巨木とマイク
旦那さまの体調問題が発覚した千秋楽。
そこから旦那さまの馬車に便乗して、辺境伯領の中でもさらに辺境の魔族領との境にある村から急ぎ帰ったわたしたちは三日の行程を経て辺境伯の館に到着した。
ぐわんぐわんと揺れながら、猛スピードで走る馬車に三日間乗りっぱなしだったせいで、肩はこり、腰は曲がり、お尻がわれた。(かろうじて切れる事はなかった。割れてはいるが切れてはいないのだ)歌魔法でコリをほぐしながらでなかったら死んでたやもしれない。
ともあれ、館に到着してすぐにわたしは聖域の浄化に取りかかった。聞いていた通りに再び魔素が充満していたが、わたしの歌魔法にかかればチョチョイのポンです。
さらっと浄化を終えて、わたしはポーズを決めた。
「ヨシ!」
「奥様、そのポーズと掛け声はなんなんですか?」
またアホウを見る目をするタニア。ゾクゾクするわ。でも最近はしたないとか言わないのが少し寂しい。ぜひ諦めないでほしい。
「ん? ちゃんと安全を確認して事故も怪我も絶対にない(ないとは言ってない)って確認とポーズよ」
「またおかしなことを」
と言いつつ少し笑ってる。本当はわたしのこのわけわかんないとこ好きなくせに。ツンデレ子猫ねタニアちゃん。
「気にしない気にしない。お約束よ」
「ですが本当にすごい魔素でしたね」
最初に聖域の浄化をした時に生えてきた巨木の木陰に入り、あらためて浄化された聖域を眺めながらタニアはしみじみと言った。
確かに結構魔素が溜まってた。浄化してから、ライブの準備やらライブツアーやらやってる間だから四ヶ月くらいかな? こんなあっという間に魔素って溜まるもんなんだねえ。
「そうねえ。一番最初ほどひどくはなかったけど、空気も澱んで木も花も枯れかけてたものね。元気だったのは唯一この巨木くらいか。あれじゃ旦那さまの体調も悪くなるよねえ」
「それも今やすっかり元通りですね。やっぱり奥様のザイは素晴らしいです。なぜ公爵家ではあんなに迫害されたのか………」
タニアの言う事もわかるが、それでもトップブリーダーが絶対に売れる予定のアメショを産むつもりだったところに、なぜかエキゾチックが産まれてきたようなもんだからねえ。なんだこのブス猫! どこの泥棒猫の種だ! ってなる気持ちもわかるのよねえ。で迫害して追い出したエキゾチックは別の界隈では大人気になるんだから。まー伝統とか色々と抱えていると知らんもんや新しいもんに価値は見出しづらくなるよねえ。
ん? 誰がエキゾチックなブス現○猫だって!?
「でも今が幸せですからね。今が大事ですよ」
わたしの沈黙を気まずく思ったのかタニアが慌てたようにわたしに声をかけた。
別にいいのに。でもまあ。
「良いこと言うわねタニア」
タニアは微笑む。
そう。今のわたしにはとても素敵な旦那さまがいる。それだけで割となんでも許せる気がする。学生時代、彼氏ができただけで幸せオーラを撒き散らかして全てに寛容になった女を見て、クソほど引いたわたしだが、正直すまんかった。そりゃなるよ。こうなるよ。でも他人からみるとひくだろうから、ちょっと自重しましょう。
「旦那さまに報告に行かなくちゃ」
「そうですね。ケダマーノお! もう戻りますよ! こちらに戻っておいでなさい」
遠くで雀を狙っていたケダマは、タニアが己を呼んだ大声で逃げた雀を視線で追いかけた後、元凶のタニアをジトっとした目で見るもすぐに諦めたのか、トボトボと美しくなった草原をこちらに向かってきた。
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急いで旦那さまに聖域の結果を伝えようと、わたしとタニアは旦那さまの執務室の前に立っていた。聖域から出る際にちょっと離れたところにいたトシゾウに声を飛ばして執務室を訪問する旨を旦那さまに伝えてもらうように依頼したから貴族マナーは大丈夫。
扉をノックすると、中から入室を許可するトシゾウの声がしたので扉を開ける。執務机に座る旦那さまはこちらを見ると、仕事の手を止めて微笑みかけてくる。
ぐふふ。うつくし。
「旦那さまー」
「サーシャ! 逢いたかったよ」
ぐふふ。わたしも。
「浄化終わらせてきましたよ」
「はやいっすね!」
旦那さまの執務机の横にいたトシゾウが驚く。
「ふふん。わたしにかかればポポンのポンのケダマーノよ」
「キュゥ?」
いきなりのネームドロップにケダマが戸惑っているので両脇に手を入れ抱き上げる。のびーんとしたたぬきは案外長い事を知る。そのまま胸に抱き、腹を撫でるとグゥグゥと気持ちよさそうな声で鳴いた。
「旦那さまに残ってる魔素も浄化しとくわね」
「ありがとうサーシャ」
ケダマを抱いたまま、旦那さまの体内に残っている魔素を浄化するように声をあてる。この時の曲を旦那さまの知らない曲にしてあげるとすごく喜ぶので今日もそうした。旦那さまはとても嬉しそうに気持ちよさそうに音に身を任せて目を閉じている。
ほどなく体内の魔素が浄化されわたしが歌をやめると、旦那さまは少し残念そうに目を開けて物足りなさそうな顔でこっちを見てくる。
何事も腹八分目ですよ、旦那さま。そんな意味で微笑むと理解してくれたように小さく頷き、何かを思い出したように視線を揺らした。
「どうしました、旦那さま?」
「ん? 実はねサーシャ、今日は君にプレゼントを用意してあるんだよ。本当はツアー千秋楽の日に記念として送ろうと思っていたのだけど、僕の体調不良もあって渡しそびれていたんだ」
「なにそれうれしい!」(まぁ、素敵ですわ!)
