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マーサとデカ

 聖域を浄化して一安心。旦那さまを浄化して一安心。

 とはいかないのが人生である。

 聖域は浄化後一週間でまた魔素が充満し始めた。驚いたもののまたわたしが浄化した。幸い初期段階なら旦那さまにまで魔素は回らないらしく聖域だけを浄化すれば事足りるようだ。

 その後また一週間で聖域に魔素が充満し始めた。

 そのまた次の週も。そのまた次の週も。

 しかも徐々に貯まる魔素量が増えている気がする。

 わたしが居れば浄化は問題ないが、これではライブツアーを組む事ができない。困った。わたしの生きがいでもあり、サイトー企画の飯のたねだ。今はレコードやらグッズ販売やらのターンだからまだ問題ないが、ライブをしないと知名度が下がり、グッズも売れない。参った参った。

 どうやってライブのスケジュールを組めばいいのかしら?


「どうやったらいいのかしら?」

「あら、サーシャちゃん。浮かない顔だねえ、一体どうしたんだい?」


 思わず漏れていた独り言に、紅茶をもってきたマーサが反応した。

 わたしはいまマーサの店にいる。あの闇のデート以来この店が気に入ってしまったわたしは常連になっていた。ライブの企画も、タニアとの息抜きも、旦那さまとの愛の語らいもこの店だ。今は一人になりたくてきているので誰も連れてきてはいない。高位貴族の奥方としてはあり得ない行為だろうが。気にしない気にしない。

 なんせ現辺境伯の教育係が営む店なのだ。セキュリティも信頼度も段違いに高いだろう。だから大丈夫。


 んで話を戻すと、そもそもこの問題ってマーサさんは知ってるのだろうか? そもそも言っていい事?

 聞くが易いか。


「んーマーサさんって辺境伯の館に人がいない理由は知ってる?」

「………サーシャちゃん、それ超極秘の重要機密事項だねえ」


 知っているようだ。声に動揺と心配があるが、嘘はない。


「知ってるなら話が早いわ」

「気にしないんだねえ」


 呆れ顔でふくよかなお腹をポンと鳴らした。

 知っているだろうと思っていたから気にしない。辺境伯の教育係が飲食店を営んでいるのもそこ関係でそうなっているのだろうし。マーサさんもあながち無関係ではない。


「だって問題はそれなんですよ」

「サーシャちゃんにもちゃんと話したのかい。坊ちゃんも成長したね。………そうだねえ。あれはあたしも許せないよ。先代様もそうだけど、なんで坊ちゃんが命を削らなきゃならないんだい? サーシャちゃんだって嫁いできたって事は無関係じゃないだろうし、この先生まれてくる子供だってーー」


 憤りを感じる声。愛情を感じる声。辺境伯一族への愛を感じる。素直にうれしい。新参者のわたしまで心配してくれるこの人の人柄が心に沁みる。

 でも。


「いや、そこはもう解決したんですよ」

「命の選択を………って、え?」


 水を差してすんません。


「聖域自体はもうわたしが浄化して綺麗な裏庭になっているんですよ」

「は?」

「ん?」


 困った顔。いきなりの話を信じる事ができず、でも目の前のわたしに嘘だっ!とも言い難い。そりゃそうか。内情を知っていれば知っているほど、あそこの厄介さ、この辺境伯領が置かれた状況、辺境伯が背負ったリスクの大きさが身に滲みているだろう。


「サーシャちゃんがあの魔素だまりを浄化!? ほんとに言ってるのかい? あそこだよ? あの広大な魔素だまりだよ?」

「はい。いまやケダマとタニアのラクーンドッグランになってますよ」

「いやいや、流石にサーシャちゃんの言う事とはいえにわかには信じられないね」


 ブンブンと頭をふりふり、己の正気とわたしの言葉を確かめる。

 証拠はないけど、証人ならどうかしら?


