面とかアフリカのチ○コケースとかくれたからな。わたしにはついてないのよそれ。聞けば部族用に歌を作ってやった礼にもらった首長の証のとか言われた。それ聞いて、使用済みじゃねえか! ってなってゴミに出したら粗大ゴミですって言われてお金払った記憶がよみがえってきた。うっ頭が。


「賢者殿は辺境伯領に敵対する意思があると思ってよろしいか?」


 わたしが頭の痛みに目頭を押さえていると、旦那さまの声にさらに棘が増す。あら、結構ヤバめになってるわ。


「待て待て、おぬしら魔素を完全に悪じゃと考えておるじゃろ」


 考えてますね。わたしですらそうなんだから、旦那さまに至っては。


「以外に何があります? 辺境伯領の発展を阻み、父の命は奪い、私の未来も危うく奪われかけたのです。『悪』以外に何があると言うのです」


 となります。

 今にも抜刀しかねない雰囲気だわ。


「そりゃそこな我が弟子が来るまでの話じゃろう?」


 と言ってわたしの方を見る。フォローしろってことか?

 しゃーなしだなあ、旦那さまも大事だし、師匠も大事だし。

 しゃーなし。


「そうですね。わたしがいれば浄化できますし、旦那さまの命を危険に晒す事はありませんよ。ね、旦那さま。そんなに怖い顔してたらダメですよ。話を聞きましょう」


 隣で椅子から腰を上げ、いつでも一足に飛びかかれる姿勢をとっている旦那さまの腕に手をかける。少し落ち着きましょう?


「ああ、辺境伯領も僕も、我が妻サーシャに全て救われた。サーシャがいなければ現在も未来もない。ああサーシャ。僕のサーシャ。ああ………」

「旦那さまあ」


 そんな甘くて赫い目で見られたらもう。


「誰がサカれと言った。馬鹿弟子」

「はっ」


 しまった。フォローのつもりがついつい。

 旦那さまも少し落ち着いたようで浮かせていた腰を椅子に下ろし話を聞く体勢に戻っていた。

 うん! 結果オーライ。


「おぬしらは馬鹿弟子の力をちゃんと使っておらん。なんのためにわしが大事な馬鹿弟子をここによこしたと思っておるのじゃ」

「力とは?」

「浄化だけがこやつの力ではないぞ」


 浄化だけじゃない? うん、そもそもわたしのザイは歌魔法だからね。浄化は副産物みたいなもんだし。

 だからそりゃあーー。


「歌魔法は色々できるよ。そもそも浄化したのも裏庭が荒れてたのが気に入らなかったからやっただけだし。でも魔素なんて浄化以外何したらいいの?」


 あんな禍々しいもの浄化しないでどうすんのよ?


「じゃあ今からちょっと魔素出すからその魔素を包む感じで音出してみろ」


 そう言った師匠はどこからか取り出した杖を振る。

 と同時に禍々しい感じの気体が会議室の机の上に急に現れた。


 は?


「はあ!? 何てとこに何てもんをいきなり出すの!」


 これほんまもんの魔素やんか! 一般人もいる会議室でなんて事すんだ。みんな会話に入れなくてヤキモキしかできていないくらいの一般人だぞ!


「ぐだぐだ言っとらんでさっさと包め!」

「ちょ、もう! 餃子パーティじゃないんだからさあ………」


 タニアやらケダマやらが魔素に毒される前になんとかしなきゃだから急ぐけどさ。でもノーヒントで簡単に包めとか言わないでほしいよう。などとブツブツと文句を言いながらも試しに声を出す。

 包めってもなあ、声で包む。うーん。声を歪ませればいい感じの声になるかなぁ?


 いやこれじゃ曲がるだけか。


 あーんと、歪ませた声で面を作って部屋の多方向へ投げる。んでそのリバーブで隙間なく埋めてけばっと………。


 おおいけた。


「できたよー師匠」

「すぐに球をつくれるのはさすが我が弟子じゃな。よし! そしたら次はそのまま球を小さくしていくんじゃ」


 ほめられたー。うれしー。でも次のちゅーもーん。


「いくんじゃって、すぐそやって簡単に言う」

「おん?」


 わたしの不満げな言葉に、師匠は眉をしかめて小さく杖を振りかぶる。


「やるやる! やるのよう」


 やるとは言っても、どうやっていいやらわからんなあ。高音域に音を変えてけば波形的にせばまって高くなるから球自体が小さくなるかな。と思ってやってみる。


 おっと正解。


 球体は小さくなり魔素をギュウギュウにしている。


「やはり我が弟子は馬鹿弟子じゃが天才だのう。前世ではなんで売れなかったのやら?」

「うっさい師匠! あれは時代が悪かったのよ! そんなのいいからさっさとここからどうすればいいか教えてよ」


 ほめるかけなすかどっちかにするのよ! てかほめて。師匠にほめられることなんて滅多にないんだからほめて!


「すまんすまん。おぬしは天才じゃよ。さて、そこからはひたすら魔素を圧縮するじゃだからな。ホイッスルボイスになるまで周波数をあげればよいぞ。むしろ犬笛くらいまで上げても構わん」

「ほーい」


 言われた通りに高周波で音球を構成すれば中に包んであった魔素の感触が変わる。


「どうじゃサーシャ? 中の感触が変わったら教えてくれ」

「なにこれ師匠。中が魔素じゃなくなってない?」


 音にあたる感触が硬質なものに変わってるような。


「おうそうか。ならもう声を解除してもよいぞ」

「ほい」


 解除した音球から小さな黒い石が落ちてきて会議室の机をカタンと鳴らした。


「キュウ!」


 なぜかケダマがそれに飛びついた。


「これケダマ! いけません」

「ガフッガフ」

「ケダマがこんなに興奮するなんて珍しいねえ、タニア大丈夫?」

「ええ、大丈夫です。これケダマ落ち着きなさい。拾い食いはいけないと教えたでしょう?」


 拾い食いもなにもこやつは蝶やらスズメやらを丸かじりしているだろうに。今更イイもワルいもなかろうと思うのは飼い主ではないからだろうか?