「奥様、本音と建前がまたひっくり返ってますよ」
「おっとあぶね」(あらあら失礼しました)
「嬉しすぎておかしくなってますね。ちょっと叩きましょう」
「だからわたしは壊れたレコードじゃないのよタニア」
旦那さまがいつものわたしとタニアの掛け合いに静かに笑いながら、執務机の抽斗を開けて取り出したのは長方形の箱だった。それを手にもって椅子から立ちがり、わたしの方に向かう。タニアがわたしの胸元に抱かれているポンタを預かるように横から手を出してきた。その間にわたしの前に立った旦那さまは手に持ったものをわたしに差し出した。
「これを君に」
受け取ったそれはわたしの掌中に収まるくらいの大きさでリボンと包装紙に包まれたいかにもなプレゼント。
普通のプレゼントだが、でもそれはなんだかキラキラとして宝物に見える。
「開けても?」
「もちろんだ」
綺麗に包まれた包装紙を破らないようにそっと開け、中にあった箱のふたをそっと上にあげると、高級そうなクッションの上にペンダントが鎮座していた。
クッションから持ち上げるとサラリと音にならない音を伴って持ち上がり、ペンダントトップがゆらりと揺れた。
綺麗。
「ってしかもこのペンダント、マイクじゃないですか!」
なんとペンダントトップがマイクの形になっていた。
「ああ、マイクはサエトリアンの象徴みたいなものだろう? はじめて君がマイクを握って歌っているのを見た時にはあれの意味がわからなかった。でも何度もライブを見るうちになんだかとても自然に見えてきて、君のプレゼントを考えている時にはこのデザインしかないと思ってね。サイトー企画にマイクの形をしたそれの制作を依頼した」
転生してきてこの世界にはマイクなんてなかった。でもライブをやるにあたってハンドマイクがない状態で歌うとどうにもスイッチが入らない事に気づいて、サイトーに無茶を言って作らせた。奇しくも旦那さまと同じ事をしたわけだ。あの時言われたサイトーの微妙な表情が浮かぶようだ。ああ良い思い出だ。マイクをもってステージに立つとやはりカッチリとスイッチが入る。それ以降、サエトリアンの象徴はマスク、マントに加えてマイクが追加された。仮面はわたしのミスにより、形骸化しているが。一応身バレした後も仮面は顔を隠さない状態で身につけている。アレも大事なわたしのスイッチなのだ。
「嬉しいです、旦那さま。早速つけてみますね」
「待って、僕がつけよう」
ペンダントを箱から取り出し、首につけようとチェーンをはずそうとしているわたしに旦那さまが待ったをかける。
正面からわたしの後ろにゆっくりと回り込み、バックハグをするようにわたしの手元にあるペンダントを自分の手中に収めると、そのままの体勢でチェーンのフックをはずし、端と端を持ってわたしの首すじに這うようにチェーンを添える。ぞくりと心地よさが身を駆けた。
「ふぁあ」
変な声でた。
同時にかちゃりと首の後ろでチェーンが止まる音がした。
「できたよ。サーシャ」
「ああああ、ありがじゃます」
呂律が回らん。
顔も真っ赤だろう。
後ろにいる旦那さまの顔なんて絶対見れない。
「サーシャ。振り向いてつけている所を見せてくれないか?」
「むりっす」
「じゃあ、僕が前に回ろう」
その音をわたしの背後に置いたままに、一瞬でわたしの前に旦那さまが立っていた。
「ぎゃあ」
はや、はっや。はっず。はっず。絶対顔真っ赤だ。うつむいて顔あげらんね。
「似合っているよ、サーシャ」
「あじゃっす」
うつむいた状態で顔を両手で隠しているから見えていないはず。絶対に見せられんね。
「ちゃんと顔が見たいな。顔を上げてくれないかい?」
「無理っす。いま顔やばいっす」
ぐう。本当はわたしだって旦那さまの顔を見てお礼が言いたい。でもきついっす。
「大丈夫だよ。お願いだ」
「うう、そこまで言われてしまうと………恥ずかしいけどしゃーなしです」
ふ、夫婦だししゃーなしですわ。おそるおそる顔を上げて、見えた旦那さまの顔はなんとも真っ赤だった。なんというかわたしよりも真っ赤だった。
銀髪、赫目、細身の貴公子然とした見た目は全く変わらず、顔がただただ真っ赤になっていた。
思わずちょっと笑ってしまった。
「ね、大丈夫だって言っただろう? 僕とサーシャでお揃いだもの」
お揃いの真っ赤な顔してはにかみながら、胸元を差すその指先には、お揃いのマイクのペンダントが頬を染めたように揺れていた。
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読んでもらえるから書いてて楽しい。




