#033 善悪の境界 Executioner
『ナオアキにも連絡を入れておきました。総理大臣はこれを近々国会で追及するそうです。野党にも「アセンション」を使用している方が大勢いらっしゃいますし、国会では大混乱するでしょうね』
既に接種者リストのデータは政界にも波及している。結末は双方痛み分けで終わる事だろうとセオリーは語る。
『あのアプリ、Eroding fantasyのレベル判定システムを使ってレーツェルが使用痕跡の判定プログラムを作成しました。既にGADSにインストールさせて頂きましたわ』
これにより二度とこのような不正行為が起こることは無いだろう。後は総理大臣の英断をセオリーは待つだけだ。
「馬鹿だな貴女は……そんなもの意味がない。既に政界では強力な『アセンション』支持派がいる限り、『同調圧力』が生じている。あのお飾りにそんな英断が出来るはずがない」
セオリーは「かもしれませんわ」と巨大モニターの向こうで肩を竦めている。現状の総理大臣は母子家庭の反感を抑えるために同じ母子家庭である彼女を党が持ち上げ、その実態はお飾りに過ぎない。
企業などの複数人数が構成するグループでは、メンバー全員が同じように考え行動しなければならない。少数意見者が変わり者として印象操作をし、一部の人間の歩みが全体に迷惑をかけるという『恥』を持たせることにより心理的圧力、『同調圧力』が必ず生じる。
政界も企業も、学校や友人関係にもそれは生じている。
『さあ、それはどうかしら? 母親って結構強いのですのよ。単にお飾りだと思って甘く見ていると痛い目を見ますわ。このように』
大画面にレーツェルがデータ令状と命令書を引っ張り出してくる。それは&・&、且又乍而への内乱予備罪、内乱陰謀罪、内乱等幇助罪の容疑に対するものであった。そして――
『今回の件で四課は内閣府首相直属のテロに対する諜報機関へと蔵替えすることになりました』
これで四課は事実上の組織のトップは警視庁ではなく、首相という事になった。
「という訳だ。もう終わりだ『&・&』、お前には重要参考人として連れて行く」
暁は&・&の頭に突きつけた。漸くこれで司法の下で裁けることになり、暁は先に死んだ友人、白銀へに対して良い土産話が出来き内心歓喜に打ち震えていた。
「可笑しな話だ。不正の事実を公にすることが悪行で、貴女の様に行いが善行になるとはね」
『そうですわね。全くその通りだと思いますわ。善意と悪意、善行と悪行、意思と行動は必ずしも一致せず、それらの採決は受取る側に委ねられている。全く理不尽な話ですわね。ですが――』
聖人君子もいなければ、勧善懲悪も存在出来ず、善悪の境界は曖昧で、性悪的な世の中であろうと、画面に映るセオリーの表情は希望に満ち溢れているようだった。
『善意ある善行ほど輝いているものはありません。この国の長は不正行為について明日記者会見をすると確約してくださいました。現在解放された四課の方々に保護されています」
記者会見をするまでの間妨害されないように四課の人間が保護をすることになった。これにより首相自らの口から説明でどれだけの混乱が生じるか不明だ。予定通り未曽有の混乱に陥るかもしれない。
だがセオリーは最後まで人間が『寛容』と『相互理解』が出来ると信じている。
「なるほど、潮時という事か」
追い詰められ観念したのか&・&は大きなため息を付く、そして――
「それでは諸君、失礼させてもらうよっ!」
腰を沈めて一気に飛び下がる。常人とは思えない脚力で&・&天井を飛び跳ねて行く。暁と凰華は&・&がサイボーグだという事をすっかり忘れていた。
「しまったっ! 逃がすかっ!」
人工筋肉、高分子アクチュエータの最大出力の前では凰華のアサルトライフルの射撃も空を切る。いくら『空間視』で場所が分かっていても、狙った場所には既にいない。
暁も逃がすまいと&・&の動きへ必死についていく。『運動視』で動きは掴めても身体が全く追い付かない。
「くそったれっ!」
「さらばだ。神藤、次に会うときはその非力な身体をどうにかしておくといい」
その言葉を最後に&・&はエレベータフロアを飛び跳ねて外へと逃げ仰せてしまった。
日比谷共同溝虎ノ門立坑付近――
『終わったね。いきなり警視庁に幽閉されている四課の人と総理大臣を繋げって言うんだもん。ちょっと大変だったよ』
