#032 マインドウィルスワクチン Unreasonable theory
ゆらりと起き上がった&・&の頭に銃口を突きつける。直にも命を奪える状態であるにもかかわらず、&・&の表情には微塵も恐怖が感じられない。それどころか暁と凰華に対して嘲笑っているとさえ思える冷笑を浮かべている。
「何が可笑しい」
神経を逆なでされて怒りを覚えた凰華は冷酷なまでの無表情で更に銃口を額へ押し付けていく。
「別に随分と君は如月黎次大佐に愛されてい育ったのだなと思ってね。確か君は台湾からの難民だったね」
「だから何だ? 何が言いたい」
どうして知っているのか気になったが、凰華は『&・&』の緩急のある口調に、何か思惑めいたものを感じ引き込まれていく。
「台湾難民漁船沈没事件。当時自衛軍が発足したときの出来事、君と亡くなったお姉さんはその船に乗っていた。そうだろう?」
一党独裁が加速する中国に追われた台湾からの難民が漁船に乗り領海侵犯を犯したがあった。両親と姉の麗華と凰華はその船に乗っていた。
当時は自衛軍が発足して間もない頃で、政界は経済成長の著しい中国との無用な軋轢を生みたくない撃退派と難民保護という形で受け入れるという人道支援派との間で判断が揺れに揺れ、結局難民船は撃沈された。
「ただ一人だけ助かった女の子がいた。それが君、黎凰華だ」
「良く調べているな。それがお前と何の関係がある」
「いや関係があるのは僕じゃない。君の養父である如月大佐だよ。当時彼は海軍に所属していた、あの漁船を鎮めるように指示していたのは彼なんだよ」
「ふざけた事を言うなっ! そんなことはあり得ないっ!」
尊敬し愛する養父を侮辱された凰華は銃を投げ捨て、『&・&』の首を掴み締め上げ持ち上げる。彼女の顔は悪鬼迫るような表情で、今にも『&・&』を絞め殺しそうな勢いだった。
「お前の言っていることは嘘だっ! 転官にどれだけの時間と書類が必要だと思っているんだっ! お父さんが海自にいたなんて話聞いたことが無いっ!」
転官とは自衛隊で言うところの転籍である。専ら陸海空の部署間の移動を指すが、普通は任期終了後退職して、候補生としてやり直す。陸将補に昇り詰めている養父がそんなキャリアに響くような軌跡を辿る訳が無かった。
しかし凰華の脳裏に掠める養父の記憶の中から、机の上に立ててあった一枚の写真が過る。それは現在海自の佐官となっている旧友との写真。どうしてそんな方と肩を合わせているのか、凰華は気になり始めた。
「転官に関しては相当無理をしたらしい。陸自の友人伝手にアプローチを仕掛けたり、弱味を握ったりね。当時の軍上層部も彼一人に汚名を着せようとしていた節もあった。形の上では自主退職扱いにし、転官というのはその上でのある意味折衷案だったのさ」
「嘘だっ! そんなことがあるわけ……」
「嘘だと言って否定するのも、受け入れるのも好きにすればいい。人間なんていうものは信じたいもの信じているにすぎないのだから」
「そんな……そんな……」
「如月っ!」
疲労困憊で静かに話を聞きいるしかなかった暁は、余りの&・&の話の下らなさに嫌気がして、そんな奴の口車に飲まれそうになっている凰華にも苛立ちを募り、我慢の限界だった。
ゆっくりと重い腰を上げて、&・&の前に詰め寄る。
「お前、そうやって多田羅さんを誑かしただろう?」
暁には&・&が人の心の闇を擽り、煽る話術に長けているが分かっていた。そうでなければ本当は気さくでいい人間である多田羅が寝返ることは無かった。
「誑かしたなんて人聞きの悪い。僕は彼に真実を――」
&・&の言葉を聞き入る前に暁は殴り飛ばしていた。鼓膜に障る卑しい響きも、その無機質な微笑みも全てが気に食わない。それに付け加えて仮にも仲間である凰華を誑かそうとした。
「大丈夫か? 如月?」
「すまない。ありがとう。暁」
「奴の言葉に耳を貸すな。奴の思う壺だ。奴は人の心を操るのに長けている。気を抜いていると呑まれるぞ」
「……流石は神藤暁。僕の事を良く理解している。だがまだ足りない」
身を起こした『&・&』は様子が変だった。暁の目にはまだ何かしようとしているそんな感じに見えてならない。
「諦めろ。お前はもう終わりだ」
「それはどうかな」
徐に&・&の右腕が上がる。いつの間にか手錠が外れていたのだ。それを見た暁達は一瞬にして身構える。
「貴様っ! いつの間にっ!」
「右手だけじゃない。左手もだよ」
凰華が叫ぶのを後目に手錠を引き抜くように右腕から引っ張ると、まるで手品でも見ているかのようにすり抜けた。
「一体どうやったっ!」
「なに、種も仕掛けもある単純な手品さ」
