幸せの後は
二章開始いたしますのでお読みいただければ幸いです。
記念すべきあの日。
それは身バレしたライブの日。
それはわたしが旦那さまからプロポーズされた日。
初めての愛を歌った日。
あの日から三ヶ月経過して、季節は夏から秋へと変わっていた。
結婚式とか、披露宴とか、しょしょしょ、しょ………ふぅ。うん! とかなんとか、色々と幸せな日々が続いたと思うでしょう? そうでしょう?
旦那さまにも辺境伯領のみんなにも愛し愛されてサーシャとしてもサエトリアンとしても幸せになって末長く添い遂げ、老人になって軽くボケてもみんなに可愛がられて、老衰で死にました。めつぶしめつぶし。おい目潰ししたヤツ誰だ!って怒って化けて出てくると思うでしょう?
「そんなん! 一ミリもないのよ!」
「どうしたのですかー! 奥様ー! 何か言いましたー」
「キューーーーー」
ライブ後、会場の控室で一人ごちるわたしに、ライブ後テンションのタニアがケダマと踊りながら問いかける。
そう、変わったのはせいぜいお嬢様から奥様に変わっただけ。
「なんでもないわぁ」
あのプロポーズから華々しい日々になると思ったら大間違い。すでにスケジューリングされているライブ興行は半年分くらい埋まっていてどうにもこうにもならん。サイトー企画め。だったら最後のフィナーレで身バレ企画を仕掛ければよかろうよ。もうもうっなんでよ!
え? なんでって聞かれたら答えてあげよう。
なんで? ってそうよ、わたしが仮面をつけ忘れる致命的ミスを犯したからでーす。つまりは自業自得でーす。
実はサイトー企画としては何度もライブを繰り返すうちに、段階的に旦那さまにサーシャ=サエトリアンって疑いをもたせるようにしながら、千秋楽で完全な身バレ! からの感動的なフィナーレって流れを計画していたらしい。
それがわたしのミスでこれである。
そこから興行の予定がある間に結婚式やら披露宴やらをやるのは無理って話になり、とりあえず決定しているライブを終わらせてから考えましょうって事で今に至る。
広大な領地をもつ辺境伯領内の地方巡業が主であり、しばらく領都の家に帰っていない始末。ライブには毎回駆けつけてくれる旦那さまだが、領主の仕事もあるためツアーへの同行は(したいと希望したが、トシゾウに脅されて)してはいない。同行しない交換条件がライブへの絶対参戦権である。
毎回、大輪の花と高級なケータリングが手配され、ライブ後には愛を囁かれるので、わたし的にはそれなりに満足しているのではあるが、旦那さまとしてはどうやら仕事とライブへの参戦はかなりのハードスケジュールらしく、ちょっと体調が優れなさそうに見えるのが目下の気掛かりである。
せっかく生まれた愛の芽を温め育てたいわたしは半年のライブスケジュールをまきにまいて三ヶ月で終わらせるようにサイトー企画に無茶振りして今日がラストライブであったのだった。
「ほんっとやっと終わったわぁ」
ライブが大好きだし、歌も好きだが、疲れるもんは疲れる。ライブが終わった後はしばらくライブやりたくねえ! ってなるけど、数日後にはその高揚感しか残っておらずライブやりてえってなる。なんというか、某大盛り系のラーメンの中毒性に似ている。
「奥様! 流石! ライブサイコー! ふー!」
「キューーーーーー!」
まだライブテンションが切れねえぜ。高い。くっそうぜえ。
ライブ後に精魂尽きてソファにぐでっている身としてはあのテンションはうぜえ。いつかインタビューで侍女の許せない所をインタビューされたら絶対言ってやろう。ククククール系有能侍女の素顔を暴露だ。
「サイトー、これでしばらくはライブはないのよねー」
「そうヨーしばらくはないワー。でもオファーは大量ヨー」
サイトーはサイトーで相変わらずわたしと同様エネルギーが切れているのか椅子に気だるげに腰掛けている。
大量のオファーはうれしいが流石に今すぐに新しいツアーの予定を組む気にはなれない。
「それはしばらく断ってー」
「いいワー。こっちで調整するワー。でもライブを休む間に流通にのせるレコードと物販に関しては相談させてチョーダイ」
「あいよー」
どんな時でも商売を忘れない流石の敏腕プロモーター。
サイトーに感心していると、控室の扉が静かに開いた。
そこにいたのはわたしの旦那さまである。
最近は興奮して暴走する事も無くなって、控室の扉を弁償しなくて済むようになっていた。ツアー開始一月ほどは必ず控室の扉を壊して入ってくるので難儀したものだった。
「サーシャ!」
「旦那さま!」
駆け寄ってきて力強い抱擁に包まれる。そのまま抱き上げられて、お姫様抱っこになる。
安心するぅ。
ライブで旦那さまに与えたエネルギーがわたしに戻ってくるようだ。
幸せぇ。
「千秋楽お疲れ様! 今日のライブも最高だった!」
「ありがとう。今回は千秋楽用にセトリを変えてみたの」
「ああ、また君の知らない歌に出会えたよ。本当に僕が知っていたサエトリアンは一割だったのだな。でも今日でツアーが終わってしまって寂しいよ」
「ふふふ。これからは館でもっと聞く事ができますよっと」
「楽しみだ」
嬉しそうに微笑むと抱き上げていたわたしの体を下ろしてくれた。
数日ぶりに正面に向かい合った旦那さま。相変わらずのイケメンである。眼福である。
だが少し違和感がある。
少し頬が痩せた気がする。ライブ後で頬は紅潮しているが、目の下に微妙にクマができているような。
んー?