「ごめんなさいね。でもお陰で助かりましたわ、レーツェル、後の事はお願いいたしますわね」
外を出たセオリーは狭い車内にずっといた所為で凝り固まった筋肉を背伸びしながら解し始める。
『えっ? どこ行くの?』
「これから人と会う約束がありますの。そろそろだと思うのですが……」
鼻歌を歌いながらセオリーは体操をしていると、遠くの方で何かが弾ける様な音が聞こえ、セオリーの上空から何かが飛来してくる。
アスファルトを踏み砕きながら着地し、&・&は待ち合わせ場所へと現れる。
「なぜ貴女がここにっ!?」
突然目の前に現れたセオリーに驚きを隠せない様子であったが、簡単な推理でセオリーは一度使った侵入口である日比谷の方は使わないと踏んでいた。それ以外に一番近いところは虎ノ門しかない。
「女性を待たせるなんて男の風上にも置けませんわよ」
「すまないね。今は君と話をしている暇はない」
セオリーの皮肉に付き合っている余裕がないほど&・&は逼迫しているようであったが、表情は無機質のまま、その無機質の正体が全身サイボーグという事にあると知ったセオリーは妙に納得する。
「あら? そんなことをおっしゃらないで、今度ゆっくりお話ししたいとおっしゃっていたではありませんか?」
セオリーは体力も全快したセオリーは再びオントロジーエコノミクスを起動する。紅蓮に燃える髪の様にセオリーの心も怒りの炎で燃え上がっていた。
セオリーは&・&へ冷ややかな微笑みを贈りながらにじり寄っていく。
それは自分の大切な実験体を傷つけられ、弄ばれたという子供の駄々に似たような怒り。
全力解放際の最大筋力は人工筋肉の高分子アクチュエータに引けを取らないとセオリーは分析していた。
&・&もまたそれを理解したようで逃げるために後退りながらも隙を伺っていた。
セオリーには&・&の顔に恐怖が映っているのが見て取れる。
「恐怖していらっしゃいますの? 評議会の『執行者』と呼ばれる方の一人が?」
セオリーは『評議会』という言葉に&・&が一瞬驚いた反応を見せたのを見逃さない。
「悲惨なニュースを見る度、私達は貴方達の存在を感じていました。正直半信半疑ではございませんでしたわ」
貴方を見るまではと言ってセオリーは更に詰め寄る。
だが、今回の事件で意図的にミームを操り、世論を操作し、人心を操作し、利益を得る存在の尻尾を漸く掴んだ。
人が手を取り合うには『寛容さ』と『相互理解』が何よりも必要だと説くセオリー達にとって、故意に対立させ、争いを起こそうとする彼らの存在は非常に気に食わないものである。
「君という人間に知られているとは意外だったな。まさか評議会の存在まで知っているとは……」
「意外かしら? こう見えて結構、裏の世情には聡いのですのよ」
引き続き侮蔑の微笑みを浮かべ、&・&へセオリーは尚も詰め寄っていく。
「時に競争は必要です。怒りも憎しみも必要でしょう。あまり大それたことをしなければ放っておくつもりでしたが、貴方は私を怒らせました。私は貴方を破壊します」
『それは困りますな』
突如深夜の常闇の中から声が聞こえ、セオリーは振り向く。
常闇の奥から現れたのは深く帽子を被り、杖を突く古老の紳士であった。
彼女は息を呑んだ。セオリーは奴へとにじり寄りながらも周囲の警戒は怠っていなかったつもりだった。にもかかわらず古老の紳士はオントロジーエコノミクスにより研ぎ澄まされた神経による彼女の空間知覚を掻い潜ってきた。
次に瞬きをしたときには&・&との間に移動していてセオリーは呆気にとられる。
悉くセオリーの空間知覚を掻い潜っていく古老の紳士に警戒感が募る。彼女は量子サーキットを使うべきか迷った。
しかしそれは最後の手段。今後も彼等との接触があるとすれば、迂闊に見せて対策されるのは避けたかった。
「一体貴方は何者ですの?」
「これは申し遅れました。私は『ſ・ſ』と言う。以後お見知りおきを、緋き魔女のお嬢さん」
ſ・ſと名乗った古老の紳士は帽子を上げ会釈をする。その容姿は銀髪青眼で&・&と酷似していた。
ここまで読んで頂いた読者の皆様、読んでくださって誠にありがとうございます(人''▽`)
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