おじいと裏庭
私は一人で裏庭に来ていた。
この裏庭は庭師のアルムが管理している庭なんだけど、私の要望で一面の畑にしてもらっている。
そしてここには私のルーティーンがあるのだ!
朝食時のくさくさした気分を吹き飛ばすにはやはりこれしかないのである。
私がこれと言ったらこれしかないのである。
歌である!
「アーーーーーーーー」
前世ではただの発声練習であった声出しは、転生後では魔力調整も兼ねる事となっていた。わりと発声と魔力を調整する行為は似通っていて、魔力に対しての知識が欠けた幼少時から魔力制御に困ることはなかった。
「アーアアアアアーーーーーーーーー」
これって字面にしたらただのゴリラだけど、体の中で魔力を練りながら、その魔力を声にまぜこんでいくのにこれ必須なのよ? マジで! やるのとやらないのでは声も魔力も全く別物になるんだから!
心の中で意味のない言い訳をしながら、一通り発声練習とストレッチを終わらせた後、畑の作物に聞かせる楽曲を選ぶ。
「今日の気分はっと……」
基本的に楽曲自体は何でもよくて歌に魔力がのってさえいればいいんだけど、やっぱり気持ちがのってる歌の方が魔力のノリもよくなるから不思議。
畠中時代の師匠が好きだったジャズスタンダードに決めると、頭の中で前奏を再生。あとはアカペラで歌を紡いでいく。
魔力ののった歌声は畑のすみずみまで染み渡り、畑の作物はキラキラと光をまといながら、通常では考えられないスピードで成長して実を実らせていく。
これが私のルーティーンであり、歌魔法の効果の一つだ! くさくさした心が急速に癒やされていくのを感じる。
転生したての頃の私は、歌を歌い続けると決めはしたものの、やはり誰も知らない世界に一人転生し、しかも両親、家族から迫害されている事実に少しまいっていた。そりゃそうでしょうが、わりとマジで神様恨んだから。
そんな時に見つけたのがこの裏庭で。
私はここに咲く美しい花々に癒やされた。花はただ美しく、あるがままにこの世界で咲いている事が、なんだか私もここにいる事を許されているって感じられたんだよね。
それを眺めてたら、なんか今みたいに自然に歌が溢れてくる。そうやって歌ってるといつの間にかにまいってた気持ちとかどこかに消えて、新しくがんばろう! 歌うたおう! ってなってたって感じ。
「ふー」
一曲歌い終わって一息いれていると、後ろから控えめな拍手が聞こえてきた。
「おじい、来てたの」
「ほほほ。邪魔したかの?」
「ううん。おじいならいつでも大歓迎だよ」
この老人こそが裏庭の管理者、アルムおじいである。裏庭で一人歌を歌っていた私の最初の観客である。
「おじょうの歌を聞かんと一日がはじまらんでのー」
曲がった腰をゆっくりとのばしながらそう言った。
「ふふふー曲がった腰も治ろうってもんでしょー?」
「ほんにのぅ、おじょうの歌がなかったらわしなんてとうの昔にくたばっとろうて」
「あら、じゃあもっとおじいには歌を聞かせてあげなくっちゃ」
冗談めかした話だが、畑や花壇だけでなくいつも後ろで聞いているおじいにも歌魔法の効果は有効で病気や怪我とは無縁の生活が保証されている。
すごいぜ歌魔法!
「さて、おじょうの歌で今日の活力をもろうたし、野菜の収穫にかかるかのぅ」
そう言ってゆったりと畑へ向かうおじい。
私の大好きな日常。
「おじい! わたしも手伝うよっ」
すこしまがった大好きな背中にゆっくりとよりそった。
こんな毎日がずっと続くといいなと思いながら。