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愛をうたおう

「ならわたしが治せるわ」


 わたしはそう言って、怪訝な顔をしているトシゾウから視線を外し、脇に置かれながらずっとサエトリアンの名前を唸る獣に向き直る。最初は驚いたけど、こうやってまじまじと見るとワイルドな旦那様もこれはこれで素敵ね。ギャップ萌えだわ。昼は紳士。夜は………ぐふふ。

 っと危ない危ない妄想の世界に飛んでいくとこだったわ。

 まずはやる事をやらなくっちゃ。

 軽く声のチューニングをしてっと。よしよし、これだな。

 声の周波数を鎮静効果のある帯域に設定して、んでその声に指向性を持たせてっと。

 ちょっと旦那様に打ち込む前に、あそこで興奮してるポンタに向けて発射っと。よし寝た。大丈夫そうだ。

 軽くポンタで安全性を確認した後、本命である旦那様のゆだった脳に音波を直接流しこむ。


「さえとりああん」(サエトリアンのライブ最高だったなあ)


 もう少し。


「サエトリアン」(って歌だけじゃなくて全部がいいんだよな)


 いける。


(ああ本当に目の前にいる)「サーシャ嬢」(が私の婚約者か! なんて幸せなんだ)


 いけた。(いけてない)


「旦那様? 大丈夫ですか? わたしがわかります?」

「………う、うん」


 目覚めたての旦那様は目をパチクリとしてわたしを見つめている。あら、体も細身に戻っているし、髪も下に流れている。瞳の色も元に戻っている。


「おお! すっげえ! ご主人の暴走が止まった!」

「朝飯前よ!」


 本気で驚いているトシゾウに軽く笑顔でサムズアップ。ヨユーヨユー。


「………すまなかった」


 小さく溢れるような謝罪の声が聞こえた。トシゾウからその先に視線を戻す。そこには髪も服装も乱れ、身体も細身に戻った旦那様がしょげかえっていた。雨に濡れそぼった大型犬みたいだわ。


「びっくりしましたけど、大丈夫です」


 よく見たらあれはあれでありでしたし。ワイルド系のイケメンって拒否反応があったけど、目の前にあると案外いけるものだったようで。俺様系が苦手だっただけなようだ。そもそも前世、今世通じて男性全般知らないわけですが。


「これがぼくのザイで『狂化』なんだ」

「狂化? 初めて聞きます」


 名称だけ聞いた上で、前世の記憶でいけばバーサーカーとかそういった類の能力だろうか?


「うん。これが強力なんだけどとても扱いづらいんだ。全ての身体能力と戦闘技術が飛躍的に向上するんだけど、一切の言語能力と理性が飛ぶ」

「理性が!」(ぐふふ)


 ぐふふ! 予想通り! 理性の切れたバーサーカーに。ぐふふ。くっころ。


「ザイの効果時間が切れるまで本当は続くんだけど………どうやったんだい?」

「これもわたしのザイですわ。歌魔法と言います」


 旦那様のザイを教えてもらったからにはわたしのも披露しなければフェアじゃないよね。


「歌魔法? 初めて聞く」

「そうですね。裏庭、っと聖域でしたね。あそこを浄化したのと同じです」


 と言ってもわかりませんよね。


「?」


 案の定、キョトンとした顔の旦那様。ほんとに表情増えたわね。かわい。よだれ垂れそ。

 ゴホン。気を取り直して。わたしは居住まいを正す。ピンと背筋を伸ばして、前世の師匠に言われた言葉を反復。


「歌とは音、音とは波、波とは震」

「うん」

「音は全てを震わせます」

「うん」

「今回に関して言えば、旦那様の脳内で異常に活発に動作している部分がありましたのでそれを抑える部分をわたしの声で刺激する事によって鎮静効果を持たせたのです」

「うん」


 わかってない感じや! うーん。異世界的に人体の内部構造とかはわかっていない感じ?

 その基礎知識でわかりやすく言うとなると。


「歌を聞くと落ち着いたり、興奮したり、色々な効果があるでしょう?」

「うん。それはずっとサエトリアンの歌を聞いてきて色々感じたよ!」

「それです」

「なるほど! わかった! 流石サエトリアンだ!」


 サエトリアンに対する信頼すっごう。


「理解していただけてよかったです」

「聞いてくれるかい、サーシャ嬢」

「はいなんでしょう?」


 若干引き気味のわたしに、今度は旦那様が居住まいを正す。

 濡れそぼった犬のように丸まっていた背中をピンと立たせて、乱れていた銀髪を後ろにピシッと流し、赫々した情熱的な瞳を真っ直ぐにわたしへ向けてきた。

 所々破れた衣服からのぞく筋肉がキラめいて見える。破れた衣服まで魅力的になるとはずるい。


「きっと今言わないと僕は一生言い逃すと思う」

「はい?」


 すっとわたしに跪く。


「一生僕と一緒にいてくれ!」

「はい?」


 いまなんて?


