サイトーとタニア
ついに待望のサイトーがギネス辺境伯領にやってきた。やあやあやあ。領都の広場に集まっているというので、わたしとタニアは城を出てやってきていた。旦那様は馬車を出すと言っていたが、領都に慣れたいのもあり、それは断って私たちは徒歩で向かっている。
余談であるが、この広場はクラーク広場という名称らしい。ププ。広場に自分の名前をつけられてやんの。あの旦那様が尊敬されているのがよくわかる。って思ったけど自分で命名した可能性もあるのか。いやー流石に自分でつけてないよね? 流石に。
そんな事を考えながら城から真っ直ぐ広場に続く大通りを歩いていると、その先に見覚えのある一団が見えてきた。一人一人に見覚えのある顔だ。そんなに間はあいていないというのに。もうすでに懐かしさが込み上げてくる。思えば遠くへ来たものだ。
辛抱たまらずわたしは駆け出した。
「サイトーーー!」
「とりさえちゃーん!」
感動の再会! とはならない。
サイトーのわたしを呼ぶ声に。その呼び方にわたしの足は急ブレーキ。キュッ。
「おい。ここでとりさえはやめろ」
マジなトーン。マジでやめろ。サエトリアンの名前っぽいので呼ぶな。どいつもこいつも身バレというものに対してなぜここまで脇が甘いのか。公爵領にいた時とは別なのだよ。サーシャであることはバレても良いが、サエトリアンであることは絶対にバレちゃあダメだ。ダメだ。
「ごっめーん」
腰にしなをつくりながら、眼前で両手を合わせて謝るサイトー。イケおじがしなを作るな。それでもかっこいいな。イケメン無罪とはこのことよ。しかしギルティはギルティ。
「ここには領民がいるのよ。むしろ旦那様が領民なのよ。そしてどこに暗部頭がいるかわかったもんじゃないのよ。身バレダメ絶対」
「なんて呼んだらいいのヨー」
「サーシャちゃんでいいわよう」
「OK」
身を寄せてコソコソとした打ち合わせを終え、二人でニヤリと笑い合う。お主もわるよのう。別に何も悪い話はしていないのだけれど。何だかコソコソすると悪い気分になる。たのしー。サイトーサイコー。
そんなわたしのわきからにょっきりとタニアが顔を出した。にょっきりタニア。
「サイトー様、お久しぶりです」
「タニアちゃんも久しぶりね。また綺麗になったんじゃない?」
「サイトー様の気のせいですよ。ですが公爵家にいた頃よりはお嬢様も私も良くしていただいております」
「それはよかった。あそこは大変だったからね」
何だか大人な雰囲気を醸し出す二人。なんだこのビジネスパートナー間。くぅ割り込めない。なんだかんだこの二人のおかげでサエトリアンの人気は出たようなものだしなあ。わたしにも知らない信頼関係があるんだろうな。二人の時間をちょっと大事にしてあげ……。
って! わたしがそんなに物分かりのいい大人だと思うなよ!
「ちょっとー二人でばかり話してないでわたしもまぜてよー」
にょっきりタニアの仕返しです。にょっきりサーシャです。にょっきりしますよ。二人の間へ物理的に顔を差し込みます。
「はいはい。サーシャちゃんも綺麗になったわねー」
伸びてきたわたしの頭をそう言って撫でてくるサイトー。
「ふふふ。もっと褒めるが良い。ライブパフォーマンスにもキレが増してるはずだわ」
「期待してるわ。今回の興行はだいぶ力が入ってるからね。チケットは既にソールドアウトで事前の物販も順調よ。それだけお客さんが期待しているって事だからね。気合い入れてちょうだいヨー」
「ふははは。期待するがよい。領民全員気絶させたるわ」
「それは事故ヨー」
まあ実際何度かその事故を起こした事があるわけなので。決してないとは言い切れないところがあります。ええあります。むしろその事故を起こそうと毎回考えております。サーシャです。ふっふっふ。
覚悟しておくが良い。サイトーめ。
そんな事を考えて悪い顔をしているわたしをサイトーは微笑んで眺めてくる。これも懐かしい光景だ。こやつも事故を起こしてくれることを期待しているのだろう。
「スタッフのみんなは?」
「あっちで荷解きしてるわヨー」
「挨拶してくるー」
「じゃあアタシはタニアちゃんと詳しい話を詰めておくワー」
「ほーい」
大人二人は仕事の会話をするであろう。邪魔はしないでおいてやろう。武士の情けじゃ。わたしは広場で荷下ろししている馴染みの顔を見つけてそちらへと駆ける。そんなわたしを見つけた一団が手をとめて出迎えてくれた。
この人たちにもずっと世話になっている。みんなあってのサエトリアン。みんなでサエトリアンなんだ。わたしがサエトリアンなんじゃない。だから身バレダメ絶対。
「みーんなー元気だったー!」
「おうお嬢! ひっさしぶりだな」
「喉の調子はどうだ?」
「相変わらず細っこいなー。もっと飯食えー」
「もうっ! いっぺんに言われてもわかんないのよー!」
「ワハハ。違いねえ」
わたしを取り囲み、皆思い思いにわたしに声をかけてくれる。領民たちの賞賛も気持ちいいが、この仲間内の気安い感じもまた心地いい。これもまたサエトリアンの醍醐味だ。盛り上がった後の打ち上げとかサイコーなのよねえ。
「みんな旅路は平気だった? 魔獣に襲われなかった?」
「ああ、気楽なもんだったなー」
「王都への道より快適だったんじゃねえか?」
「道もなだらかで馬車が一度も止まらなかったな」
領への賞賛はイコール旦那様への賞賛だ。わたしまで誇らしくなる。こんなに素晴らしい旦那様にわたしは嫁いでいいのだろうか? 怪しい賢者の差金だがそこだけはグッジョブ。
「そうでしょうそうでしょう。うちの旦那様はすごいのよ」
「おれたちのお嬢がいまやすっかり奥様だなあ」
「ぐふふ。奥様」
ぐふふ。奥様。ぐふふ。
奥様というキーワードにわたしの脳はトリップしてしまった。もう妄想は止まらない。半目になって口は半開きになって危うくよだれが垂れそうな状態。
そんな様子を見てスタッフ一同はいつも通りのわたしにいつも通りの呆れ顔を向けた。
「なあ、この人ほんとに奥様やれてんのかな」
「ま、お嬢はお嬢だしな。どうしようもないだろう? そこらへんはなんとか適当に。なんとかな。ーータニアさんがなんとかしてくれてるんじゃねえか?」
「あ、ああそうだな。タニアさんは有能だしな。歌に極振りのお嬢と違ってな」
「だなだな。」
「ささ、お嬢がこうなったら俺らが何言っても動かねえよ! 仕事仕事!」
スタッフ一同はそんな事を言いながら、三々五々再び荷下ろし作業へと戻っていった。
ぐふふ。旦那様、それはまだ早いー。