「確かにそれもそうですね。じゃあわたし以外の証言を………トシゾウ? いるでしょ」


 ガタリと天井裏で音がした。


「なんで知ってるんっすか。暗部のいる場所をホイホイ言い当てられるといい加減自信失くすんすけど」


 上から声だけが響く。やっぱりいるわよね。知ってた知ってた。癖になってんだ。エコーロケーションで周りを把握しとくのが。

 文句を言いながらもマーサとトシゾウは互いの事を知っているようで、天井越しに軽く挨拶を交わしていた。


「まあまあ細かい事は気にしないでよ。それよりさ、わたしの言ってる事の真偽をマーサさんに教えてあげてくれる?」

「細かくないんっすけどね! でもまあサーシャ様の言ってる事はほんとっすよ。いまだに信じられないっすけど。でもほんとっす、この辺境伯領とご主人はそこにいるご令嬢一人にマルっと救われたんっすよ」

「ほんと………」


 トシゾウの証言に言葉を失っている。


「間違いなく」

「トシゾウもそう言うって事はほんとにほんとなんだね………それは………ほんとに………よかっ」


 エプロンで抑えた口元は言葉を失くしていた。

 目元にはきらりと涙が光っている。


 本当にいい教育係だった、いや過去形でなく心は今も坊ちゃんの教育係なのだろう。


 そこから感涙に咽ぶマーサを席に座らせて、ひとしきり思い出話を聞いたり、お祝いに店をしめてパーティをやると張り切るマーサを、天井裏から引っ張り出したトシゾウと一緒に止めたりした後。

 マーサの店を一旦準備中にしてから、店のテーブルに三人で固まり、今回の本題に入った。


「って事はまだ完全に聖域は解決してないって事なのかい?」

「そうですね」

「そっすねえ」


 今までの経緯を説明されたマーサは少し落胆したように言った。そりゃあ解決したと思った直後に問題が発生したとなれば落胆もするだろう。かくいうわたしもトシゾウも同じ気持ちである。


「どうしたらいいと思います?」

「流石にレストランのおばちゃんにはどうもできないねえ」

「ですよねえ」


 いくらマーサが頼りになるとは言っても流石に専門外すぎて聞かれても困るだろう。


「あ、でもさ。その関連であればやっぱり賢者に聞くのが一番じゃないのかい?」


 落胆した雰囲気をなんとか戻そうとマーサが話題を変える。

 そこで出てきたのが賢者。げえまた賢者ー?


「胡散臭くないですか? 賢者」


 わたしの顔は不信感をあらわにくしゃっとなっているだろう。


「サーシャちゃんは会った事あるのかい?」

「ないんですけどーー」


 あまりの暗躍っぷりに全ての元凶があいつなのではないかという気すらしてくる。何かにつけて賢者が出てくるんだものなー。わたしの人生実は賢者に操られてんじゃないか?

 そこに横からトシゾウが入ってくる。


「相談って言ってもあの賢者って神出鬼没っすよね?」

「どこにいるかわからないって事?」


 ますます怪しい。謎のベールに包まれすぎだろう賢者。普通賢者って権力者のとこにいてそこに知識を貸したりしてんじゃないの? どこにいるかわかんないんじゃ隠者じゃないのだろうか。わかんないんじゃけんじゃじゃなくていんじゃじゃないんじゃ。ほむ、いんじゃが渋滞しとる。


「そっす。基本いろんな所をフラフラとして問題がありそうな場所に現れては解決してくらしいっす。でも権力者が私利私欲のために利用しようとその存在を探しても見つからないって話っす」

「となると今回も見つからないかな。わたしが浄化してれば民には問題ないし、それをわたしの都合でどうにかしてほしいってのも私利私欲だもんね」


 完全に私利私欲よねえ。わたしがちょっと我慢すればみんなが幸せになるのに、なんとかしてくれって要望は。そうなるとご都合主義でいきなり賢者が現れるって展開は期待できないな。


「んーちょっとそこは賛同しかねるけど、それはそういう事になるのかねえ? まあそもそも賢者を探すったってあたしは賢者を見たことないから探しようもないしねえ」


 マーサの言葉にトシゾウは小さく手を上げた。


「俺、実は賢者見たことあるっすよ」

「なぬ!」

「なんだって?」


 みんなの驚きにトシゾウはちょっと得意げになる。

 どうやら聖域に魔素を集積するようにするシステムを実装する際にまだ子供でありながらも暗部見習いだったトシゾウは作業する賢者の護衛兼監視をした事があったそうだ。


「ナイストシゾウ! さすが暗部の頭! ヨッお頭!」

「やめてくださいっす。なんすかその変な感じ?」


 嫌そうな照れ臭そうなちょっとあんまり見ることのできない顔でトシゾウは、バシバシと背中を叩かれていた。


「ふふふいいじゃない。んで賢者ってどんなんなの?」

「あたしも興味があるねえ。知っとけば店にくるお客さんに聞けるしね」


 そうだそうだ。絵の上手い人間探してポスターで指名手配じゃああ!