「旦那さま、体調がすぐれませんか?」
「いや! そんな事はない! サーシャのライブでバッチリエネルギーが充填されて元気いっぱいだ!」
んー? 音に嘘が混ざってる。
「トシゾウ?」
「はいっす」
音もなく天井からトシゾウが降ってくる。
「キュッ!」
ケダマがトシゾウに驚いて鳴いた。尻尾が倍くらいになっている。もふりたい。
控室の天井にいるのはエコーロケーションで知っていた。知っていたから呼んでみたが、やっぱり急に降ってくると少しびっくりするわ。
「旦那さまが嘘をついているわ」
「嘘など!」
「ついてるっすね」
「トシゾウ!」
「説明して、トシゾウ」
「はいっす」
トシゾウが話し始めた旦那さまの不調の原因はこうだった。
わたしのライブに毎回参戦するために仕事を前倒しせざるを得ず、ほぼ毎日徹夜していること。たまに狂化のザイを使ってブーストした状態でわたしが旦那さま用にわたした鎮静効果のある歌を録音したレコードで頭だけを覚まして仕事をするなどの無茶をやっていること。もうかわいい。
そのうちちょっと体調が悪化してきたこと。これは無理をしているからだろうと思っていたのだが、ひと月ほど前からそれが度を越えて悪化しはじめた。今はライブ後のサエトリアンパワーで元気に見えるが、城に帰ってしばらくするとまた体調を崩すらしい。そのため一旦公務を休みにしてライブの参戦以外は安静にしていたがそれでも治らず原因は別にあると推測。
トシゾウが慌てて原因の特定を始めようとしたところ、旦那さまには心当たりがあるとの事だった。
「旦那さまには理由がお分かりなのですか?」
「うむ。実はサーシャに浄化してもらった聖域だがまた魔素が充満しはじめたんだ」
「は!? またですか?」
「そうなんだ」
「そうなんっすよ」
旦那さまとトシゾウが苦々しく肯定する。
聖域に魔素が充満して、その溢れ出した魔素が旦那さまの命を侵食し、体調を崩したってことか。でもさ。
「あそこはわたしがバッチリ浄化したじゃない?」
わたしの疑問をトシゾウに投げかけると困った顔をして旦那さまをチラリとみる。その視線に従って旦那さまがわたしに答える。
「そうなんだが、構造上あそこは辺境伯領全体の魔素だまりのような状態だから………時間が経つとまた魔素が溜まるようだ。僕もそれは知っていたがあそこまで早く魔素が溜まるとは思っていなかった」
「なら早く言ってくださいよ! ささっと行って浄化しますから」
言ってくれりゃあ、ライブの移動中に寄り道して領都に一回戻って浄化してからまたライブの開催地へ行くことだってできたのに! 旦那さまばっかり辛くなるなんて妻の沽券に関わるわ。
詰め寄るわたしを旦那さまは軽く抱きしめて頭を撫でる。
はー。すきい。柔らかい筋肉すきぃ。
「いや君にはライブに集中してほしかった。僕は君のライブを最高のパフォーマンスで味わいたいんだ」
「旦那さまぁ」
頭を撫でながらこんなこと言いよる。はあん。むりい。脳が溶ける。
「ちょっとイチャイチャするのは家帰ってからにしてもらっていいっすか?」
冷めた目をしたトシゾウの声にわたしと旦那さまは我に帰った。
ダイジョウブダ…オレハショウキニモドッタ。
「あっと、ごめん」
「すまん」
「わかればいいっす」
呆れた様子のトシゾウと同じ顔をしたタニアとサイトーとケダマがわたしたちを見ていた。うっと、ごめんね。前世も今世も合わせた人生の中で彼氏も旦那さまもいたことないからさ。ちょっと加減がわかんないの。
だってさ、ライブ後に彼女連れてきてイチャイチャしてるバンドマンとかいたじゃんよ! いいかと思うじゃんよ! でもここじゃあ、異世界的にも貴族的にもダメってことねええええ。わかりましたぁ。
仕方ない!
「んじゃ、いっちょ家に帰って聖域浄化して夫婦の愛を深めましょう」
おうちに帰るまでがライブツアーです!
一章からここまで読んでくださった読者様!
ありがとうございます。
想定していたよりも多くの方に読んでいただく事ができてうれしいがドップラー効果で押し寄せております。
評価、ブクマ、感想、レビュー、イイね、誤字報告。
これらを一杯いただいて、モチベ上がりすぎの嬉しすぎので見切り発車で再開しました。
二章もお付き合いいただければ幸いです。




