変と恋
旦那様は気持ちを吐露すると少し落ち着いたのか、元々の感情の見えない顔に戻ってしまった。
クールな旦那様もかっこいいがコロコロと表情を変える旦那様も可愛らしくて良いと思っていたわたしは少し残念な気持ちだった。が、そこは新妻。それを訴える事なくとりあえず黙っておいた。もしかしたら心の声をお漏らししていたかもしれないけどそこはもうしゃーなし。
わたしも旦那様もそこからはまた無言になってしまい、トシゾウがタニアとなんやかんや今後の話をした後、結局そのまま裏庭パーティは解散になった。
そしてそこから数日経った今である。
旦那様とはあれきり会っていない。トシゾウに聞くとどうやら裏庭関連で忙しいらしく、会話する機会はおろか、食事すらも一緒に食べられていない。むしろ旦那様は城にいない。
あれだけ大事を起こした後に流石に勝手な行動をとるのも気がひけるので、わたしはこうやってベッドに寝転んでいる。横にはケダマが丸くなっている。どうやらわたしにもなついたようだ。というか命の恩人にまずは懐くが道理であろう。所詮獣か。
仰向けになって息を吐く。何だかモヤモヤする。
「タニアー」
「なんでしょう? お嬢様」
「なんかねー変なのー」
「お嬢様はいつも変ですよ」
「そうなのよねー」
「自覚はしてらっしゃるんですね」
それはそうだ。わたしだっていっぱしの転生者だ。拙者が転生者だ。現地のレポータータニアさんから見たら変であろう。でもそうじゃないのだ。
「うーん。だって公爵令嬢で迫害令嬢で歌姫で辺境伯の婚約者なのよ。盛りすぎでしょー変にもなるわー」
「そうですか? よくあると聞きますよ」
「うそよー」
「巷間に出回っている物語ではよく聞くお話ですよ。お嬢様」
「そっかーそうなのねー」
そんなにありふれた話なのか。一人でヒロイン面してたわたしって実は少し恥ずかしいやつだったんじゃなかろうか。俗に言う厨二病患者だったのか。恥ずかしい。モヤモヤが増えるわ。
「ええ」
「でもなんか変なのよー」
不調を訴えるわたしに少し心配になったのか、タニアは寝転んでいるわたしのそばまですっと歩いてくるとおでこに手を当てて熱をはかる。
懐かしい。子供の頃よくタニアにこうして熱をはかってもらった。昔と同じように大人しくおでこをタニアの手にすりすりとする。
タニアはくすぐったそうに、でも嬉しそうに少し笑った。
「ふむ。お熱はなさそうですね。なんだか顔は赤いですけど」
「そうなのよ。なんだか動悸がして顔が熱くてモヤモヤするのよ。モヤモヤサーシャなのよ」
そう。モヤモヤサーシャである。もう何だかとってもモヤモヤするのである。何だか気持ちがとっても不安定なのである。どっかしらの薬剤師の内緒のお薬が欲しいくらいだ。
「お嬢様」
「なーにー?」
「それは恋では?」
「こーいー?」
言いながら寝転んで天蓋を見つめる。
「ええ」
「知らない子ですね」
シラナイコデスネ。
「ライブで散々恋の歌うたってたじゃないですか」
「いや、知らない子ですね」
恋をしらなくても恋の歌は歌えるのだ。それが歌姫だ。
自慢じゃないが、前世を通して恋なんて知らない子だ。よくそれで前世の師匠には怒られた。恋を知らずに艶のある声と歌がだせるかー! なんて言われたが、出せるのだ! なんせ今世のわたしは歌魔法の使い手だ。魔力を込めて歌えば艶だろうが恋だろうがコメ放題だ。お米大好きー!
「まあ、かく言う私も知りませんが……」
「え?」
え?
ガバッとベッドから跳ね起きて横に立っているタニアを見つめた。かわいい。キョトンとしたタニアかわいい。
「なんですか?」
「それは、あれ? わたしのせい?」
こんなにかわいいタニアが恋をした事ないなんて。それはもう忌み子のわたしを世話していたからに他ならないだろうよ。どうしよう。今からわたしが何とかするしかなくない?
「いえ」
うそよー絶対うそよー。
「絶対、わたしのせいじゃーん」
「……いえ、私も実は政略結婚から逃げてきた人間でして。ですから恋とかそう言うのにはちょっと忌避感がありまして。それでなんだかんだ今に至っていますのでーー」
口ごもるタニア。何だかとっても見た事ない顔だわー。可愛いわー。やばいわー。こんなの男がほっとかないわー。何なの二十五歳ってこんなに可愛いの? もっと大人の感じじゃないの?
「何それ! はじめて聞くーその話ー!」
「いや、私の話はいいじゃないですか! 今はお嬢様の恋の話ですよ」
「こい? 知らない子ですね」
シラナイコデスネ。
「辺境伯様に恋してしまいました?」
「ムーーーーーー」
はあああああ。ないですうううう。あーなんか顔熱いし、ドキドキするし、なんか苦しい。エアコン欲しいんだけど。春なのにちょっと暑くありませんかね?
ベッドから立ち上がって、ベッド脇の窓まで行くと大きく開け放った。
風がどうと吹き込んできて心地がいい。このままモヤモヤを洗い流してくれるといい。
「ふふふ」
そんなわたしを見つめて何やらタニアがほくそ笑んでいる。そんなタニアは可愛くないのよ。
「してないよ」
窓の桟に腰掛けて、そう言うわたしの頬は少し膨らんでいるだろう。
「まあそれでいいですよ」
「してないって」
「それでいいですって」
「それでってのが気に入らないのよ」
気に入らないのよ、タニア。かわいくないわ。
「ふふふ」
「じゃあ、お嬢様はその変な感じをなんと捉えてます?」
何だろう? 足元に目を落とす。
考える。
あっ! これだ!
落とした視線をタニアに戻す。
「裏庭で怒られたから気に入らなくてモヤモヤしてるのよ」
「はじめのうちだけだったじゃないですか」
「やだったの」
違うかー。また目を足元に落とす。
「そのうち、二人でずっと見つめあってたじゃないですか」
楽しそうなタニアの声が、下を向いたわたしのつむじにぶっ刺さる。
見つめあってなんばっていない!
「睨み合ってたの!」
そう。睨み合っていたの。バチバチだったのだ。メンチきってたのだ。
「お嬢様、そんな恋の歌うたってたじゃないですか」
知らない。
「うたってない」
「貴方の瞳の中に捕らえられたあたしは貴方の光になったの。でしたっけ?」
「歌詞を朗読するのはやーーーーめーーーーーてーーーーー」
「そのままじゃないですか?」
「ムーーーーーーー」
「自覚された方が幸せですよ」
断固わたしは恋なんてしていない。
恋なんて知らない子ですね。
いいねもろたー!やった!




