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サーシャとクラーク

「くっ殺せ」


 わたしは控室で膝を抱えて隅にうずくまり、ひたすら女騎士の決まり文句を唱える人形になっていた。それはそうだろう。事もあろうにライブのオープニングで身バレをやらかした挙句、そのままライブをぶちかまして観客の八割を気絶させる神ライブにしてやったのだ。

 しかし残念ながらぶっ倒れた八割の観客も記憶を失う事なくこの伝説を語り継ぐらしい。そりゃそうだ。ぶっ倒れるとは言っても、わたしの歌を聞いたことによってエネルギーが体に充填され、そのエネルギーのオーバードーズでぶっ倒れるんだから記憶なんて飛ぶわけがない。むしろ記憶力は増大するんだよ。健康器具みたいなもんだ。一家に一台サエトリアンだよ。


「お嬢様サイコーふー」


 くっそテンション高いタニアがまたムカつくわ。普段とは打って変わってライブ後のタニアはテンションが高い。舞台袖で高濃度のエネルギーを浴びているせいでこうなるようだ。


「キューーー!」


 わたしの周りを飛び跳ねながら行ったり来たりして叫ぶタヌキも同様だろう。腹鼓を打ってやがる。ぽんぽこめ、野生を取り戻せ。


 サイトーは静かにライブの成功を噛み締めながら椅子に座っている。この漢女もいつも通りだ。ライブ中の全てを管理している負担は好き勝手にぶちかましてるわたしとは比べ物にならないくらい神経を使うのだろう。


 違うのはわたしだけだ。


 ほんとにどうしよう。やっぱ婚約破棄かな? 流石に貴族の、辺境伯の婚約者がサエトリアンはきついよねぇ。かといってわたしもサエトリアンやそのライブはやめる気ないし。せっかくこの領にきてくれたサイトー企画の生活も支えなきゃならないし。うーん、公爵領に帰る選択肢はないし。このまま旅に出て地方巡業が最適か?

 旦那様と離れるのか。

 短い付き合いだったけど。

 ちょっとさみしい。


「………くっ殺せ」


 そんな四者四様の控室の扉が勢いよく開いた。開いた扉は大きな音をたてて壁にあたり、蝶番が一つはずれ、斜めになってカタンと床を鳴らした。


 開いた扉の先にいたのはクラーク・ギネス辺境伯。

 普段とは異なり、目は血走り、綺麗になでられている銀髪はふくらみ乱れ蓬髪と化し、細身の身体も大きくパンプアップしている。その所為か、胸元は大きく開きもろ肌を晒している。ハァハァ。ちょっと興奮する。息は荒く短い。


 まるで獣。


 入口からその獣は控室を視線で舐める。


 それは隅で固まっているわたしを見つけて止まった。


 瞬間。


 飛んだ。


 入口から一番遠い隅にいたわたしに向かって一直線に飛んだその獣は目の前で埃をたてて着地した。


「サーシャ嬢おおおおお!」(サーシャ嬢!)

「くっころおおおおおおおおおおお」(旦那様!)


 二人の叫びがその場を支配する。

 そしてそれが消えるとしばしの沈黙が支配する。

 叫びと沈黙がその場を交互に支配する。

 そんな中見つめ合う二人。


「さえとりあああああああああああああん!」(貴女がサエトリアンだったんだね! 嬉しいよ! ライブ最高だったんだ。私は君に心も体も全てを救われていたんだ!)

「くっころおおおおおおお。ころころおおおおおおおおお」(黙っててごめんなさあああああああい! 婚約破棄は嫌ですううううう)


 全く意志の疎通はできず、阿鼻叫喚地獄もかくや。

 タニアもサイトーもポンタも等しく混乱し固まっている。時間停止の八割はやらせ。これは二割。


 そんな時間の停止した控室にツカツカと一人の少年がやってきた。

 ギネス辺境伯領暗部頭、トシゾウである。流石暗部頭、時間停止もなんのその。


「ご主人」

「トシゾおおおおおおおおおおおおおおお」(トシゾウ)

「はい、俺ですよ」

「トシゾおおおおおおおおおおおおおおお」(トシゾウ)

「はいはい、暴走が治って喋れるようになるまでちょっと脇にいてね。俺が代わりに説明しとくからさ」


「サーシャ嬢」


 暴走する己の主人を軽く持ち上げて、それはこっちに置いといて的な感じで脇に置くとトシゾウはわたしの目の前に静かに立って名前を呼んでくる。それだけだった。何も言わない。わたしが何か言うのを待っている。


「トシゾウ」

「うん」


 と言って小さく頷く。少年の顔で浮かべる表情はとても大人びている。


「黙っててごめんなさい」

「それはご主人が落ち着いたら言ってあげて」

「うん」


 確かに旦那様が一番混乱しただろう。でもあれって落ち着くのかしら?


「そもそも俺は知ってたし」

「え!?」


 え? 完璧な隠蔽工作はどこに行った!


「いやいや、そんな驚くところじゃないでしょ。あれだけ大っぴらに変身とかしといてバレないとでも思ってたの?」

「思ってた!」


 思ってた! だって今まで誰にもバレてなかったし。謎の存在がサエトリアンの人気に拍車をかけてたし。実際領民どもは今日の顔出しに思いきり驚いていたし。


「………うん。そっか」


 本気で驚くわたしにトシゾウは少し呆れ顔で言う。

 あ! この顔知ってる! アホを見る顔だ! タニアがよくする。

 アホと思われるのは慣れている。仕方ない。アホと天才は紙一重だ。理解されないのだ。そして今はそんな事に構っている場合ではない。これから起きる悲劇を確認しなければ。


「トシゾウ。やっぱり婚約破棄?」

「は?」


 アホを見る顔から心底驚いた顔になった。


「だってわたしが嘘ついてたから旦那様はあんなに怒ってるんでしょう?」

「いやいや、違う違う。あのご主人は怒ってるんじゃないよ」


 手を振り、頭を振り、心底の否定だった。


「そうなの?」

「むしろ喜んでる」

「それはわかりづらいわ」


 わかりづらいわ! どこの世界に目を血走らせて怒髪天衝いて言語を失いながら喜びを表現する人間がいると言うのだ。嘘つけ! わしゃあ騙されんぞ。


「ちょっと感情がバグってザイが暴走しちゃってるんだ」

「あれが旦那様のザイ?」


 ザイ? ならありえるのかな?


「そうそう、そこに関してはご主人が落ち着いてから聞いてね。他人のザイを勝手に話すのはタブーだからさ」

「そうするわ」


 そもそもあれが落ち着くのかは、荒ぶる旦那様と同じように脇に置いておく。


「ご主人はさ、サエトリアンのファンだっただろう?」

「そうね。そう言っていたわ」


 知らないとは言え、本人目の前にして熱く語られたわ。キッツウ。


「なんかライブがあまりに嬉しすぎたのかライブの途中で興奮しすぎてああなっちゃったんだ」

「じゃあ興奮しすぎてるだけ?」

「そうなるね」

「ならわたしが治せるわ」

「ん?」

「ちょっと待ってね」


 あっさりとしたわたしの言葉にトシゾウは戸惑いの表情を見せた。


 

次で一章完結予定

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