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デートと靴ずれ

 誰かが言った。

 始まりは終わりの始まりであると。

 本当に誰かが言ってたかは定かではない。

 もう足の痛さでそれどころではない。わたしの中で既にデートは終わっている。


 デートは無言の馬車内を経由して領都の西側に到着した所から始まった。馬車を先に降りた旦那様はわたしに手を差し出して外へ誘ってくれた。ここまではドキドキしていた。

 そこから縦列になり、歩き始めた所で違和感を覚えた。


「ここが第一騎士団の詰所だ」

「へえ大きいですねえ」


 コネ団長がいる所かあ。などとゆったり考えていると、既に旦那様は大股に歩き始めていた。

 ザッザ、ザッザと石畳を鳴らして東に歩く。


「ここが行政庁舎だ」

「へえ真面目そうな方が多いですねえ」


 流石十年で荒れた都市を復興させた人間の働く所だわみんな優秀そう。なんて考える暇もなく既に旦那様は大股に歩き始めていた。

 ザッザ、ザッザと石畳を鳴らして今度は西に歩く。


「ここが魔導研究所だ」

「へえ何だか、なんですねえ」


 旦那様は大股で歩き始めていた。

 ザザザザと石畳を鳴らして今度は東に奔る。


「ここが領都のメインストリートだ」

「へえ」


 旦那様は。

 ザザザザと石畳を鳴らして今度は西に走る。


「ここが昼食を食べるレストランだ」

「へえ助かりましたねえ」


 わたしは。

 ズザザザザと店内に逃げ込んだ。


 一刻も早く座りたい。足が痛い。どうしようもなく痛い。このままだとなにを紹介されても、それこそ道端の石を紹介されても「へえすごいですねえ」って言うロボになるところだった。危ない。痛い。くそが。これがデートか。やはり前世を通してデートをしないのは正解だった。


「いらっしゃーい」

「マーサ。今日はよろしく頼む」

「あいよー。坊ちゃん久しぶりだね。何だか少し元気そうになったかい?」


 気さくにわたしたちを迎え入れてくれたのは恰幅のいい女性だった。いかにもな。そう。いかにもな女性だった。こういう女性のいる飲食店は安心できる。しかも旦那様とは顔見知りのようだった。


「はい、お水だよ」


 そう言って木製のマグカップに入った水を出してくれた女性を見て、不覚にもわたしの頬を涙が伝ってしまった。知り合いでもないのに何故かホッとしてしまった。


「あらお嬢ちゃんどうしたの!?」


 女性は大きな声でわたしの顔を覗き込んで言った。その声とわたしの涙に目の前の旦那様も驚いた顔をしていた。


「すみません。ちょっと足が痛くて……」

「なんだい、おばちゃんにちょっと見せてみな!」


 ガバッとわたしの足元に潜り込み靴を脱がせた。


「あらま! あらまあらま! こりゃ痛いよ! なんでこんななってんだい!? 坊ちゃん! どういう了見だい! そりゃこんなになってたら泣くよ。よく我慢したねえ。ほらこっちおいで! 治療したげるから。歩けるかい? ん? 無理かい? ほらおばちゃんの肩につかまりな。ほい、せーっの」


 ここまで一息に喋りながらわたしを力強く支えて奥の小部屋まで連れて行ってくれた。その間旦那様はオロオロとしながら後ろついてくるだけだった。ちらりと見たが銀髪が少し乱れてオロオロしてても美しいのがまた癪に障る。


「坊ちゃん! あんたは席で待ってな! 女の足を治療するんだ、入っていいわけないだろう!」


 怒鳴りつけられてすごすごと帰る後ろ姿も様になるんだからムカつくな。


「お嬢ちゃん、大丈夫だったかい?」


 旦那様への剣幕とはうって変わって優しい表情。安心する。


「……ええ、本当にありがとうございます」


 わたしはペコりと頭を下げた。


「ほんとにこんなひどい靴ずれの女の子を連れ回すなんてあたしの教育が間違ってたねえ」

「教育?」


 目の前の女性は下町の女性然としている。こう言っては失礼だが、辺境伯の教育を任されるとは思えない。公爵にも匹敵する広大な領地を持つ辺境伯領の教育係にはやはりそれ相応の身分を持った女性が任される。差別と偏見ではなくそういうものである。

 わたしの疑問顔に気付いた女性は、わたしの傷に軟膏を塗りながら話し始めた。


「ああ、知らなかったんだね。あたしの名前はマーサって言うよ。よろしくね、お嬢ちゃん」

「はい! わたしはサーシャ・サーエ・サージェンと言います。よろしくお願いします。マーサさん」

「坊ちゃんにはもったいないお嬢ちゃんだねえ」


 左手で包帯をとりわたしの足首にくるくると巻きながらわたしの顔を覗き込む。


「そうそう。坊ちゃんの教育の話だったね」

「マーサさんがクラーク様の教育をされていたんですか?」

「そうそうあたしはあの坊ちゃんの乳母だったのさ。これでも一応はもと貴族なのさね。色々あってね今は貴族籍を抜けて下町のおばちゃんなんだけどね。こんなになってもあの坊ちゃんはたまに顔を見せにきてくれるのさね。でも今日の事はほんとにダメだね。再教育が必要だわ」

「ふ、ふふっ」


 あの美麗な旦那様がマーサさんに叱られてしょげている姿を想像すると笑えてきた。ざまあ。今日のわたしの足の痛みを思い知るがいい。草生える。


「あらま変なこと言っちまったねえ」


 と言いながらもお互いで微笑み合う。


「いえ何だか初めて会うのに初めて会う気がしなくって」

「それは嬉しいねえ。あんた坊ちゃんのお嫁さんだろう?」

「の予定です」


 今日の事は気に入らないが。


「今日のあの子は酷かったけどね。見捨てないでくれるとおばちゃんは嬉しいね」

「ええ、もちろんです。……今日の事は本当に酷かったですけどね!」

「もっともだよ」


 もう一度、二人で微笑みあった。

感謝しかない

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