「今、はいって言った?」

「え?」


 いやまって。


「僕と一生一緒にいてくれると!」

「は、はははい? はい。はい!」


 これはもしかしてのプロポーズ! いや、いやいや。そりゃ婚約者として辺境伯の所に来たんだからそりゃ結婚はするんだろうけど。プロポーズは想定してない! どどどど、どうしよう!


「僕は君に全てを救われた! 歌で心を、歌で命を、歌でザイを! だから僕は僕の一生を全て捧げて、君の一生を幸せに満ちたものにすると誓おう! ここにいる全員が証人だ!」


 戸惑うわたしに旦那様はなおも言葉を紡ぐ。

 言葉とは音、音とは波、波とは震。

 目の前の人間の感情がわたしの鼓膜を揺らして脳に情報を伝えてくる。


 ああ。


 本気だ。


 この人は本気でわたしの事を愛してくれている。尊敬してくれている。大事に思ってくれている。

 生まれてこの方、他人に疎まれ、蔑まれ、否定されてきた人生。

 だからサエトリアンで賞賛を求めた。でも結局それはサエトリアンにだけの賞賛だ。公爵領で身バレするわけにはいかないから仕方なかったとはいえ、それではわたしは満たされなかった。


 目の前の旦那様はもちろんサエトリアンに対しての感情もある。音から感情がわかる。

 でもそれだけじゃない。

 聖域を浄化した事への感情もある。暴走するザイを抑え込んだ事への感情もある。

 でもそれだけじゃない。


 ここにきた短い間のやりとりやデートの失敗なんかも肯定的に捉えている。

 お互い初めてのデートだったのだ。そりゃあ失敗もするだろう。


 目の前の旦那様はわたしを個人として見てくれる。


 だからわたしも向かい合おう。


 先はどうなるかわからないけど。


 この真っ直ぐな感情を真っ直ぐに受け止めよう。


「不束者ですがこちらこそよろしくお願いします」


 わたしの返答と同時に、広くない控室が歓声で溢れかえる。

 旦那様はその場から立ち上がり、わたしをつよくつよく抱きしめてくれた。

 幸せが外から中からあふれてくる。これが幸せかと噛みしめる。

 その気持ちもつかの間、抱き合うわたしと旦那さまをその場にいる全員がギュウギュウと抱きしめてきた。タニア、サイトー、トシゾウ、ケダマまでもが祝福をくれる。

 みんなからの祝福の言葉と感情にもみくちゃにされながら、幸せすぎる降って湧いたようなこの状況にわたしは思わず目を閉じた。すると色々な記憶が過去へ遡りながら、その時の感情とともに去来する。


 辺境伯領に嫁いできてからの楽しかった記憶。生まれてはじめての失敗デートや天地創造に笑いがこぼれる。


 サエトリアンになり歌で他人を救いながら同時に自分も救われた記憶。数人の領民からはじまった小さなライブが一番うれしかったかも。


 おじいがどこからか現れて頭を撫でられささくれた気持ちが癒された記憶。裏庭をキレイにしたらいつの間にか現れたおじい。おじいがいなかったらきっとわたしはここにいない。おじいにも今のわたしの幸せを伝えなきゃ。


 タニアと出会い自分の置かれている状況を質問責めにしてなんとか気持ちを落ち着かせた記憶。わたしのお母さん。ふふお母さんって言うと怒るけど。これからもずっと一緒。


 転生した時の絶望の記憶。痛い。


 十五歳の現在から三歳の転生まで記憶を通り過ぎて。


 一人、あの離れで泣くだけの幼女の記憶。


 本物のサーシャの記憶。


 おいで、大丈夫。


 貴女もわたしもわたしだから。


 一緒に旦那さまと幸せになりましょう。


 一緒に旦那さまを幸せにしましょう。


 お互いに初めての愛をうたおう。

これにて一章完結です。

数日書き溜めてから二章再開予定です。

完結ご祝儀で評価いただけたらうれしくてお尻から歌魔法歌います。

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