「うーん。遠くからの護衛だったから詳しい見た目とかはわかんないっすけど、種族はエルフっすね」

「エルフ! そんなのいるの?」


 詳細がわからないのは残念だが、それを超える情報に思わず声が大きくなる。


「いるっすよ。すごく珍しいっすけど。普通の人間はエルフに会うことなんて基本的にはないっすね」

「トシゾウ!」

「痛っ、なんすかマーサさん!」


 マーサさんがトシゾウの肩を嬉しそうに力強く叩いた。


「トシゾウ!」

「え!? なんでサーシャ様まで?」


 ヨシ! わたしも!

 わたしはマーサさんとは逆の肩を楽しそうに叩いた。


「お手柄だからだよ! トシゾウ」

「わたしはノリでだよ! トシゾウ」

「ぜんっぜん意味わかんないっす」


 痛む両肩をそれぞれの手でさすり、いたたと呟きながら己を抱きしめる体勢になる。


「エルフ! あたし知ってるんだよ!」

「は? まじっすか!」

「ほんとにマーサさん!?」


 なんと! これがご都合主義か! しかし都合がいいのだから問題はない。

 三人で軽く腰を上げてハイタッチの交換会となった。ちょっと息が切れたので、席についてマーサさんの話を聞く。


「あたしの見たそれが賢者かどうかはわかんないけどね、昨日の夜うちの店に一人の小柄な客が食べにきたんだよ。はじめはフードかぶってたから子供だったら酒は出せないんだけどねえって言って年齢を確認したんだけど、常日頃から聞かれてうんざりしてるのか、自分は成人してる! ってプリプリしはじめてねえ。仕方ないから酒と料理を出してたんだけどね。何杯目からかわかんないけど、そこそこ酔っぱらいはじめてね。飯がうめえ、酒がうめえってあたしにからみはじめたんだよ。酔っ払ってるから身振りも大きくなってて、その時にフードがはずれてあの特徴的なとんがった耳が見えたのさ。その時はエルフなんて珍しいもん見たねえくらいだったけど。なんだかタイミングがいいねえ」


 マーサはここまで言い終えると、ふうと一息ついて木のマグカップに入っている果実水で喉を湿らせた。わたしとトシゾウは千載一遇の手がかりに興奮しているが、マーサの次の語り出しを待てない。


「で、ででで、そのエルフはそっからどうしたんです?」

「全てがマーサさんにかかってるっす!」


 食ってかかるようにテーブル上に身を乗り出してマーサに問いかける。


「しばらく領都に滞在するって言ってたよ。飯がうめえからまたこの店にくるって言い残して帰ってったよ」


 満面の笑みでサムズアップだ。


「犯人逮捕フラグキターーーーー!」


 思わず立ち上がり天を仰ぐ。神に感謝!

 犯人ではなかろうが、わたしの中で賢者は黒幕だし、賢者はエルフだし、エルフは賢者だ。


「もし賢者じゃないとしてもエルフ同士なら何か連絡手段があるかもしれないっすしね」


 そうだそうだ。

 ノッてきたぜ! 犯人がくるであろう酒場にはりこんで逮捕するのだ!


「トシゾウ、旦那さまに報告してくれる? わたしはこのままマーサさんの店でエルフをはるわ!」

「うっす」


 音もなく目の前から消えたトシゾウを見て、わたしは拳を握りしめた。


 次回! もっとあぶないサーシャの始まりだぜ!

イイネも評価もブクマもやる気出るー!

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] もっと危ないサーシャが賢者を捕まえてくれるんですね!わくわく エルフなのか~楽しみです
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