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会議とサプライズ

 なんてこったい。


 わたしの頭の中にはその言葉しか浮かんでこない。

 目の前にはサイトー企画のいつもの面々が並んでいる。わたしの右隣にはタニアが座っている。わたしの左隣には旦那様が座っている。ここは城(正確には屋敷であるが)の会議室である。個々の事象だけなら普通である。全てあわせたら、なんてこったい。

 辺境伯の屋敷らしく派手さはないが、シンプルであり、それでいて質のいい調度が並ぶ会議室にわたしはいる。旦那様から婚約者の初仕事だと呼び出されたわたしがいる。内容は聞かされていなかった。指定された時間、指定された場所にきてみたらこうなった。


 わたしはわたふたして隣のタニアに助けを求めた。


 サプラーイズ。


 タニアの顔がそう微笑んでいた。


 ああーー。

 奴にはわたしの身バレを阻止する気がない。なるほどあの笑顔でよくわかった。そう。身バレを防ぐ気がないのだ。むしろここでバラしてしまえとそう思っている。ふざくんな。絶対バラすもんか。そう決意して椅子を深く腰掛け直した。と同時に左隣の旦那様が立ち上がった。


「本日は集まってくれて嬉しく思う」


 一言が本日の会議の始まりを告げた。対面にいるサイトー企画、護衛の騎士、タニア、もちろんわたしも。その場にいる全員が静かに頭を下げる。


「顔を上げてくれ。貴族とは言っても私は田舎貴族だ。中央貴族のように過度な礼儀などは求めない。人と人として接していければと思っている。だからそう畏まらないでもらいたい」


 誰も顔を上げない。そりゃそうだ。田舎貴族などと本人は言っているが辺境伯なんて高位貴族なのだ。一度の建前で顔を上げたら無礼打ちなんて可能性もありうるのだ。もちろんわたしの旦那様はそんな事はしないが。


「お優しいお言葉感謝致します」


 頭を下げたまま、サイトーが謝辞を述べる。そのまま旦那様の反応を待っているようだ。


「偽らざる本心だよ。それと頭を下げたままでは会議にならない」


 困ったような口ぶりで旦那様はサイトーに再度頭を上げるように促す。


「それはごもっともにございます」


 その声音にサイトーは静かに頭を上げた。それにならって他の面々も頭を上げて、やっと全員の顔を認識できる状態になった。旦那様はそれを静かに微笑んで見渡す。


「皆の顔が見えたところで早速本題に移っていこうか」

「では、まずは私から」

「うむ」

「改めまして、私はサイトー企画代表のサイトーと申します。此度は我々のような人間をこの辺境伯領にお招きいただき、誠に感謝致します」


 なんだー! サイトーが! サイトーが! オネエじゃなーい! ビジネスマンだ! ビジネスマン! お前だれだー! 普段のサイトーとは全く違う有能な態度にわたしは驚き慄いた。背筋に怖気が疾る。


「いや、こちらこそ無理を言ってすまなかったな。ここは辺境の地だ。其方らのように多忙を極める者たち、本来ならば来る気もなかったであろう」


 本性を知らない旦那様はそんなサイトーを労っている。うーん。驚いているのはわたしだけか。


「そんな事は……少々ございます」


 一瞬の建前から本音をポロリと漏らす。しかしそう言いながら浮かべる爽やかなはにかみが、本来であれば無礼となる言葉も愛嬌のある冗談となる。サイトーのこういう所を見た人間はすっとサイトーを懐に入れてしまう。かくいうわたしもそうである。見た目はただのイケおじなのに妙に可愛らしさがある。これでオネエでなければ最強なのに。


「だろうな」


 もちろん旦那様もそうだった。苦笑いを浮かべながらサイトーの冗談を受け入れている。騎士の額には青筋が浮き上がっているだろうが兜の下であるので見ることはできない。後ろに控えているコネ団長だけはチラリと振り返ると目が血走っているから確実に青筋も浮いているだろう。顔も真っ赤だし。ククク。


「ですが、この度は辺境伯様のお隣にいらっしゃる公爵令嬢様とのご縁もあり、……死を覚悟して参りました」


 全ての視線がわたしに向いた。

 は? わたし? わたしのたーん。

 いや、急にわたしにフラれても困る。そんな事されてもニコニコと微笑むしかできないぞ。やばかったらとりあえず笑っとけジャパニーズソウルが染み込んでるんや。

 笑っとく。

 そんなわたしの顔を旦那様が覗き込んでくる。え? なに? コメント待ち?


 ふー。


「旦那様。サイトーには公爵領にいた頃から縁があり、タニアと共にわたしを支えてくれた人間です。その縁もあってサイトー企画の一団で辺境伯領までの護衛もしてくれたのですよ」


 ドヤア。これくらいしか言えん。無理無理いきなりコメント求められても困るって。そういう事は最初に言ってくれないと。一応わたしの言葉に満足してくれたのか、旦那様が進行を引き取ってくれた。


「そうか……其方らはサーシャ嬢の護衛を担当してくれたのだったな。あの頃はまだ街道の治安維持もままならない状態であったからな。よくぞ危険をものともせず、サーシャ嬢を送り届けてくれた。感謝する」

「いえいえ! やめてください。貴族様に頭を下げられるような大層なことをしたわけじゃありませんよ。途中からは辺境伯領の騎士様に変わっていただきましたし」

「その我が領の騎士たちが其方らに無礼を働いたとも聞く」


 そう言いながら、後ろに控えているコネ団長の顔をチラリと振り返る旦那様。わたしも見たろ。

 ファー。コネ団長。表情が怒りの赤から恐怖の青に変わっとる。よくあんなに血液を頭にのぼらせたり、一気に下げたりさせて健康に影響ないな。大丈夫か? 処分がなかったから安心してたんか? 貴族は後からくるのだよ後から。


「それも当然であります。我らは平民の興行師であります。簡単に言ってしまえばただの山師にございます。そちらの騎士様の態度は当然でありましょう」


 おいコネ団長。そうだそうだみたいな感情垂れ流れてんぞ。見てないと思って安心してるな。旦那様は見えていなくても、わたしは音波で大体の感情は読めてるからな。


「いや、そんなことはない。貴族は民に生かされておるのだ。その民を軽んじて良いわけがなかろう。特に其方らは私の肝入りで呼びつけたわけだ。平民とはいえ私の直轄管理である」

「過分なお言葉ありがたく」


 深々と下げたサイトーの頭は黒々としている。それを眺めているわたし。そこからチラッと旦那様を覗きみる。感情は後ろに向いている。

 うん。つまりはサイトー企画は他の貴族からの干渉は許しませんよ。と言う事かな?


「と謝罪ばかりでは話が進まんな」

「そうでございますね」


 二人はふっと笑い、小さく頷きあった。

 なんだ。このコネ団長いじりは既定路線か。事前に内々で打ち合わせていたのだろう。貴族至上主義の代表であるコネ団長がサイトー企画にちょっかいを出さないように釘を刺したって所か。流石旦那様。さすだん。


「ではサイトー、話の腰を折ってすまなかった。続けてくれ」

「今回お招きいただきました、サエトリアンのライブ興行に関して詳細をつめさせていただきたく、今回の場を頂戴しております……」


 こうやってわたしがなんとしても逃げ出したいサエトリアンライブ興行は一歩一歩着々と進んでいくのであった。

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