「して賢者殿、なぜここに魔石が?」

「さすが辺境伯殿、これが魔石とわかるとは博識だねえ。本気で賢者を継がないかい?」


 またそうやって旦那さまを煽る。もうフォローしないからな。という目線で賢者師匠を睨むと肩をすくめて悪びれもしない。もう師匠は師匠なんだからさ。


「戯れはやめてください。私たちは真剣なのです」

「冗談のわからない男だね。まあいいさ。これは確かに辺境伯殿のいう通り魔石だ。さてなぜ魔石がここにあるのかという問いに答えるのであれば、答えは魔石を作ったからだという事になるね」

「魔石を?」

「作った?」


 会議室内に衝撃が疾った。疾ってないのはわたしと賢者師匠だけだ。

 前者は無知から、後者は既知から。同じリアクションでも全く違う。

 魔石ってそもそも知らんもんしゃーなしよねえ。


「あんたたちそんなに驚くけどそもそも魔石の素は魔素だからね。そりゃ魔素から魔石ができるのは自然の理だよ」

「ですが魔石はダンジョンや地下鉱山で発見される希少鉱石とされているのが世界の常識ですよ。それがこんなに簡単に………」


 へえ希少鉱石なんだあ。へえ。旦那さまがこんなに驚くなら今度いっぱい作ったろ。


「辺境伯殿は博識だが頭は固いと見える」

「とは言っても世界の常識とされているのは事実でしょう」

「ここに魔石があるのもまた事実さ」


 ど正論や。さすが師匠! 性格わるい!

 絶対作る条件とか厳しいのにさあ。レアなケースを事実として陳列して口論の相手を黙らすなんて事実陳列罪で逮捕されてもおかしくないのよ。

 ほら、旦那さまも他の人間もぐうの音も出ないじゃない。ぐうぐう言ってるのは魔石にかぶりつこうとしてるケダマだけよ。


「反論が出なくなった所で今回の本題だ。魔素がわしからのプレゼントだと言った理由がわかるヤツは答えると良いよ」

「はい師匠!」

「はいそこの馬鹿弟子!」


 わたしのターン! これならわかるわ!

 師匠は金にガメツイのよ。

 前世でも楽曲制作でよく言われたのよね。希少な物はみんなの欲しい物。みんなの欲しい物は高い物。

 つまり。


「いらない魔素を希少な魔石に変えて売ればイイと思います!」

「はい正解です。馬鹿だけど天才だね我が弟子」

「えへへ」


 えへへ。ほめられたー。ほめられたかな?

 頭に浮かんだ疑問符に考え込むわたしの横から旦那さまが小さくなるほどと呟いた。


「魔石は魔族領からごく少数輸出されるだけの言わば戦略物資。これを王国内で生産できた上に流通させられれば魔導具の量産も、質の向上も望めると。それはつまり。魔石を独占販売する辺境伯領がさらに富む事を意味している」

「はい優秀な辺境伯殿も正解!」


 へえ。魔石って魔導具に使われてるのね。それも知らなかったわたし。ちょっと恥ずかしくなってきた。タニアってば貴族教育はしてくれたけどこの辺のテクノロジー関連は教えてくれなかったのよね。と思ってタニアを見るとタニアも驚いた顔してる。さてはヤツも知らんかったな。


「ですが! それはすべて愛するサーシャの負担ではありませんか?」

「ん?」


 わたし?


「馬鹿弟子の事となると察しがいいね」


 急なわたしの登場にケダマみたいなリアクションになってしもうた。恥ずかし。挽回挽回。


「そうですね。魔石にするのはわたししかできない。構いませんよ旦那さま。わたしがやります。浄化するのも圧縮するのもあまり変わんないと思いますし」


 わたしがやればいいのなら全て解決だ。


「サーシャ駄目だよ! 僕は君を一生かけて幸せにすると誓ったじゃないか。君が苦労して解決する未来なんて僕はいらない! 君に毎日甘く笑い歌いやりたいことだけをやる人生をすごさせるのが僕の使命だ。それに君の声はあんなことをするためにあるんじゃないよ」


 ああ。旦那さま。なんと甘い瞳でわたしを見つめるのでしょう。甘やかされすぎて溶けちゃう。


「旦那さま、ありがとうございます。お気持ちは確かに受け取りました。確かにずっと魔石作ってたら、ライブでそれどころではなかった結婚式も披露宴もできませんもんね」


 とは言っても知ってしまった今、魔素を浄化するだけではもったいないと思ってしまうのも人情。

 どうしよ。

 どうするん? 師匠?

 とアイコンタクトする。長年の付き合いだ。師匠もわかってるだろう?


「もちろん。わしとて悪魔じゃないんだ。サーシャを魔石製造機になんてしないよ。というか辺境伯がそういう選択をする人間であればこの土地は滅ぼして魔族領にするぐらいの気持ちと実力は持っているしね」


 アイコンタクトに応えた師匠は嬉しいが物騒な事を言う。


「では何か方法が?」

「ああ、勿論さ」


 旦那さまの問いに、したり顔で師匠は賢者じみた事を言い出した。

お読みいただきありがとうございます。

いつもうれしいです。

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