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ライブとサーシャ

 ライブ当日。

 場所はギネス辺境伯城の大ホール。観客はキャパ五千人がパンパンになっていた。会場はガヤガヤとした話し声とサエトリアンへの期待で充満している。そんなホールの二階、舞台正面にあるVIP席に旦那様、わたし、タニアはいる。全体が見渡せ、しかも音響が一番よく響く設計になっている場所なのだそうだ。

 ちょっとこのステージにテンションの上がるわたしがいるが。しかし身バレの危険性は消えていない。はー。

 豪奢であるが決して派手ではないソファに旦那様とわたし。後ろにはタニアが立って控えていた。


「楽しみだな。サーシャ嬢」


 隣にいるわたしに向かって旦那様が楽しそうに語りかける。

ある意味楽しみです。この会場をぶち上げたらさぞ気持ちよかろう。でもここにわたしがいてはどうやってもぶち上げられないのです。困った。


「え、ええ。そうですね、旦那様。ねえタニアも楽しみでしょう?」

「はい。とても楽しみです。公爵領ではたまに見ていましたけど、辺境伯領ではどのようなライブを見せてくれるのでしょうか? 期待しかありませんね」


 こやつ。たまにだと! 毎回袖から見ていたくせに。白々しいタニアもカワイイ! しかし、何か計画があるのだろうが。メインのわたしが知らされていないのはどういう事だ。放置プレイか。たまにドSな部分を出してくるからタマンネエ。


「タニアはライブを見たことがあったのか! それは羨ましいな。サーシャ嬢は?」

「わ、わわわ、わたしは見た事はありませんね」


 み、見た事あるわけないでしょう。


「そうですね。お嬢様は『見た』事はないでしょうね」

「うぅ」


 この野郎。匂わせやがって。炎上しろー。タニア炎上しろー。


「そうか、サエトリアンの事は知らないと言っていたな。なるほどそうか。ライブに関しては私も同じだからな。一緒に楽しもう」

「ソウデスネ」


 シラナイコデスネ。

 そんなわたしに旦那様は嬉々として語りかける。


「あれを聞いたら人生が変わると思うぞ。前にも話したが私の人生はサエトリアン前サエトリアン後でできているからな。サーシャ嬢も辛い人生だったと思うがきっと救われる。いや、サーシャ嬢の人生観はサエトリアンと似ているからな、きっと共感の方が近いだろうな。どうにせよ、感情が揺さぶられる事は間違いない」


 似ている。そりゃ似ている。同じなのだから。

 ……それにしても、旦那様は本当にサエトリアンが好きなのだな。表情がキラキラしている。人生を救われたっていうのは偽らざる本心だったのかあ。

 はーなんか。胸がモヤモヤする。


「お嬢様。私も世間的には幸せな人生とは言えませんが、サエトリアンのお陰で酸いも甘いも色々と経験させていただきましたよ。ですからお嬢様も。ね?」


 タニアがわたしの肩に手をかけて言った。タニアの顔はさぞニコニコしているだろう。まさにタニアのターン! この状況ではどうやってもいじられるしかない。しかも酸いも甘いも経験したのは本当だしなあ。村の広場でゲリラライブとかなー。そこから始まってサイトーと出会って公爵領の裏の顔役との渡りもタニアの仕事だったしなあ。

