目覚めたら
目覚めると私は貴族の娘だった。
いや。生まれながらの貴族とか貴族オブ貴族とかそういった大言的なものではなくてね。
最近よく話に聞く、転生というモノの話だと思ってくれる?
わたしは現代社会のすみのすみの端の方で、恥ずかしながら歌手(笑)をやっていたはずの女。
名前は畠中紗江。歌手って言ってもクラブでちょいと歌う位のモノだから大したモノでもないの。んで、そんな女がなぜか、朝起きたらサーシャ・サーエ・サージェンとかいう名の貴族の末娘になっていたんだよね。
そのXデイは私が──サーシャ・サーエ・サージェンがという意味だけど。三歳の時だった。正直パニックだったよね。精神は二十四歳だけど、二十四年の経験でも三歳だった経験は一年ほどしかないからさ。すでに年輪を重ねたはずの私が急に三歳に戻ればね? そりゃあ二十四の精神とはいえパニックにもなるでしょう?
だってあまりに突然すぎない?
あの日は確か……師匠から紹介されたクラブで出番があって、五曲くらい歌って、そのまま帰ったから。たしか三時くらいに布団に入ったはずだったんだけど。
朝起きたらなんだか部屋の中に違和感があって、よくよく周りを見回してみると住み慣れた我が家の景色がぜんっぜん違う事に気づいて! それに驚いて部屋の中を恐る恐る物色してたら小さな姿見見つけてさ。それにうつる自分の立ち姿を見てもうびっくりよ!
まったくの別人。
サラサラした黒髪は軽くうねった金髪に。すらりと伸びた手足はぷにぷにしたもみじ饅頭に。出るところと締まるところが絶妙だった身体はぽこりとした太鼓腹になってたんだから。
これがわたし?
なんという幼児でしょう?
ひとしきり唖然とした後に。私は気づいてしまったの。自意識に目覚めてから、十数年に渡って続けてきたボディメイクが無に帰した事に。その瞬間そのまま私は卒倒して一週間ほど寝込む事になったのよ。だけどまあ、実際に高熱がでてたからショックで倒れたとかでなく……転生の後遺症とかだったのかな?
でも寝込んだことで転生における不自然な点は怪しまれる事がなくなった。
サーシャだった記憶は熱で飛んでしまった事にしたから。
我ながら完璧!
晴れて記憶喪失の哀れな三歳児となった私は、大手を振って情報収集に励む事にしたのよね。自分の事、家族の事、この国の事を。世話をしてくれる女性を質問でおぼれさせてやったよね。
結果。……うん。
一言で言おう! 私は迫害系転生女子であると。
あれよあれ。これも話によく聞く、ざまぁ系女子ですよ。
なんかね。どうもこの世界は『ザイ』と呼ばれる、有り体に言ってしまえば才能のようなモノが重視される世界らしく、どのようなザイを持って生まれてきたかによってその後の人生が全て決まってしまうみたいでさ。
男性は武器系のザイが。特に剣、槍などの戦争で使用される武器のザイが好ましいとされ、女性は何よりも白魔法が尊ばれ、次点で四元素魔法が良とされててね。
特にこのサージェン公爵家ってのは、凄まじいトップブリーダーで。なんと! 100パーセントの確率で生まれてくる子供のザイをコントロールできる。らしかったんだけどねぇ……。
ここまで聞けば私がなぜ迫害されるかお察し頂けたかもしれないけど。でもねー敢えて言っておくねー。
そう。私は白魔法が使えない。私は四元素魔法も使えない。もちろん、武器のザイもない!
生まれた時に診断された私のザイは『歌魔法』だそうで……。これは何の因果でしょうね?
誰も聞いたこともないザイだったからね。文字通り前代未聞。
私が生まれてくるまで公爵家のザイコントロール確率は100%だったワケだけど。私が生まれたせいで『ほぼ』100パーセントなどという胡散臭い表現にならざるを得ないワケで……。
えーっとぉ、なんて言うかねぇ。
──そりゃ迫害もされますよ。
むしろ生かされてるだけありがたいレベル?
というワケで。サージェン家本宅から隔離され別宅にて幽閉生活をおくる事となり、貴族社会からも切り離され、挙句の果てには畠中紗江という女。(まっ、私の事なんですが?)に精神をのっとられたと。
転生して魂のっとっておいて言う事じゃないけど。
サーシャちゃん不憫すぎませんかね? 同級生にいたらあまりに不憫でジュースおごるかもしれない。幽閉生活だからおごれないかもしれないけど……それでも何とかしてやりたくなるのが人間ってもんでしょう? あー! もやもやしてきたあ!
とそんな風に身体の主に思いを馳せてもね。私、畠中だって? いきなり朝起きたら三歳児になっててさ、転生先では両親に迫害されててさ、自慢だったバストがなくなってるんだよ?
サーシャちゃんほどでなくても、私も存分にすこぶる不幸じゃない?
LOSE-LOSEな関係的な? こんな言葉あるのかしらんけど。
でもさ! まあ結局さ!
状況がどんなであろうが。年齢が何歳であろうが。私がナニモノであろうが。
私は歌うしかないワケで。
私には歌しかないワケで。
転生した先でも私は歌い続ける事にしました。