トシゾウと苦悩
トシゾーは秘密を知った。
いやいやいや。あの奥様は秘密って言葉の定義を知っているっすか?
知らないに違いない。知っていたらあんな聖域のど真ん中でサエトリアンに変身できないっすよ。しかもその姿のままで身バレダメ絶対とか意味わからないっす。
自分に監視がついてるって事忘れてないっすよね?
となってくると高度な情報戦っすかこれ? いやああのタニアって侍女ならともかくあの奥様にそんな頭脳はないっすよねー。なんというか存在が昔話に出てくるタヌキ的というか。何やっても間が抜けているというか。あれでそこそこ自分はちゃんとしたお嬢様だと思っているフシがあるのがすごいっすよ。
今の所は暗部頭の自分しか知らない事実だけれどこんな状態だといつバレてもおかしくない。
バレてもおかしくない。
バレていない?
は?
は?
というか。
なぜ今までバレていない。
あの奥様の事は徹底的に事前に調査した。
でもこの事実には一切手が届かなかった。
こんなに明け透けなのに。
辺境伯領にきて気が緩んだか?
否。
考えづらい。自分の家よりも嫁いできた家の方が安心できる道理はない。
となると本人以外が常に彼女の存在を隠蔽してきたと考えるのが妥当だ。
だが、奥様に身近な人間は現在もそばにいる。奥様の状況は変わっていない。変わっていないなら隠蔽度も変わっているはずがない。では今いない人間が隠蔽していたと考えるのが道理。
誰が?
何のために?
謎が増える一方だ。
暗部が暗中を模索してどうする。
くそ。
トシゾーは複数ある暗部の拠点の一つである部屋の中で独りごちた。
とりあえず過去の事は一旦いい。大事な事だが、差し当たっては問題ない。本当に大事なのは今から未来だ。この自分が見てしまった情報をどうするかが問題だ。
まずご主人に報告するかだが。
しない。
無理。
そんな事したら何だか双方ぶっ壊れてしまいそうだ。
片やご主人。
サエトリアンファンだ。ファンというか。信者に近い。ある一時期から毎夜毎夜あのレコードを聴いている。聴きながらたまに涙まで流している。仕事とはいえ主人のあの姿を見続けなければならない俺の身にもなってほしい。
正直キッツイ。
そりゃあ死に向かう人生のご主人に同情した事もあるし、共感した事もあるし、だからこそ一生をこの人に捧げるって決めたけどね。何だかカルトにハマった家族を見せつけられてる気分っすわ。
片や奥様。
徹底的に身バレを嫌う素振り。その理由も理にかなっていた。逆に周りがあの理由を聞いてライブを強行する理由が俺にはわからない程だった。間抜けな奥様だが、だからこそあの理由には納得した。特にファンには絶対バレたくないと考えているようだ。
やっていることはお粗末だが。
この状態でサエトリアンが奥様だという情報をおいそれとご主人に流すわけにはいかない。
となると。
はー。
あー。
やりたくない!
俺はご主人の影だ。ご主人だけの影だ。
以外の人間のために労力を割きたくない!
でも何だかこれはやらなきゃいけない事の気がする!
はーーーーーー。
トシゾーは大きなため息を眼前の紙に吐きかけながら、その紙を奥様の秘密を隠蔽するチームを編成する書類へと作り替えていくのだった。
短いので昼にも追加。夕方も追加。