 そんな事を思い出でに懐かしさがこみ上げて、思わず肩にある小さな手にわたしの手を重ねる。

すきー。


「タニアも色々と辛い経験をしたのだな。どんな……って女性にそんな事を聞くものではないな。またマーサに叱られてしまう」

「そうですよ旦那様! そこに気づくとは成長しましたね、旦那様! タニアも色々とありましたが人に語るにはまだ早すぎますのでね! なっ! タニア! な!」


 内容聞かれてたら終わってたな! タニアとの辛い体験なんて回想すればするほどサエトリアン関連しか出てこないわ。ナイスマーサ! 坊ちゃんは成長しているぞ。


「ふふふ、お嬢様とても素敵です」

「ぐう」


 ワタワタするわたしにタニアはとても満足げだ。こっちが感傷に浸ってるってのにもう! もう! タニアのドSタイムはまだ終わらないらしい。


「私はライブは未体験だが、楽曲は発売されたすべてのレコードを擦り切れるほど聴いているから、きっと全ての曲が一緒に歌えるだろう」


 あー。

わたしとタニアは顔を見合わせた。対応は任せたタニア。わたしの意図を汲んで、タニアはそのまますっと旦那様に視軸をずらした。


「恐れながら、辺境伯様」

「どうしたタニア?」

「レコードはサエトリアンの楽曲の一割程度しかございません」

「なんだと! それは誠か!?」


 こんなにびっくりした顔ある? 綺麗な銀髪がブワッて広がったよ。


「ええ」

「私が知っているサエトリアンは。そうか、私は彼女の一割しか知らなかったのか」


 驚きから一転、シュンと縮こまる。なんだろう。オタクの自負が粉々に砕かれた感じ? 誰よりも詳しいと思ってたコンテンツに実は全く知らないメインストリームがあって、自分が知っていたのはその傍流だった感じかしら?

 あまりの落胆ぶりにタニアが少し慌てている。仕方ない、こんな時こそいつでも前向きサーシャの言葉よ。


「旦那様、ですから今日は知らなかった曲と出会える良日となるかと」


 キョトンとした顔でこちらを見てくる旦那様。なにこれかわいい。美人のキョトン顔とか破壊力の権化よ!


「……そうか。そうか。そうか! 確かに! サーシャ嬢の言う通りだな! なるほど、今日は良日になるのか!」


 言葉と共に徐々に表情に喜色が広がる。最後には満面の笑みだ。よかった。オタクの自負は新たなる出会いに向かったようだ。しかしこの男かわいい。

 隣ではしゃぐ旦那様を見ているとむずむずしてくる。身バレとか色々あるけど、やっぱり自分の歌に喜んでくれている人間を目の前で見ているとどうにもむずむずしてくる。

 むずむずをおさめるように両の手を何度もむすんではひらいてみる。


「お嬢様?」


 わたしだけに聞こえる声でタニア。


「どうしたのタニア?」


 タニアにだけ聞こえる声でわたし。


「ふっきれたのですか?」

「えー」


 ふっきれたとははっきりとは言えないけど。やる気はみなぎってきたわね。もう溢れ出そうね。これは今日のライブはやるわ。やったるわ。


「二人も良日であることを喜んでいるのだな。本当に今日は良日だ。さらにサーシャ嬢にとっては人生が変わる日となろう。今がサーシャ嬢のサエトリアン前、このライブ後がサエトリアン後だ! 終わったらマーサの店で感想を交わそう」

「ソウデスネ」


 流石に自分の感想会は冷める。やめて。


「辺境伯様! 良いお考えです」

「はー楽しみだなあ」


 隣で子供ようにはしゃぐ旦那様。眼前に広がる領民の熱気。音響最高な会場。


 カチリ。


「旦那様、まるで子供のようですね」

「……そ、そうだな。聖域の浄化の次の悲願であったためついはしゃいでしまった。やはりおかしいな」

「いえいえ、初対面の頃の無表情でシニカルな旦那様の表情よりもわたしは好きですね」

「そうか……そうかそうか」

「ええ」


 真っ直ぐな気持ちには真っ直ぐに応えよう。わたしは目の前にいる一人の領民の人生を変えたのだ。誇りを持とう。ただ真っ直ぐに生を言祝ぎ、人を寿ごう。


「では旦那様、ちょっとお花を摘んでまいります」


 勢いよく立ち上がる。


「うむ、早く戻らないとライブが始まってしまうからな。私だけ楽しんでしまうぞ」

「旦那様、今日のライブをお楽しみくださいね。きっと史上最高のライブになりますよ」


 後ろは振り返らず、扉を開け放ち、わたしは戦場へ向かうのだ。

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