飄々と言ってのける&・&への暁の怒りは更に募る。方法はどうであれ簡単に外せたとうことは、いつでも抜け出せるのにも関わらず、ずっと弄んでいたという事になる。
暁はそんな安い挑発を乗ろうとしていた。
「さて僕はそろそろお暇するよ。この国での僕の仕事も終わった」
まただった。暁の目の前から&・&の姿が薄れていく。暁が見たもの正体がようやく掴める。
突然&・&の姿と気配がまるで風景に溶け込んでいき、完全に見失う。
「くそっ! またかっ! どうなってやがるっ!」
「大丈夫だ。暁、私なら奴の居場所が分かるんだ」
凰華は背を向けたまま、拳銃で自分の脇の下から発砲した。どこからともなく呻き声が聞こえ、振り返ると&・&の姿がそこにあった。
「なっ! どういうことだっ!? どうして僕の居場所が分かった」
初めて暁は&・&の驚きに満ちた表情を見た。肩に銃弾を受け身体をふらつかせながら、暁達を睨み返してくる。
妙なことに&・&の肩からは一滴も血が流れていない。
「現在、開発段階の熱光学迷彩か何かだろう? それと血が流れていない様子からサイボーグか? 姿や熱源を消せても存在自体を消せるわけじゃない。セオリー殿から授かった恩恵はお前の姿を捕らえる」
痛がる素振りをやめ、&・&は傷口を晒す。シャツの隙間から覗かせるのは生体皮膚が剥がれた生々しく破損した金属部品だった。
「なるほど彼女の仕業か……しかし、そのような能力があっても無駄だ。僕の計画は既に完了している。見て見るがいい、この国の姿……を?」
追い詰められた&・&が大画面ホログラムモニターを指を差すが、その光景に唖然としている。
「どういうことだ……なぜ、このような事に……」
暁達も振り返ってモニターを見る。秋葉原の監視カメラの映像とニュースが並んで表示され、リアルタイムの情報を伝えてくる。
秋葉原の様子は一時的な混乱があったものの数名の逮捕者が出ただけでイベントは終了し、現在は落ち着きを取り戻しているようであった。
そして肝心のリストについてだっだが、SNSで変な噂が流れているだけで、それ以外の目立った混乱は見えなかった。
全く予想に反した動きに&・&は狐につままれたような顔をしている。
『それは私の方から説明してあげますわ』
突如大画面モニターにセオリーのあざ笑うかのような微笑みがアップで映し出された。
セオリーはモニターに映る驚きに満ち溢れた&・&の顔が見れてとても気分が良かった。
「貴方がリストを流す前、私はレーツェルと協力して嘘をネットに流しました」
『これだよっ!』
レーツェルは画面で箇条書きした『嘘』のリストを引っ張るようにして現れ、『&・&』の前に突きつけた。
その内容はどれも眉唾ものばかりで、例えば『政府は遺伝子操作で、河童を作ろうとしている』『「アセンション」なる遺伝子治療薬を使えば変身ヒーローになれる』『GADSは宇宙人の技術を使っている』などと、誰もフォローしなそうなものから、思わず吹き出してしまいそうなもので占められていた。
「その数凡そ2万です」
『&・&』から驚愕の声が漏れるのが聞こえ、セオリーは更に心地が良くなっていく。
「私は先に噂を流すことによって、リストに対する耐性を付けさせました。簡単に言えば『ワクチン』療法という奴です」
予め突拍子も無い噂を流すことによって、マインドウイルスに対する治療法である『意識的に選択』することを意識付けた。
ノンストップで送られてくる情報に人々はその明らかに嘘としか思えない大量の情報に翻弄されるどころか、セオリーの思惑通り切り捨ていった。。中にはうんざりして切り捨てるものがいた。
決して自分を擁護するわけではなかったがセオリーは自分の『嘘』により人々を冷静にさせたことは確かだった。
既に人の心はやつれ果てて、このような手段を取らなければ人の心を護れない事にセオリーは残念でならない。
「先ほどの会話全て聞かせて貰いましたが、結局のところ貴方が言うように人は信じたいものを信じているだけです」
セオリーは自身でもこれほど理不尽な理論はないとつくづくそう思った。
ここまで読んで頂いた読者の皆様、読んでくださって誠にありがとうございます(人''▽`)
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また【新作】の供養投稿をはじめました!
「暗殺少女を『護』るたった一つの方法」
https://ncode.syosetu.com/n9106hy/
「あのヒマワリの境界で、君と交わした『契約』はまだ有効ですか?
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